そっちとこっちの境界線 その2

「で、ご飯はどうだったの?」

「普通だったな」


 普通に美味しけりゃ、あとは腹が膨れるまで食う。

 晩飯は、ドーセンが作る料理とあんまり変わらないレベルじゃねぇかな?

 ただ、あんまり口にしたことがない珍しい料理、かな。

 ……もとい、あんまり注文したことがない料理だった。

 ステーキとか。

 脂が多いと胃にもたれがちになるしな。


「店内はどうだったの?」

「女の人がたくさんいたな。あの店以外で会うことはないだろうから、名前も顔も覚えてもなぁ……」


 こっちの商売の得になるようなこともないだろうし。

 いわゆる一夜限りの縁ってやつか?

 それに、あの店の客は俺達だけじゃない。

 そして、あの店にだって常連客はいるだろうし、いわゆる太い客って奴の方が俺らよりも大事だろう。

 俺らなんかそこまで大事にされるわけがねぇ。


「オドリコサントカハドウダッタノ?」

「んー、まあよかったんじゃない? 受映機だっけ? それで見れる番組の中に、そんなのもあるんじゃねえかな。交通費かけてまで実物を見たいとは思わねぇな」


 つか、こいつらの根掘り葉掘りの質問にゃもう飽きた。

 つか、朝の大事なミーティングの時間を無駄にする気か?


「興味津々なのは分かったけどよ、それがこの仕事の何の役にも立たんっての。そんなことより今日の予定は……」

「ないぞお」

「へ?」

「へ? じゃのうて、ねぇんだわ、俺らの今日の予定はよぉ」

「ない……って……集団戦は……」

「今日は、みんなお休みの日。だからお店や温泉の受け付けの手伝いくらいですね」


 あれ……そうだっけ?

 まぁ、こいつらも働き詰めなら休息は必要だろう、ってのは前々から思ってて、集団戦する前までは休日をローテしょん組んで決めてたんだが……。

 全員休みにするってことはなかったような……。

 でも集団戦受付して、それをドタキャンするってのとは違うだろうから、まぁ……いいか。

 つか……あれ?


「そういえば、集団戦の受け付けは誰がやってたんだっけ?」

「施設から来るお手伝いさん達だよ? 忘れたの?」


 そうだったっけか……。

 てことは……。


「今日は俺だけ重労働……」


 しょうがない。連日の痛い出費の埋め合わせをしなければ……。

 って、俺の米採集の仕事が滞っちまうと、店の収入が減るのはいつものことだ。


「でも、今日ならあたし達もアラタの仕事、手伝ってあげられるよ? ね?」

「ねってテンちゃんさぁ……。あたしに力仕事させる気?」

「あ……コーティには無理か……」

「当たり前でしょっ!」


 ……コーティが、俺の集めた米を一粒ずつ、飛んで運ぶ絵って……ミツバチみたいで可愛いと思うんだが……。


 ※※※※※ ※※※※※


「それにしても、こんな細かい作業、よく長時間続けられるわねぇ。あんたの仕事、見てるだけでも疲れて来そうなんだけど?」

「いつもこんなもんだよ? ね? ライム」

「デスヨネー」


 コーティは結局ついてきた。

 と言っても、野次馬根性もとい、見学……いや、高みの見物だな。

 本当に手伝ってくれない。

 まぁ職業や仕事には、向き不向きってもんははあるからな。

 とは言え、米の選別作業は俺以外できない。

 米を運ぶ力仕事は……やはりテンちゃんとライムのコンビは安定感があって、安心して任せてられる。

 もっとも、単純に力仕事で頼りになるってば、モーナーが一番だ。

 けどモーナーの体型は、結局は人間の姿。

 一度に運べる量には、どうしても限界がある。

 とは言っても、俺の仕事の真っ最中は誰だって退屈すること間違いない。

 施設からの手伝いに来た連中も、川の中にいる魚や虫などを見ながら楽しんでる。

 つか、そんなことくらいしかやることがない。

 手伝ってもらいたいができないんだからしょーがない。


「でもさぁ、アラタ、昨日の夜はそれなりに楽しんだんでしょ? 余韻とかないの?」


 余韻?

