そっちとこっちの境界線 恋とは相手に情を求めたがるものらしく、愛とは相手に情を与えたがるものであるらしい

「だ、誰かを助ける? そ、それに、今まで冒険者の仕事しか……その手伝いしかしてこなかったってのに……。こん棒、メイスで何の仕事が……」

「一芸に秀でるっつってな。メイス一種類の武器を散々振り回して叩いてきたんだろ? 大概剣士になるだろうから、案外珍しいんじゃねぇの? こん棒使いって。もちろん熟練の冒険者じゃねぇから、その経験から得た知恵なんぞは、なりたての冒険者にしか役に立たん」

「……俺を馬鹿にしてるのか、助言してくれてるのか、どっちなんすか?」


 馬鹿にする気はねぇんだがな。


「だから言ったろ? ここに来る連中の中でも、冒険者になりたての奴らも多い。お前は冒険者として名を上げる機会はなかったろうが、冒険者なことをした経験があることには間違いはないし、それは嘘じゃない。功績があれば信頼度も上がるだろうが、何も知らない冒険者達が教えを求められた時、そんな連中は果たして相手してくれるかどうか、だな。初級を卒業するまでなら、お前の経験はそいつらの役に立つはずだと思うんだがな」

「で、でも……いきなりそんなこと言われても……それに、どんなことをすればいいのか……」


 だよな。

 具体的に何をするかを決めてなきゃ、展望は暗い。


「こん棒、メイス専門の武器屋でもやってみたらどうだ? 客層が初級なら、高度な鑑定力がなくても問題ねぇだろ」

「そ、そんな……」


 感情に不安定な揺らぎが見える。

 自信がないってことだな。

 けどよ。


「お前、自分の手の平見てみな」

「え?」

「柔らかな手をしてるか? それとも所々、皮膚が固くなってねぇか? どっちよ?」

「……固いところ、あります……」

「それだけ、その武器を扱ってきたってことだろ? ただ触ってただけじゃねぇ。力を込めて振り回さなきゃ、そんな風にはならねぇよ。それくらいには、今まで使ってきた武器については分かってるんじゃねぇの? その種類の武器とは、マイヤと離れ離れになってから、一番長い付き合いだったんじゃねぇの?」


 働けど働けど、じゃねぇだろうが、メイスは自分の手を見て微動だにしない。

 何か思うところがあるんだろうな。


「マイル……」


 そんなメイスをマイヤは心配そうに見ていたが。


「……でも俺、そんな店を開こうにも、場所も資金も」

「心配すんな。場所ならある。資金だって必要ねえよ」

「え?」

「必要なのは、不安はあっても迷いがないやる気だけ。それさえありゃ、それ以外は全部用意されてる」

「へ?」


 気の抜けた顔を向けるのも当たり前か。

 けど、あるものはあるし、必要ねえものは必要ねえんだもん。


 俺の店をマネしようとしてトラブル起こして捕まった連中がいた。

 そいつらが今どうなってるかは知らねえし、知りたいとも思わん。

 だが、あいつらの拠点だった場所は手つかずのまま。

 そりゃそうだ。

 放置したって、村の迷惑にもならんからな。

 住所だって、この村の番外地だし。

 それでも、店と居住としては使えそうだ。

 それに、ダンジョンとの距離も考えると、立地条件も悪くない。

 後は、扱う品の棍棒の類いだが、これとダンジョンの中に転がってる岩石鉱物いろいろな物から選び放題って奴だ。

 メイスはそこで、俺の提案通り、メイス専門店を開業した。


 ※※※※※ ※※※※※


 で、それから一年経った後の話をしよう。


 メイスの店は、俺の店より儲けが出ている。

 客数は俺よりも少ないのは当然だ。

 対象が、初級冒険者のメイス使いのみだからな。

 だが品物の単価は俺のおにぎりよりも当然高い。

 それでも客の手が届く範囲の値段。

 おまけに初級冒険者達からは、面倒見のいいアニキ、という高評価が、客足を伸ばしてきた要因だと思う。

 そんなメイスだが、開業したばかりの頃は俺に頼りっぱなしだった。


「アラタさぁん、これとこれ、品質はどんなもんですかねえ?」


 知るかよ。

 と、突き放す訳にゃあいかねえよな。

 転職勧めた張本人だし、いつかは絶対俺に頼らず独り立ちするって決意がありありだったしな。

 慣れるまでは見守るさ。

 と、思ってたんだが、自然と俺に頼る回数は減っていった。

 そのせいだろうな。あいつの開業時の不安は、不安を感じる暇がなくなっていったようでもあった。


「マイヤちゃん、今頃何してるかねぇ? カッコイイお金持ちに言い寄られてたりしてー?」

「すみません、コーティさん。今それどころじゃないんで。客からの要望で、いろいろ加工しなきゃならないんで。相手してほしいなら……あー、相手になる暇、しばらくないです。すみません」


