王宮異変 その7

「なら、本当のことを教えてやろう。エイシアンム王子は、自分の父親をあの塔の上に閉じ込めている。自身には何をしたのかは詳しくは知らん。だが実の父親に対し、そのような扱いをするのは人でなしのすることだ。違うか?」


 間違っちゃいないが正しくもない。

 とりあえず話は聞いてみるか。


「国の頂点に立つ者がそのように振る舞い、実の親に対する仕打ちをしているのだ。国民に示しがつかんではないか。誤った精神がこの国に根付く前に、根こそぎそれを取り除く。そんな私の行動に、非の打ちどころはどこにもないぞ?」


 今の言葉だけなら、確かに立派なもんだ。


「だがその部屋で……その階層内では普通の生活ができるように配慮しているんだぞ! それを階下から大勢の兵が押しかけてきている。我々だけなら辛抱できる。だが、国王の食事を運び込むことすらできてないと言うぞ!」


 ちょっと待て。

 お前ら二人がここから脱出する時の話は聞いたが、なんでその後のことを知ってる?

 いや、その言にも嘘はないのが分かるが、なんで自分らが出ていった後の王宮の内情まで把握できてる?


「通話機で定期的に通信している。エイシアンム殿下と殿下を護衛している仲間達とは連絡はつかないが、国王の部屋……階層の番をしている三人からは、状況を報せに来るんでな」


 なるほど。


「ところで、国王を幽閉してるんだろ? 階層……って何だよ」

「あ? あぁ、塔の一番上は部屋が一つだけじゃなく、小さいロビーもある。窓は下を見せないように上向きになってる。だから空の様子は見ることはできる。まぁ運動不足解消のためってところか? 階段から上がると廊下に出るが、その廊下の途中に扉がある。俺達はその扉の外側で番をしていたんだ」


 幽閉……っていうより、軟禁っつった方が正確なんじゃねぇか? それ。


「で、食事やお茶などを運ぶときのみその扉を開ける。もちろん風呂、トイレもついているし、我々が不意打ちを食らわない程度には掃除もする」

「ひょっとして……娯楽関係もあったりする?」

「もちろん。受映機もあるし、王宮発行の新聞も毎朝持ち込んでいる」

「書物も、廊下の壁沿いに本棚が備え付けてあり、あらゆるジャンルの物が取り揃えている」


 至れり尽くせりじゃねぇか。

 もちろんこの言葉にも嘘はない。

 ということは。


「ミナミアラタ。そこに行った者しか証言できない話だぞ? そいつらが自分の都合のいいように嘘を並べて」

「嘘はない。こいつらの、国王の幽閉に関して言うことはすべて本当のことだ。嘘か本当か断定できるんでな」


 出まかせはむしろ、あんたの方にあるぜ? 大臣さんよ。


「……ということは……その部屋にいる連中全員……断食状態?」

「その通りだ」

「体力的に劣っている国王が一番心配だ。殿下のことが一番心配だ。だが国王のこともある。だから一刻も早くこの状況を何とか打開したくてな。魔力がある故に耐久力もあるかとは思うが……」

「魔力とやらで兵士を押し返せばいいじゃねぇか」


 もちろん万能じゃないだろうが、行動の範囲はさらに広げられるんじゃね?


「兵士と言っても、武力がすべてじゃない。魔術兵もいる。それにすべての力がぶつかり合えば……」


 地面だったらまだしも、高い塔なら落下して……。


「魔力による物理干渉を防ぐ措置も取られてるから、崩壊はあまり心配してないが、魔術発動も制限されてる」


 あらら。

 となりゃ……王宮の中に押し込められてる連中の命綱は……ほんとに俺達だけってことかよ。

 待てよ?


「断食状態で一番命がヤバいのが国王だとして、だ」

「む?」

「お前が言う、父親殺しは有り得ない。むしろ世話をしているってことだ。国王としては致命的だが、人としてなら……さほどではない」

「……それがどうした」

「この状態が続けば国王は餓死する。そこまで追い詰めたのは、王子じゃなくて……お前だよな」

「フン。気付いたか。だが国民はそこまで真実を探る気はあるまい。幽閉したのは王子だということは周知の事実だからな。その実態まで気にする者はおるまい」


 ということは……。


「まさか……ミシャーレっ! 貴様!」

「卑怯、なんてもんじゃねぇ! その企みを知ってる者は」

「お前達三人しかおらんよ」


 直接手を下さずに国王を葬ろうとしている。

 その罪をシアンに着せようとしている。

 全て計算済みか。

 あれ?

 また、待てよ? だ。


「王子が国王を幽閉するに至るまで、国王派と反国王派がいて、反国王派の筆頭が王子だったんだよな?」

「それがどうした」

「その反国王派に、お前も所属してた、ってことか」

「言葉だけで言えば、そうなるな」


 まさかその時点から、か?