 すごくどうでもいいな。


「ねぇよ」


 多分昨日の夜の俺は、あの二人の逢瀬に必要な道具だったんだ。

 俺の費用すべて請け負うっつった連中が酔っ払いになるとは思わなかったのは失敗だった。

 自分の飲食費を俺に押し付ける酔っ払いなら腐るほどいた。

 他の連中より早く帰ったのは、同じ轍を踏まないための防衛手段。

 となれば……俺自身は、何のためにあの店に足を運んだのか、さっぱり意味が分からん。

 ま、そんな経験も貴重だよな、うん。


「二日酔いで頭が痛いー、なんてごねるのかと思ってたからさ」

「妖精が二日酔いっつー言葉を知ってるのが不思議なんだが」


 店を構えてからは、誰も酒を飲んでないしな。

 だから二日酔いを起こした奴もいない。

 ないことを知ってるって……妖精さんは不思議だなぁ。


「俺は体質上、酒飲めねえんだよ」

「お酒って、どんな味なんだろうなぁ。ライムは飲んだことある?」

「オサケハナイナー。オミズトオチャトジュースダケ。……アレ? カレーハノミモノダッケ?」


 知るか。


「カレー……って……カレーライス? 食べ物に決まってんじゃん」

「ンーン。ゴハンニカケルカレー」

「……それだけで食べたことないからなぁ。でもご飯抜きだと……飲み物なのかしらね?」


 知らんわ。

 って……。


「誰かこっちに来るな」


 近づいてくる気配が一つ。

 俺目当てなのか川の水目当てなのか分からんが。


「魔物?」

「どこから?」

「コロス?」


 おい。

 物騒だぞお前ら。特にライム。


「何かを仕留めに来た、とかじゃねぇな。目的はないわけじゃなさそうだが……。こっちに真っ直ぐ近づいてるわけでもねぇし」

「姿見えてから考える?」

「デモ、ススキモドキガタカイカラ、メノマエニコナイトワカンナイヨ?」


 静かにしてればやり過ごすことはできそうだ。

 けど、俺目当てを前提として考えた場合だよな。

 ここら辺に来る奴みんな、俺と対面を目的にってわけじゃねぇし。

 村人が川魚を釣りに来ることもあるらしい。

 が、俺は釣りに来た村人と会ったことはない。

 ここには米採集のためにしか来ないからな。

 けどこの気配……どこかで……。


「でも俺、そいつと会ったことあるな」

「いつよ?」

「昨日の冒険者達?」

「違う。けど、どこで会ったっけな。えーと……。……ってお前ら、ちと声小さくしろよ」

「チカヅイテキタ?」

「あぁ」


 ススキモドキをかき分ける音が聞こえてきた。

 ここで、そいつが俺に会いに来たのが確定。


「アラタさーん。ここにいるってお店の人から聞いたんですけどー。どこですかー?」


 女の子の声が聞こえてきた。

 俺がここにいることをヨウミ達は教えたらしい。

 と言うことは、危険人物じゃないってことでいいよな?

 殺気とかないし。

 ……殺気がなくても襲ってくる奴がいたら、それはそれで怖い。


「ココダヨー」


 おい、ライム。


「こことしか言えないわよね。住所とかあるわけじゃないし、ね? アラタ」


 おい、コーティ。


「そちらはどちら様―? あたし達、お店のお仕事で忙しいので相手できませんよー」

「おいお前ら」


 俺に何をする気なのかが分からないってのにお前らときたら。


「あたし達も傍にいることを知ったら、うかつに手は出せないでしょ?」

「手を出したらそっちも危ない目に遭うぞってことよね?」

「ソウソウ。モノハコビダケガライムタチノオシゴトジャナイヨ?」


 それはそうなんだが……まぁいっか。


「川の辺で米採集の仕事をしてるとこだー。こいつらの言う通り、仕事の最中は、話し相手だってまともにできねぇぞー」

「あー、アラタさんの声だ。今そっちに向かいます……うわっ。とと……。あ、そこですね? 草が動いてますもん。今行きまーす」


 ガサガサと草を分ける音と足音が、気配と一緒に近づいてくる。

 そしてそこから出てきたのは女の子。


「よいしょっと。あ、昨夜ぶりです、アラタさんっ。……って、天馬とスライムと……妖精さんもいるーっ。かわいーっ!」

「よしテンちゃん、ライム、コーティ。お前らそいつの遊び相手になってやれ」

「ちょっ」

「なんでそうなるのよっ」

「ブレナイネェ、アラタ。ッテ、サクヤブリ?」


 ん?

 昨日の夜?

 大人の女性が従業員のあの店で会ったってことだよな?

 でもこんな子供……いや、変わってるのは服装だけだ。

 顔は……あれ?


「忘れたんですか? マイヤですよ。昨日舞台で踊ったマイヤ・パッサーです」


 ……何でこんなとこに来てんの?

 つか、何しに来たの?

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