魔力の低さ 技術の高さ その5

「んぉれ? んんっ……ぷはっ。あの、ご飯途中なんで」

「いいから行くぞ! 俺も協力してやるから! 昼飯犠牲にすりゃ、今後お前に、仕事の依頼が殺到するかもしれんぞ!」

「え? ど、どういう……」

「ドーセン! こいつの昼飯の食いかけ、何かに包んでやってくれ! 待ってる暇ねぇからあとで採りに行く!」

「え? お、おい、アラタ?」

「ア、アラタさんっ! 引っ張らないで―っ!」


 グダグダやってる時間なんざねぇんだよ。

 俺の発想だって、いつまで覚えてられるか知らねぇしよ!


 ※※※※※ ※※※※※


 策を教える前に、一つ確認しなきゃならんことがある。

 それは……。


「要するに、お前が狙ったところに魔法を発動させてから効果が表れるまで、時間差があっちゃ困るってことだ。今朝の葉っぱの氷結は、ほぼ瞬間的だった。その五十メートル内であれば、どんな物でも直径三十センチの範囲が規定数を一度に上限目いっぱいでも、どんな位置でも、瞬間的に氷結させられんのか?」


「え? えっと、一度に何回もってのは試したことはないんですが、それ以外なら……」


 上等。


「なら一度に二十回分。つまり直径三十センチの円を二十個、どんな並べ方でもできるかどうか、まず試してもらおうか」

「無理です。今朝一回使ったので、残り十九回です」


 あー……そうだったな。

 いや、それ一度にやったら、今日の分は終わりになっちまう。

 が、今日一日犠牲にしてその実験をする。

 俺の考え通りの結果なら、次のステップに移行だ。


「え? ま、まぁ計画があるなら構いませんけど……」本格的にえぇ?! そ、そりゃ、できますけど……」

「よし。場所はお前が指定して俺に報せろ。もう始めて構わん」

「え? もうですか? じゃあ……あの木の根のところ、えっと……四×四の十六回分を」


 四×四?

 てことは、一メートル二十センチ四方の正方形ってことか。


「あ、その範囲の右上隅を、その木の根の位置にしますね」

「あそこだな? ……よし、見定めた。発動の合図も報せろよ? 俺が見たいのはその時間差だからな」

「はい。では、行きます! えいっ!」


 魔法を出すときに呪文は唱えないようだ。

 手っ取り早くていいし、その呪文で魔法がいつかかるかってことを知られることもない。

 これも強みと言えば強みだが……。


「ほぼ瞬間だな」

「でもちょっと時間差がありましたね。右上隅から左上隅に横に、それから一段下がって右から左って、蛇行する感じで凍らせましたから、右上隅が凍ってから右下隅が凍り付くまでは時間差があるみたいですね」

「いや、その時間差はそんなに気にするほどじゃねぇ。十分及第点だ」


 ある意味最初の難関だった。

 それは十分クリアできた。

 あとはタイミングなんだよな。


「で、あと三回分残ってますけど……。ところでどんな風に使うんです? あたしも範囲拡大とか魔力増強とか、あれこれ考えてたんですけど。……でも成長に見込みがないなら……」


 そこに拘ってたら、間違いなく使い物にならない。

 だが……。


「結果を急ぐな。こういう使い方を考えたんだが……」

「え? ……はい。……あ、それは確かに。……そうなんですか? え? えぇぇ?!」


 やはり、この発想は思いつかなかったようだ。

 冒険者としてはど素人。ましてや魔法使いになるなんてあり得ない俺だからこそ、浮かんだ発想。

 あとはその発想の理論を実践に移してもらうだけだ。


「仲間達に実験台になってもらおう。みんな集団戦の訓練に付き添ってるから、終わった後、フィールドでちょっと試してもらう。が、あと三回か。せめて戦闘の現場を見ることができたらなぁ……」


 頭では理解してもらえたようだが、実際に行動に起こすとき、具体的なタイミングは、やはり目で見て体で体験して覚える方が、失敗は少なくなると思うんだが。

 実戦じゃ命のやり取りの現場になることが多い。

 敵が親切に、今から攻撃することを丁寧に教えてくれるわけもない。


「なら……ちょっとお邪魔させてもらえたらうれしいかなぁ」


 何を訳分らんことを言ってんだこいつは?


「畏れ多くも、陛下ご一行について行ったらどうかなって」


 大胆な事言う奴だな。

 まぁ確かにあいつら、ここには調査に来たっつってたから、意味のない戦闘は避けるだろうし、いきなり奥深い下層には足を延ばしたりはしねぇだろうから……。


「……心配だから、俺が持ってる魔球を預ける。ただし一個五万円とかする奴だからあまり使うなよ? あいつらに追いつくのは無理と思うなら、すぐ引き返せ。この続きは明日でもできるんだからよ」

「はいっ」


 ……さて。

 上手く事が進んだら、早けりゃ今夜、こいつの悩みは解決できる。

 俺の発案は果たして当たってくれるかねぇ?


