王宮異変 その10

「紅丸……お前……一体何で……」

「いよお、アラタあ! 語りたいこたぁいろいろあるがあ、今はそれどころやなかろー? 魔物退治の協力ボランティアで来たんやがのお! 地上の様子は集音機でだいたい知っとるわあ! お前らあ、エイシアンムんとこに行くんやろー? 魔物退治ついでに、一発かましたるわあ!」


 落下して来てもヒビ一つ入らない三隻目の船は途方もなくでかい。

 その甲板にいる紅丸に、何かを言おうとしたところで俺の声なんか届くはずはない。

 にしても、紅丸の声はよく通る。

 ヤツに、ヤツの言うことに思うところはいろいろあるが、とりあえずトラブルが一つ減った事実には変わりない。

 しかも魔物退治ついでにってこたぁ……明らかに泉現象に対処しに来たってことだよな。

 そのついでにシアン救助の手助けをする、とも言ってた。

 俺に恩を着せるつもりなら、その言葉は使っちゃまずいはずだ。

 ということは、その気はない、と見ていいか?


「ちぃと危ねぇから下がってなーっ。うぉーい! こん船のケツ上げろー!」


 リフターのようなものが船底から現れて船尾が持ち上がり、船体が地面に向けて斜めになっていく。


「よーし、横方向は王宮前広場なー。砲台は更に斜め下―!」


 砲台って……船首についてるらしい。

 てことは……ゼロ距離射撃とやらか?!

 漫画とかで見たことがある。

 船の落下ですらあの衝撃だ。

 今度は……。


「アラタ! もっと下がるぞ!」

「まどろっこしいっ! 俺が抱える! インカー! 退避するぞ!」

「え? うおっ! おいっ!」


 インカーに、小脇に抱えられた俺。

 俺はどこぞの宅配便の荷物かよ!

 って、俺が走るより早ぇ!

 風圧で顔面が歪むっ!

 唇が風の煽りで、だらしなく広がって歪んでるのが分かる。

 誰にも見られたくない顔してんだろうなぁ。

 ……今の俺、そんなことをぼんやり思うことくらいしかできねぇんだよな。


「てーーーっ!」


 船の方からそんな声が聞こえた。

 と同時に号砲一発。

 当然轟音付き。

 衝撃波も今までと段違い。


「うおおおっっっ!」

「ぶわあっ!」

「グハッ!」


 それでも俺は、インカーに抱えられたまま。

 擦り傷の数はもう数えきれないが、それでも普通に体は動かせるのはこいつのおかげだな。


「ぶはっ! ダメージが、船からの物だけってのもどんなもんかと思うんだがな」

「アラタ! 見ろ!」

「え?」


 クリットが指差した方向は、船が一発かましたところ。

 そこには坂道ができあがってる。


「まさか……紅丸の奴……」

「地下牢に続く道ができてる……。おい、インカー!」

「あぁ、ほかに地下に続く道は、正規の……いや……そっちは船からの一発で瓦礫の山。つまり地下牢へのルートは……」


 目の前の地面に、ぽっかりと空いた穴。

 そこからしかない。

 黒いもやは消滅している。

 そして兵達は、生き残った魔物との戦闘で手一杯。

 数は二十もいるかどうか。

 それでも悪戦苦闘している気配がはっきりと分かる。

 俺達を追う余裕はなさそうだ。


「よし。アラタ、王子達の救出をお前に託す」

「頼むぜ? アラタ」


 へ?

 何を言ってる?


「ちょっと待て。王子はお前らが助けに行くんだろ?」


 でなきゃ、なんかこう、筋が通らねぇ気がするんだが?


