そっちとこっちの境界線 その3

「えーと、踊った?」

「ッテコトハ……」

「あ、そうかあ。アラタが昨日の夜遊びに行ったお店の子なんだね?」


 ……まぁ昨日見たあの衣装は舞踊用なら、この場でも着てるわけはないしな。

 普通の町娘っぽい服装だし。

 おまけに化粧も昨日と比べて薄い。

 名乗られてもすぐには同一人物とは分からんかった。

 逆にこの三人は、自己紹介ですぐにこの状況を理解できたようだが……。


「アラタに踊らされてたってことだね?」

「なんじゃそりゃ」


 天馬のテンちゃんじゃなくて、天然のテンちゃんだな。

 何訳分んねぇこと言ってやがる。


「あはは。面白い事言いますね。て言うか、魔物さん達とお話しするの、初めてで楽しいですっ」

「まぁ大概の人間はそうよね」

「ワルイヒトジャナカッタラ、チカヅクコトハアルケドネ」

「んー……。あたし達って、つくづく綱渡りな経歴よねぇ。あ、マイヤって綱渡りとかもするの?」


 何で踊り子が、綱渡りとかサーカスめいたことすんだよ。

 つか、いきなり呼び捨てかよ。


「んー、人生綱渡りかもしれないですね。って名前呼んでくれてすごくうれしいですっ」


 喜んじゃってるよこいつ。

 って、人生が綱渡りって、上手いこと言ったつもりか?

 そんな言い方をする人間、この世界じゃ分からんが俺がいた世界じゃごまんといたぜ?


「……アラタさん。あの頃も、振り返ると、本当に綱渡りでした。あの時のおにぎり、未だに覚えてます。マイルと一緒に……」


 マイルってのは……メイスの本名だったっけな。

 孤児の放浪時代に俺の行商の荷車に来て、おにぎり食った話だったよな。

 でもさ。


「あー……ちょい待ち。今ここに来て、俺に会いに来た理由は……昔の思い出話をするためか? 俺はこれでも一応仕事中なんだがな」

「え? あ、すいませんっ! あの、えっと、あの時のお礼を言いに……」

「それから? それだけじゃねぇだろ」


 礼を言うだけなら、店で待ってても良かろうに。

 つか、米の採集地点は主に川沿いだが、その川沿いだって範囲は広い。

 生え放題のど真ん中の土地で採集することもある。

 すれ違いどころか、俺を見つけられないまま、俺が先に店に戻ることだってあるってのに。

 と言うことは、一か八かで早く俺と会いたいっつーことだ。

 もしくは店の客の目に触れられたくはないってことだな。

 まぁ、それなりに名が売れてる踊り子っていう自覚はあるだろうしな


「あの……、あの時のお話の続きをしたかったし、お聞きしたかったので……」

「あの時?」

「え、えぇ。戴冠式の……」


 こいつの視線は俺に向けてはいねぇな。

 目的は、俺から繋がってる、シアンとの縁、か?


「その話を聞いて、自分をアピールして、国王に取り次いでほしい、かな?」

「え? えっと、いえ……」


 戸惑いの感情が露わになったな。

 図星、っていうか、昨日の初対面のあの反応みたら見え見えなんだがな。


「シアントトモダチニナリタイノ?」

「アラタにはあんな扱いされてばっかだから、シアンってば泣いて喜ぶんじゃない?」

「随分と物好きだねぇ」


 えらい言われようだな、あいつもこいつも。


「あ、あの……国王様……のお話しのはず、なんですが」

「ん? あ、あぁ、えーと……殿下、って言ってたよね?」

「テンちゃん、馬鹿じゃないの? 戴冠式が無事に済んだから、殿下じゃなくて国王。だからこの子の言うことが正解なの」

「シンパイナイヨ。ハナシ、ツウジテルカラ」

「で、でもシアンって……あ……エイシアンム、だからシアンなのか……。確かにアラタさん達のことを親友とか言ってたような……」


 ……そりゃ確かに、国王とか皇帝とか天皇とかを渾名で呼ぶ人もそうはいないだろうな。


「それにしてもよ、シアンとお近づきになりたい、と?」

「え? あ。は、はいっ。私……あちこちで言われるんです。若手では一番の踊り手だって。その『若手』って言うのが……」


 限定されたくない、と。

 評判は自分の努力次第だけでは何ともならんからなぁ。

 けどよぉ……。


「権力者と縁を持てば、それだけ知名度は上がる、と?」

「それだけじゃなくて……。……若手だから、全国あちこち回ってはいますが、断られることも多いんです。『若手だから』と……。見てもらいたいのはそのことだけじゃなくて、どんなお仕事をしてる人にも楽しんでもらえたら、って……」


 ふーん?

