王宮異変 その8

「クリット! インカー! ここで泉が起きる!」

「え?」

「何?!」


 そうだ。

 この感じ……魔物の泉現象が起きる前の……。

 だがいつもなら、現象が発生する何日か前に必ず感じ取っていた。

 なのに……。


「何をいきなり突拍子もないことを!」


 ミシャーレは、本当に俺のことを知らなかった。

 自分の好きなように物事を解釈して来てたんだな。

 いや、今は本当に非常事態だ。

 落ち着いてる場合じゃねぇ!


「いつ起きる?!」


 そこなんだよ、問題は!


「おそらく……一時間かかるかかからないか、だ……」

「なっ……」

「時間……ないじゃないか!」


 目の前には五百の兵。

 門の中にも同じくらい。

 全員がこちらに武装を向けている。

 その相手をどうするかってことを考えるだけでも難題だってのに、さらに泉現象の魔物……魔物の軍勢を相手にせにゃならんってのか?!


「ふん。何をほざいてるか知らんが……この三人を」


 俺以上に平和ボケしてるように見えるぞ? 軍事何とか大臣さんよ。


「まだそんなことを言ってるのか、あんたは!」

「ミナミアラタの事を何にも知らないんだな、あんた!」

「な……にを……っ」


 近くはないミシャーレとの距離。

 それでもクリットとインカーの、ここにきて桁違いに見せる気迫に気圧されてる。


「慈勇教の元大司祭とゴナルト国王が召喚した七人の旗手の一人、予見の旗手だぞ!」

「だが国王から冷遇を受け、その責から自ら身を退いている。だがその力はいまだ健在だ! だから……どう、する?」

「俺が知るか!」


 選択肢は二つしかない。

 逃げる。

 戦う。

 しかし、逃げるにしても前で整列している兵達に追いかけられて捕まえられる。

 戦うにしても……瞬殺だろ。

 どのみち、残り一時間くらいでどこまで逃げられる?

 逃走に成功したとして、現れた魔物達はどこに行く?

 間違いなく町の中に進出していくだろ。

 住民達はどうなる?

 国の首都が血の海に変わるぞ?

 泉現象の魔物の進出を抑えるためには、発生現場のここ以外に好機はない。

 けどな……。

 俺に、その指揮権はないし責任者でもない。

 現象を引き起こした張本人でもないし、単にその現象が起きることに気付いただけだ。


「……先に六人召喚し、後で一人追加された、と聞いたな……。予見の旗手、か。前任も冷遇されていたようだが……」


 今頃俺のことを初めて考えてんのか?

 今はそんなことを落ち着いて考察してる場合じゃねぇだろうがっ!

 つっても、俺の言うことを信じろっつっても信じてくれるわきゃねぇか?

 ライム、テンちゃん達を解放したって太刀打ちできるかどうか。

 こいつらが「旗手がいるから安全」とか言い出さないってことは、どこかで起きてる泉現象に構ってる最中か。

 どのみち連中が駆け付けるのは、おそらく現象が起きる直前かその後だ。

 それに来たところで、指揮系統の国王からも国王代理からも指示を受けられねぇだろ。

 残り……三十分切ったか?

 ミシャーレも兵士達も取り乱す様子はない。

 だが、俺らと兵軍の間に黒い靄のようなものが見え始めている。

 残念ながら、それに気付いた者は……俺一人……だけか?

 もうこうなったら……。

 人に頼りたくはないし、仲間を傷つけたくはない。

 だがそれしか手はない。

 仲間を見つけて解放して、全員で魔物退治に打って出る。

 そのためには……。


「……縦の列が二十。一列につき二十五人。その後ろに開いている城門。……地下牢にはどう行きゃいいんだ?」

「アラタ……」

「……中ほど辺りまで進む。そこから左右どちらでも直角に曲がって直進。壁に扉がある。内部に入ったら王宮の方向に進む。中央にロビー。その奥の左右の壁に廊下がある。地下牢へは、その廊下から地下に進む階段を下りていけばいい。説明は簡単だ。だが……」


 仲間を解放した後、ここに逆戻り。

 それがなんの障害もなく、順調に事を進めたとしてもだ。

 現れた魔物はどれだけ暴れまくっているのか。


「アラタ。あまり考えたくはないが、魔物が現れるのを待ったらどうだ?」

「おい、クリット」

「魔物が現れたら、この兵達と間違いなく戦闘になる。その混乱に乗じて宮殿内に突入。今突入したら大怪我、重傷じゃ済まされん。なるべく無傷で、願わくば俺達三人が無傷で地下牢に向かわねばならん」


 非力な者が、力ある者に抗う手段があったなら。

 魔球を今から使ってもいいが、仲間の救出後、仲間達の力のみで魔物共を何とかできなかったら。

 その時のための切り札が減る。

 そして何より。


「な、なんだこれは!」

「黒いもや……お、おい、これ……」

「噂の、魔物の泉現象ってやつか?!」

「あんなの、嘘っぱちだろ?!」

「けどこの現象、見たことねぇぞ!」


 魔物の泉現象を見たことがない奴らがほとんど……いや、みんな初体験ってことか?!

 そんなの有り得るのか?!

 まぁ……現象はすべて旗手任せなら……そうかもしれんが……。

 靄のあちこちから、黒い影の魔物の体の一部が飛び出し始めてた。

 ここまで来たら、もう逃げる手は失われた。

 腹、決めるしかねぇな。


「あ、慌てるな! じ、陣形を保て! 中にいる兵もこっちで臨戦態勢をとれ!」


 大臣さんよ。

 数がいりゃいいってもんじゃねぇ。

 確かに内外にいる兵全員ここに呼び寄せても問題ないだろうが、それは広さだけの話。

 連携とった戦闘ができるのか?

 泉の魔物を見るのは初めて、っていう兵ばかりみてぇだぞ?


「アラタ。随分落ち着いてるな」

「そういえばそうだな。さっきまでの顔の青さがなくなってる」


 現実の恐怖より、妄想上の恐怖の方がよほどひどかった。

 それだけだ。

 だが、俺らだって危険度は下がったわけじゃねぇ。

 魔物と兵がいる中を突っ切らなきゃなんねぇんだ。

 ホントに、何でこんなことになったのやら。

 って……。


「クリット、インカー。悪いがもう一つ嫌なお知らせだ」

「え?」

「まだ何かあるのか?」

「あぁ……今度は上から何かくる気配だ」

「……まさか……」

「泉現象二連発か?! そんなこと……今まではなかったぞ?!」


 目の前では、一体、また一体と、黒いもやの中から黒いシルエットとしか見えない魔物共が現れ始め、兵達は尻込みしながら後退している。

 貧乏くじ、引きまくってるよな、俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る