王宮異変 その11

 この世は常に変化する。

 その変化の度合いに差はあってもな。

 そして、俺が生まれ育って生活していた世界とは違うこの世界でもそうだ。

 変化しない物体はない。

 放置してれば劣化する。

 劣化すれば、どんな丈夫な物でも脆くなる。

 それは……。

 果たして、目の前にある金属の格子はどうですかねぇ?


「土の魔球を使って……土は無理でも砂……砂鉄に変えられるんじゃね? なんせ、お前が精魂込めて作り上げた魔球だからな!」


 金属の格子に魔球をあてがう。


「おうおう、いい感じに錆びてきたじゃねぇか」

「アラタ……その魔球は、お前のために……」

「んー? おう、だから、俺のために使ってんだぜ? それに、クリットとインカーからも託されたからな」

「な、んだと?」


 今は詳しい事情を説明する暇はねぇ。

 約千人の兵達の反乱を収めなきゃなんねぇだろうからな。


「お? 思った通り、脆くなってきたぜ? あらゆる物体は、劣化すりゃ土に帰る、かな? ほりゃっ!」


 俺の何気ない蹴りで格子は崩れ落ちた。

 あとはこいつが動けりゃ救出成功!

 だが……。


「……アラタ」

「どうした? ……腹減って動けねぇのか? ちょい頑張りゃ何とかなると思うんだが」

「ここから出られると分かれば、飢えや渇きは気にならん。だが……私は……このまま国王代理を続けていいんだろうか?」


 いきなり突然、何を言い出すやら。

 つか、いいはずだろ?


「は? 他に誰が……あ、王妃がいるのか」

「……もちろん……こうして考えると、母君が最適だろう。だがいつかは……」

「国王代理をするかしないか、ってことと、お前を助ける、ってのは別件だ。脱出してから考えろ。俺の仲間もこの地下牢に囚われてる。それでも俺は真っ先にお前んとこに来たんだぜ? 脱出してもらわにゃ困る」

「もちろんここからは出るさ。だが、その先が問題だ……」


 自信喪失って感じだな。

 だがそんな話を俺にしてきてもだな。

 誰かほかに友人とか……あ……。


『アラタ。お前は殿下の唯一の親友だからな』


 弱音を吐ける相手が、俺以外にいねぇのか。

 俺以外に聞かせたくねぇ話、ってことか。

 一刻も早く、全員解放といきたいところなんだがなぁ。


「盟友と思ってた一人二、こうして裏切られた。たやすく手の平で転がせる相手、とでも思われてたんだろうな。そんな人物に、果たして一国の主の立場に立てる資格はあるのだろうか、とも思っていた」


 暗い所に独りぼっち。

 しかも飲まず食わずならネガティブ思考に陥りやすいか?

 自分を客観的に見つめることはできても、変えた視点から見つけた物事の根拠は見つけづらいか?


「お笑いじゃないか。国のために尽くそうと頑張ってきた。だが国民からは私への評価は聞こえてこない。国外からは私への労いの声は聞こえてくるが、慰め程度にしかならない。親身になって協力してくれそうなところはないように見える」


 確かに、誰かの口からシアンの評判はほとんど聞こえてこなかった。

 比べて国王の言動の影響は、国民に及んでたことは多々あった。

 その一つが、俺の手配書による俺への対応だ。

 そう考えると、確かに比較したらシアンはかなり国民からの印象は薄いんだろうな。


「シアンよ、国民は俺ほどお前と頻繁に接してねぇから、国民はお前のことはよく知らねえと思う。だからそれは仕方があるめぇよ」

「……それは、理解している」

「じゃあお前が国内外に対して、仮に国王と同じことをしてたらどうだ?」

「それは考えたくもないが……変わらんだろうな」

「国王に対して国民は、どんな感情を持ってるか分からん。だが詳しいこたぁ知らねぇはずだ。時々受映機を見るが、どんな番組にもほとんど王家の事は出て来ねぇからな」


 それは、俺の世界での、宮家の番組とかの数と似たようなもんだと思う。

 世間にちやほやされるアイドルとかとは違う、崇高な立場でもあるだろうしな。


「ってこたぁ、国王に惹かれてお前に惹かれない理由を考えりゃ分かるんじゃねぇか?」

「理由だと? それは国王の責をまっとうし続けてきた経歴が」

「もちろんそれもある。けど、いくら功績を積み上げても、国民が無関心だったら評価も上がらねぇぞ? 『へー、すごいね。俺には関係ないけど』みたいな意見ばかりだろうよ」

「無関心……惹かれる、惹かれない……か」

「国王が野郎としたことは、話に聞く限りじゃ富国強兵。国民に分かりやすい事業だな。国を強くするってんだから。この国の民になれば、国が守ってくれる。それだけでも安心感が与えられる」

「安心感?」

「頼りがいがある、ってことじゃねぇのか? だから国王や政治に不満があっても、不満の持ち主ですら守ってくれるってんなら文句も次第に消えるだろうよ。ありがてぇありがてぇっつってな」


 ま、それもおかげ様って言葉を知ってる限り、って前提は必要だろうけどな。

 誰それのおかげ、ってことに気付けば、自ずと感謝の気持ちも生まれるだろうよ。


「頼れる存在、安心できる存在であれば評価は高くなるさ。そして人気も高まる」

「……アラタのようにか?」


 俺を引き合いに出すな!