 受け皿の限定を強制されてるのか。

 知性品性をどんなに高めても、見た目の情報が真っ先に入ってくるなら、まず先に若さがくる。となりゃ、若さゆえに内面はまだまだ未熟、と思い込まれて、店への営業は相手方からシャットアウトされることも多々あるってことか。


「……やめた方がいいんじゃねぇか?」

「あら? アラタってば親切ねぇ。昨日の今日知り合ったばかりの子相手に、そこまで丁寧に対応するなんて」

「セイカクガマルクナッテキタンダヨ、コーティ」

「そうそう。アラタには珍しくね」


 お前らなぁ……。

 ……まあ確かに出会って一日しか経ってない。

 今後しょっちゅう会う相手でもないような気がする。

 そんな相手にこんなことを言うのは……やはりメイスとその前に出逢ったからだろうか。

 境遇が……いや、なんでもない。

 あいつとこいつのそれに同情ってのは、すべきじゃないな。

 二人はそれを売りにしてはいねぇから。

 だが、こいつにそこまで物を言う理由は、それだけで十分だ。十分なはずだ。


「あいつの私生活まで首突っ込むつもりはねぇ。けどあいつにゃ、彼女どころかガールフレンド……女友達すら一人もいねぇんじゃねぇか? 親しく会話ができる身内以外は、せいぜい親衛隊くらいなもんだ」

「え、えっと、そこまで考えてはないのですが……」


 何で顔を赤くする。

 結婚相手として紹介されたいのか?


「けどあいつに紹介したら、その対象の一人にはなるだろうよ。候補に挙がるかどうかは別としてな? もし、あいつが、お前専用の舞台を自分のそばに用意したら、そこから離れられなくなるんじゃねぇか? お前の望みとか関係なく強制的にな」

「え?」

「権力振りかざすような奴じゃねぇよ? けど、あいつからそんなお願いされた者は、どう受け止めてしまうかってことまで考えねぇとよ」


 こっちはそういうつもりじゃなかった。

 そっちが勝手に、そう解釈した。

 だから俺は悪くない。

 ……社会人時代、そんなことを何度も言われ、何度もはしごを外された。

 計算づくだろうが悪気はなかろうが、頼まれて引き受けた側は、その後の事態の予測が外れた時にはそんな言葉が待っている。

 気の毒、で済ませられりゃ、別に俺が口出しするまでもない他愛のない、人生の一場面。

 だがそれどころじゃ済まない大事に変わっちまったら、流石に俺も夢見が悪ぃや。


「俺の願いを断って、ただで済むと思うなと、激高した時の権力者。周囲にゃそれを止める者はなく、お前は国からお尋ね者に……」

「お、名調子―っ」


 なんか七五調の文章が頭に沸いて出てきたわ。

 つか、まさかテンちゃんがその感性持ってるたぁ思わなかったが。


「そ、そんな……」

「さもなきゃ国王から願われて、それに応えた踊り子は、王宮と言う名の鳥かごに、終生囚われの身となり果てて、謎の魅惑を持つ踊り子として、永世この国で語られ続け」

「アラタ、その喋り方、なんか気に食わない」


 コーティがイラついてる。

 こいつは七五調、あまり気に入らないってかぁ。

 それよりも。

 マイヤの気配……つーか、表情だけで明らかに分かる。

 気落ちしてらぁ。


「あのさ、お嬢ちゃん。よく知らねぇ業界に、その業界に持つ印象を押し付けんなよ。華やかな世界の中心に立てる、なんて都合のいい妄想なんざ、現実の前に儚く散るってことも多いもんだぜ?」


 散るだけならまだマシかもしれん。

 踏みにじられ、玩具にされ。

 それでも大事にされるなら、まだ運がいい。

 ポイ捨てされてみ?

 過去の栄光に縋ってみすぼらしく生きるしかねぇ人生に変わっちまいかねん。

 ……まぁシアンのこれまでの俺への言動を考えれば、とてもそんなことをする奴じゃねぇのは分かる。

 そんなことをしたとしても、何か理由がなきゃそんな事態にはならん。

 けど、あいつとこいつとは、接点は今だ無し。

 信頼度ゼロつか、袖さえ触れることもない縁だ。


「あ、あたし、そんなこと望んでませんっ。ただ、収入をもう少し増やしたいな……くらいしか……」

「収入を増やしたい?」


 売れっ子なのに、ギャラが低いのか?

 あ、事務所とかに所属してんのかな?

 事務所にギャラ搾取されてるとか?


「……戴冠式を見た後、アラタさんの話をあちこちから聞くようになりました。いろんな事業してるとか」


 今ではちょこっと面倒くせぇって思ったりがするが……。


「あたしも、そんな風に他にも仕事で来たらって思ってたんですが、今は踊ること以外に収入を増やすことは考えられなくて……」

「それでシアンに取り次いでもらいたいの? 可愛い顔して意外とがめついわね」


 コーティ、言い方言い方。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る