「もしあいつらがこっちに向かってやってきたらどうする?」

「俺達二人だけという状況は変わらん。だが、この坂道の途中で待ち構えていれば、兵が襲いかかってもその数で押し潰されることはない。それに上手い具合に魔物が食い止めてくれてる格好だしな」

「紅丸の船からの援軍もあるかも分からんしな。なかったとしても敵に回ることはない。だから俺たち二人きりで足止めはできると思う。けどアラタ。お前にはこの現場の適正はない。仲間がいたら分からんかったけどな」

「そうだな。指揮適正は高そうだが、俺達みたいに戦闘能力は一般人並み。そんな一国民に、一緒に戦おうとは言えんわな」


 ……まぁ、そりゃそうだ。

 適材適所ってんなら、救出に向かう方が良さそうだ。


「任された。じゃ二人とも、ここは頼むわ」

「おう! おそらく最下層、地下二十階におられると思われる!」

「殿下を頼む!」


 なんか妙に重い責任負わされたか?

 ま、あいつらの救出ついでと思えば気楽になれるか?


 ※※※※※ ※※※※※


 とは言え、頼まれたなら優先すべき案件に変わるんじゃねえか?

 頼まれて引き受けた、その義理っつーか道理っつーか、それを先に通さねぇとまずいような気がする。

 地下の階層一つ一つは広い。

 どこぞのホテルのような、廊下があってその壁沿いに牢屋がいくつもある内装を想像してたんだが、広場っつーか広いロビーがあって、牢屋は一部屋だけ。

 つまり、階層一つに一人だけ監禁されているってことだ。

 てことは……親衛隊は、塔に三人。俺を連れて来た二人以外の五人が囚われていて、シアンで六人。

 こっちはライム、テンちゃん、マッキー、モーナー、クリマー、ミアーノ、ンーゴ、サミー、コーティの九人で合計十五人。

 地下に向かう坂道は、デパートのエスカレーターみたいな構造になってる。

 だから全部のフロアに寄り道はできるが……。


「最下層にいるっつったな。フロアそれぞれに灯りがぼんやり灯ってるから、どこに何があるかは分かるが……」


 地上の灯りは届かない。

 それだけで暗い気分になっちまいそうだ。


「ゼェ……ゼェ……。とりあえず……ゼェ……ゼェ……。到着……。全力……疾走……する俺……我ながら……義理堅ぇよな……。さて……あ、一つしかねぇんなら……逆にすぐ分かるわ。……シアン―、いるかー?」


「まさか……その声……アラタか?」


 驚く声に力はない。

 が、生きてるのは分かる。


「おう、いたいた。って……はぁ……はぁ……。随分硬そうな格子戸……ってのか? 縦横に組み込まれた鉄の棒、丈夫そうだな」

「アラタ……お前……ここまで……」


 檻の中で体育座りをしたまま、顔だけこっちに向けているシアン。

 飲まず食わずの生活をさせられてたんだったか。

 分かってりゃ、食いもんの一つや二つ、持ってきてたんだが。


「だが、その格子は、魔力も込められてる。破壊は無理だ」

「扉がねぇな。どうやって入ったんだ?」

「扉はあった。だが魔法で結合された」


 どんな術だよ。

 そして、シアンにはその術を打ち破る力はないってことか。

 だが、こんなこともあろうかと!

 いや、そんな予測も予想もしてなかったが。


「情けは人の為ならず、って言葉は、誰かにかけた情けは、その誰かのためになるってことじゃなく、かけた本人のためになるって言葉らしいな。……お前が長い期間魔力を込めたこの球でー」

「お……おい……火の魔球は使われんぞ? って……それは……」


 分かってるよ。

 燃やしたら呼吸が苦しくなるもんな。

 同じ理由で水も使えない。

 こいつがくれた魔球二個。そして廉価版の同じ球は三個。

 あと十個欲しいとこだが……まあ仕方ねぇか。

 あ、あいつがいるな。

 ひょっとしたら在庫あるかもな?

 金はある。

 もっとも集団戦を終えた奴らに渡す祝い金だから、それはこっちの思惑で出してるわけだから、基本、俺が自由に使っていい金だ。

 誰も文句は言わねぇはずだ。

 よし。

 全員救出のめどは立った!


「使う魔球の種類は……こいつだぜ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る