 ※※※※※ ※※※※※


 事は簡単に、都合よくは進んでくれなかった。

 が、それも計算の内。

 それどころか、上出来な結果で終わって何より。

 ラッカルはあの後、ダンジョンに入って行った。

 シアンには通話機で合流前に連絡を付けた。

 ラッカルの使える魔法の回数は三回。

 連絡を付けたおかげで、無事に合流。

 その後、実戦のぶっつけ本番でその残りの回数全て狙い通りに効果を発揮。

 もちろん俺が預けた魔球は未使用で戻ってきてくれた。


「ほんとにこの子、初級の魔術師? 親衛隊に入るには、いろいろ足りないところが多すぎるけど、安定した実力があるのは強みよね」

「まさか、あんな活用法があるとは……。聞けばアラタの発想だとか。大したもんだな、アラタ!」

「あんな感じなら、もう少し手ごわい敵にも通用するかもな。まぁ生死ギリギリの戦場だと、ああはうまくはいかんと思うけど」


 親衛隊からの評判も上々。


「アラタの直弟子、でいいのかな? 確かにルミーラの言う通り、親衛隊に入れるわけにはいかんが、初級とは思えん堂に入った姿勢というか何と言うか」


 シアンからも好評を得られた。

 ということで、総仕上げ。

 昨日のコーティじゃねぇが、文字通り朝飯前の仕事、か?


「一対一の……勝負、というか何と言うか。俺が審判するから。ただし、単なる勝ち負けの勝負じゃねぇ。俺が勝負あったっつったら、勝負ありだかんな?」

「何そのわがままな、しかもひいきしそうな勝負は」


 勝負の目的はノックアウトじゃない。

 あくまでも、ラッカルが実戦で使える奴かどうかの証明さえできればいい。

 昨日の親衛隊達との連携の実戦では、敵に回った魔物は、あくまでも邪魔者を排除する目的らしかった。

 ラッカル達を目の敵にしたわけじゃねぇから、そこんとこの経験を積ませられたらってな。


「でもお、俺があ、全力で攻撃したらあ、危ないぞお?」

「そうなったら、即座に回復魔法とか頼むわ」

「あくまでも全力で、かあ? 気は引けるけどお……」


 全力で来てもらわないと意味がない。

 殺気をぶつけてくる相手でも、ラッカルは冷静に物事を判断できるかどうかが問題だからな。


「お願いしますっ」


 ラッカルも真剣なまなざしをモーナーに向けている。

 自ずとみんなが二人から離れ、俺は二人の中間の位置にいる。


「戦場じゃ、始めの合図なんてねぇからな。モーナー、お前も油断したら終わり、のつもりでかかれよ?」

「おう」


 昨日の素振りと同じように、モーナーは腰を落とし、両足を前後に開いて攻撃の体勢を整える。

 そんなモーナーに注目してたが……。


「ふ……うわっ!」


 モーナーが気合を入れた瞬間、大きな音を立てながら尻もちをつき、そのまま仰向けに転がった。


「うわあったあ……。いてて」

「そこまで! 勝負あり!」


 仲間達から一斉にブーイング。

 対決はこれからだろう、という文句。

 お前ら、そんなことよりなぁ。


「モーナーに治療してやれよ」

「あ、そっか。でも……何でいきなり転んだの? それになんで今ので勝負ありなのよ。……って……氷?」

「いきなりい、足が滑ってえ……」

「まさかこれ……ラッカルちゃんの氷結魔法?」

「は、はいっ。そうですっ」


 計画通り!