 そんなんだからやたらと厄介ごとがこっちに舞い込んでくるんだよ!

 俺に何の責任もないってのによ!


「俺の事なんざどうでもいいよ。つか、召喚される前はいいように使い回されるパシリな社会人時代だったんだぜ?」

「パシリ?」

「使いっ走り。ま、人権のない奴隷のような生活ってとこか? それに比べりゃここでの生活は、こんな暮らしでも天国で暮らしてるかのような毎日かな」


 シアンがぽかんとしてる。

 あれ?

 昔の話、こいつにはしてなかったっけ?

 それとも忘れられたか?

 まぁ俺の昔話はあちこちでしたような気がするし、今はそれどころじゃねぇな。


「また話がずれたな。結局、お前はミシャーレとやらに見下されてたんだよ。そんくらい俺にもできる、こいつがいなくても俺がいりゃこの国は立て直せる、ってな」

「……あの男でなきゃならんかどうかは知らん。だが……俺の代わりは」

「お前の代わりはいねぇよ。お前が持つ信念、主義主張はお前しか持ってねぇ」

「アラタ?」


 俺に向けるシアンの、無気力そうなその顔に、怪訝そうな表情が加わった。

 俺は別に変なことを言ったつもりはねぇんだが。


「俺の知る限り、お前が起こした行動は、お前しか実行できねぇ行動だ。あのちょび髭野郎にも叩きつけたが、お前にも言ってやる」

「な……にを……」

「この世界に呼ばれて以来、この国で生活してきた。いろんな奴と接してきた。プライドも何もかなぐり捨てて、俺への非を詫び、誠心誠意謝罪してきたのはお前だけだ。その高潔な心根を俺に見せたのはお前しかいねぇ」

「こう……けつ……って……」

「その心こそこの国、この世界の宝だし、もしもそれがお前の信念だっつんなら、お前そのものがこの国の大黒柱となれる有資格者ってことだ」

「な……」


 言葉を失ってる。

 力なく顎が下がり、口はぽかんと開いたまま。


「あくまでも、お前自身じゃなくその信念がってことだからな? 物事の筋を通す志。周囲から横やりを入れられて、簡単に曲がることのない信条。お前はそれを持っている。そうでなけりゃ投獄されてるはずがない。『気持ちを改め、あなたについて行きますから釈放してください』なんてことを言えば、ここにいるはずがねぇだろうからな」

「そんな……ことを言うわけがないっ」


 言葉に力強さが出てきた。

 自分の身がどうあろうとも、これだけは絶対に譲らない。

 そんな気迫も。


「筋を通す、ってのは、地味かもしれんが誰かに安心させる材料の一つだぜ? 言ってることが今日と明日で食い違ったり、テメェの都合のいいように立ち振る舞うってのは、周りが混乱する。尻尾振ってついて行く連中はそれでも構わねぇと思うだろうが、いつ自分に損害が来るか分からねぇって不安も生まれることが多いはずだ。だがお前には、国民にそんな不安を与える要素がねぇ。国のトップに立つ資格は十分あると思うぜ? それでもこんな事態が起きたんだ。当然お前に足りないものもある。あのちょび髭みてぇなふてぶてしさも必要かもよ?」


 自負心だけじゃ、国民全員から頼りがいがある王とは見てもらえねぇ。

 見た目も必要かもしれねぇし、体格も必要かもしれねぇ。

 けど、中身は既に完成されてんだ。

 こいつがこの国を背負って立つってんなら、その先に続く道は案外いばらの数は少ねぇかもなぁ。


「俺は、できればこんな騒乱からは遠ざかりたい。だからそれに関わる一人になるなら、できれば俺はお前に接近したくないし、応援に駆け付けたくはない。だが絶対にお前を支持する側からは離れることはないし、敵に回ることは百パーセント有り得ん」

「あ……アラタ……。お前……私の……事を……そこまで……」

「あーうぜぇ! こっちくんな!」


 近寄んじゃねぇ!

 野郎に近寄られたって、うれしくも何ともねぇんだよ!


「だがこうしてすでに巻き込まれてる。巻き込まれちまった以上は、俺ができることに限り、応援に回る。国王になるってんなら、……あくまでもその支持者の一人になるだけだが、応援してやる。つか、お前以外に適任はいねぇよ」

「アラタ……あり……がとう……。それだけでも……とても心づ」

「おっと待った。だが俺だけじゃねぇ。俺よりも先に死地に赴いた親衛隊だっている。今も必死に頑張ってる奴らもな。そいつらへの謝意も」

「もちろんだとも! 私は」


 立ち直ってくれたか?

 なら……。


「うん。お前にやってもらいたいことは、まず一つ。ほれ、俺の通話機だ。紅丸の番号知ってっか? 連絡とってくれ」

「へ?」

「四の五の言うな。親衛隊、俺の仲間の救助も必要なんだよ。そのために必要な道具、おそらくあいつは持ってる。外で手助けしてもらったが、大至急欲しい物があるんでな」

「な、何のことか分からんが、分かった。……紅丸か? あ、あぁ」


 通話、繋がったか。

 さて……まだまだお手伝いしなきゃならんだろうが、シアンよ、ここから反撃するのを見せてもらうぜ?

 どんな結果になるか、俺には分からんけどよ。

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