 と、邪険に扱われたコーティは俺に愚痴をこぼすが、そりゃお前が悪いんだろうよ。

 鑑定、製造、加工、使用法、販売、そして買い取りまで始めたメイスは、次第に名が広まり始めた。

 冒険者になったばかりの奴らはサキワ村のダンジョンで鍛えろ。

 サキワ村のダンジョンに行くなら、その前に武器屋でメイスを見てから行け。

 サキワ村のメイスで物足りなくなったら、初級卒業。

 ってな感じにな。


 余談だが、ドーセンが最近調子こくようになった。


「酒場をもう少し拡張しようかなって思ってる。どうよ? アラタ」

「何だよ突然」

「いや、俺んとこもよ、酒場にステージみたいなの拵えようかなってな」


 一ヶ月に一回くらい、メイスの店に、誰もが目を奪われるほど美しい踊り子が訪れてる、だとよ。

 その噂を聞きつけたドーセンが、そういうのを作ることで、彼女はここを利用して来るんじゃないか、だってよ。

 人の店の拡張とかまで知るかよ。

 で、結局拡張工事してやんの。

 けど集客力も上がってるから、目当てはマイヤ招待だけが目的じゃなかったわけだ。

 で、ごく稀に、その噂の踊り子のステージを見ることができるらしいんだと。

 俺は見たことはねぇし、俺の店に来る連中も見たことはないらしいんだがな。


 で、メイスとマイヤはどうなったかって言うと……。


「……確かに品質は良さそうだが、硬度が高くねぇな。武器には不向き。どちらかってったら、道具屋とか錬金術師とかに売ったら高値で引き取ってもらえそうなもんだな」

「やっぱりそうですか。んじゃダンジョンの中に戻しとこうかな」

「お前が拾ったもんだから、お前のもんにしていいんじゃねぇの?」


 メイスは首を勢いよく横に振る。


「いやいや。冒険者になりたての連中って、金の工面が大変なんですよね。俺も経験しましたもん。だから、そいつらが見つけやすいように、適当に置いておきますよ」


 殊勝な心掛けだな。

 一年前のこいつじゃ、気持ちにそんな余裕なかったろうにな。


「初級じゃなくて、熟練の冒険者が見つける可能性もあるぞ?」


 その心遣いが無駄になることもある。

 むしろ、無駄になることが多い。

 アイテムを見つけた経験が豊富な奴らに見つけられやすいからな。


「……そんときゃそんときですよ。俺が持ってたら、そんな連中に手渡しでもしないと手に入れられないっすから。でも俺にはそんなことをする義理はないんですよね」


 考え方が俺に似てきてねぇか?

 ちょっと心配だな。


「ま、お前が拾ったもんだ。お前の好きにすりゃいいさ。ところで、彼女とはどうなってんだ? お前だってそろそろ名が売れてきてるらしいぞ?」


 おにぎりの店に来る常連の中にも、メイスを知ってるっていう奴が増えてきた。

 もちろんその評判はいい。


「あー……。その分の蓄えも、もっと増やさないとなーってとこです。たまにこっちに来るけど、一緒に飯を食う時間もない感じっすね」


 一年でホントに変わったな。

 つか、成長したんだな。


「まぁ知名度や評判を考えると、十分釣り合いとれてるように思えるが……」

「あいつも、若手から中堅どころになりつつあるっぽいっすからねぇ。今まで以上に、全国あちこちで引っ張りだこらしいっす」

「心配にならんか? 誰かから唾つけられねぇかとか、悪い虫ついてねぇか、とか」

「ないっすね。借金全部返せたせいか、事務所の方で護衛付けてもらってるらしいし、ほんとに二進も三進もいかなかったらここにこいっつっあるし。それに俺も、万が一あいつに何かがあった時、頼りになる存在になってねぇと、あいつに安心させてやれねえし」


 あの頃のこいつには、彼女に引け目を感じていたが、今では忙しくてそれどころじゃないって感じだな。

 それが、何となく彼女に対する逞しさが現れてきた感じだ。

 ま、一緒に暮らすようになるのも時間の問題だろう。

 そん時ゃ間違いなくお似合いのカップルになるとは思う。


 ま、この話は、一年くらい経った頃の、それまでの俺らの何だかんだをすっ飛ばしたこいつらの話。

 更に詳しい話になると……ハイハイごちそうさまってなもんだな。

 あぁ、そうだ。

 その前に、細かい話をすると「転職できてよかった、転職してよかった」ってことあるごとに俺に伝えに寄ってくるもんだからうっとおしくてしょうがねぇし。

 んなもな、本人のやる気と本気次第だっての。

 俺はただこいつに、センタリングを上げただけ。

 スルーするかシュートを打つかゴールを決めるかは、そいつの意志次第だからな。

 まぁ、一つのめでたしめでたしな物語だな。

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