 いや、計算通りか。

 氷結魔法で攻撃するのは良い手じゃない。

 魔力を上回る敵相手なら打ち消されるだろう。

 だが、攻撃の体勢を崩すために、相手の重心をずらすことなら簡単にできる。

 そして、ラッカルは今後、必ず誰かと一緒に行動すること。

 となれば、ラッカルは攻撃する必要はない。攻撃なら、一緒に戦闘に参加する奴らがとどめを刺す役目を請け負ってもらう。

 そうすることでラッカルは、相手に致命的な大きな隙を与えることに専念できるってことだ。


「こんな風に相手にコケさせたら、首をぶった切る攻撃ができる奴に後を任せる。だから勝負ありってことだ」

「確かに……それは……かなり有効な手段よね」

「上限が二十回。攻撃手が相当の手練れなら、自分を上回る敵も倒せるってことですよね」

「デモ、クウチュウニイルテキニハ、ドウスルノ?」


 そう。

 地面に足場がある相手なら、その地点を凍らせればそれでオッケー。

 コーティのようにふわふわ浮いてたり、サミーのように飛んでやってくる相手には、そのやり方は通用しない。

 が、だ。


「試してみるか? ラッカルはいいよな?」

「はいっ! もちろんです!」

「ただし、一対一でな」

「分かってるわよ」


 ふわふわと空中に浮かぶコーティ。

 こいつもいつになく真剣な顔だ。

 さてさてどうなるか。


「ミミッ?!」


 いきなり悲鳴のような鳴き声を上げたのはサミーだった。

 みんながサミーに注目した。

 サミーのいる地面が凍結されていた。


「戦場じゃ、どこから来るか、相手が何者なのか分かりません。その……サミーさん? の体に力が入ったのが分かったので、用心のために魔法使いました」


 なんとまあ。

 俺ですら出し抜いたコーティとサミー。

 その二人の作戦を見切ってたとは。


「やるじゃない。ラッカルちゃん。最初会った時は、あたしの足元にも及ばない、程度の低い奴としか思えなかったけど。……ちょっとは本気出そうかしら? 覚悟なさい? マッキーとクリマーは、あたしが攻撃したすぐ後で治癒魔法かけられるようにしといてね? 他のみんな、邪魔したら電撃の刑だからね?」


 コーティ……それでも本気じゃねぇよな。

 つか、舐めてるのか?

 戦場じゃ、敵からそんな言葉出ることもねぇと思うんだが。

 って……コーティとの間、五十メートル以上離れてやがる!

 ピンポイントで発動できねぇぞ?

 流石にこりゃ無理か?


「こ、氷の柱? そんなもの、業火の魔法で……くらえっ!」


 柱?

 コーティの方しか見てなかったから、ラッカルが何してたか分からんかった。

 自分の身長くらいの高さがある円錐を作ってた。

 あ、横から見てるからラッカルがどう動いてるか分かる。

 けどコーティからは……。


「え? いない? あ、そっちか! 電撃くら……えぇ?!」


 氷柱を自分の前に作り上げたラッカルは、すぐに横に移動しつつ、コーティとの距離を詰める。

 コーティが出した火の魔法は、炎と煙で前方への視界がほぼ利かなくなる。

 コーティがラッカルの位置に気付いた時点で、五十メートルを切っていた。

 ここまでは、ラッカルはうまくしのげたが、コーティの腕の振りが途中で止まって、電撃が別の方向に飛んでった。

 どういうことだ?


「何よこれ。こ……氷の壁?」

「はい。コーティさんの肘の当たりに小さな氷の壁を作りました。腕を振り切ったらこっちにその魔法が来ると思ったので、その腕の動きを氷の壁で遮りました」


 三十センチよりも小さい円形の氷の板っぽいのが、その空間の位置で固定されてる。

 氷を作る魔法のほかに、氷を浮遊させることができるってのか?


「空気中の水分を冷して凍らせてみました。これで今日は、七回分使っちゃいましたね」

「……なかなか機転利くじゃない」

「ありがとうございますっ」


 これにはコーティも舌を巻いた。


「……あ、勝負あり、な」


 判定出すの忘れてた。

 ちなみに俺はラッカルに、こいつらの特徴なんかを伝えてはいない。

 伝えたのはラッカルの魔法によってできる氷の使い方だけだ。

 もっとも、地面を凍らせる話しかしていない。

 氷柱を作って目くらましとか、その間にできる隙をついて移動なんて作戦までは思い浮かばなかった。

 つまりラッカルは仲間達を、初見で制したってことだ。


「じゃあ、あたしの火の攻撃も……」

「地面に足がついてりゃおんなじこった。飛びながらだって、その火炎の長さもそんなに長くねぇだろうから、今の応用で隙を作られちまう」

「あたしの弓攻撃は?」

「射程距離がどこまで伸びるか分からんが、氷の盾を作って防ぎつつ、距離を詰めればあとは足を滑らせるだけ、だな」


 コーティの攻撃方法は想定外だったが、だからこそラッカル一人で切り抜けられたとも言える。

 俺のアイデアは、確かに効果はあった。

 だがそれに応える動きをラッカルができなきゃ、絵に描いた餅のまま。

 テンちゃんとマッキーともやらせてみたかったが、ラッカルの魔法回数に上限があるからな。

 この実戦テストだけで、掲示板にアピールさせても問題ないっていう証明はできただろ。


「みんな揃ってるー? ドーセンさんとこから料理持ってきたよー……って、ラッカルちゃんじゃない。おはよ」

「あ、ヨウミさん、おはようございます」

「ちょうどよかったー。ドーセンさんから言伝頼まれたのよ」

「言伝?」

「昨日のお昼の残り、冷蔵庫に仕舞ったままだから、まだ食べられるって。温めたから持ってけって言われて持ってきちゃった」


 あ……。すっかり忘れてた。

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