「反国王派にいながら、今のように王子に反旗を翻すことまで計画してた……か」

「……国王の悪しき面、王子の悪しき面、双方を修正しつつ政権を取り、この国の舵を取る。それができるのは私のみ。他の王族、大臣の視野の何と狭いことか!」


 演説が続く。

 だが耳に入ってこねぇ。

 ……妙に寒気が走る。

 そのせい……じゃねぇと思うんだが。

 それにしても……ったく、馬鹿王子が!

 実の父親を幽閉したっつーからクーデターを連想しちまったが、普通のクーデターならその相手をそこまで世話するか?

 ただの隠居勧告と強制実行、それだけじゃねぇか!


「……大臣さんよ、あんたも同じ穴の狢……。違うな。王子とは比べられねぇ。王子に失礼だわ」

「何?」

「要するに、あんたも権力に目が眩んだだけだ。自分のやらかした責任を、これから始末しようってぇ相手に擦り付けるとこなんだからな。直接手を下さんでも、始末しようとしてることには違ぇねぇしよ」

「……下らんことを。この高尚な思想に基づいてだな」

「高尚な思想、その内容が全く出てこねぇ。この国の舵取りとか言いながら、その具体的な話は全然出て来ねぇじゃねぇか」

「貴様らに聞かせる話ではないからな」


 判定は嘘。

 これも口から出まかせか。


「正直に言ってみな? この国を動かす権力が欲しい。そして誰にも渡したくないってな」

「下らん。そんなことよりも大切な事があるからな」


 これも嘘。

 権力よりも大切なものはない、ってことか。

 けどな。

 それは俺も知ってるよ。


「あぁ。そんな権力やプライドやその他諸々よりも大事なモンが、この国には存在する。それがある限り、この国は栄える……かどうかは知らんが」

「おい、アラタ」

「そこでボケるのは止めてくれ」


 悪ぃな、二人とも。

 だって俺、この国の責任者じゃねぇもん。

 けどな。


「その大切な物は、シアン……殿下が持っている。殿下しか持ってない」

「殿下? 殿下とは、王の継承者に付ける敬称だ。あの者にそんな資格はない! いくら王家の一族であろうともな!」

「そんなもん、タカラモノになりゃしねぇ! そんなもんよりも、誰も持ってねぇタカラモノをあいつは……あいつとあいつの母親は持っていた!」

「……血族の事ではないか。話にならんな」


 話にならねぇのは、強引に推し進めようとするテメェの都合だ!

 ……いかん。

 感情で血が頭に上りすぎてるな。


「……国王に大司祭、だっけ? 自分の都合を他人に押し付けてきやがった。その他人は無関係な連中ばかりだったがな」

「何の話だ?」


 知らねぇか。

 知らねぇのも……うん、無理もねぇ話だ。


「けど、それをあいつは、自分の身のみに収め、その無関係な者に頭を下げてきた」

「ふん、何のことかわからん話を聞く必要はない。みなの者」

「謝罪してきたんだよ。言葉だけじゃなく、心から」

「む?」

「王族、王子って立場や生まれ、プライドも何もかもぶん投げて、どこの誰とも知らねぇとされる奴に誠心誠意頭を下げて、詫びの品物だっていらなかったのに、長い時間をかけて拵えた大切な物を直接手渡しでな!」

「アラタ……」

「アラタ、お前……」


 何だよ。

 余計な横槍入れてんじゃねぇよ!


「まさかその、お前の手に渡った物がタカラモノだと?」

「タカラモノが生み出した物体、とは言える。今はそんなことよりも、だ。……物事にゃ原因があって経過があるから結果が生まれる。その結果が悪いことで、原因も経過も自分とは関係ねぇのに、自分発祥の物として頭を下げてきたんだ。そんな、人への思いやりと筋を通そうとする心。そして……周囲への配慮もそうだ」

「あの小僧にそんな配慮などあるわけなかろうが」

「……あいつを拘束した時、あいつはほぼ無抵抗って話を聞いた。俺にいろんな話をしてきたがその中で、内紛で国力を減らすことだけはしたくない、国民に苦しい生活を強いることもしたくない、とも言ってた。」

「……殿下」

「そんなことまで……」


 竜車の中でもこの二人に話をしたが、そんな詳しいところまで話をしていなかった。

 こんな状況でも涙ぐんでいる。


「……王子の行動を調べていた。貴様の店にも足を運んでいたようだが、そんな話まで出てくるほどの間柄なわけがないだろう。たかが一商人のくせに!」

「たかが一商人?」

「本当にそう思っているのか?!」

「ただの市井人だろうが! そもそも国の要職者相手に軽々しく口を利くこと自体、あってはならん事態なのだぞ!」


 ミシャーレの矛先が二人に向かった。

 その途端、寒気が急に強くなってきた。

 一体……あ……。

 俺は……またも平和ボケになってたのか。

 こいつぁ……間違いない。

 こんな時に、まさかここでかよ!

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