その人への思い込みを俺に押し付けるな その8

 一般人が悪の組織の怪人に襲われて、ギリギリになってからヒーローがやってきて助けてくれる。

 特撮ドラマなんかにはよくあるストーリーだ。

 で、今、遅れてやって来たのは馬鹿王子。

 こいつをピンチに陥れそうな奴を、俺が何とかして遠ざけようとしてた矢先だった。

 つまりだ。

 ヒーローが怪人に襲われてピンチになった時に、助けに来てくれたのはそのターゲットになってた一般人っていうオチ。

 このままフェイドアウトするしかないっ!


「呼び出されてきたはいいが……グリプス、レーカ、ルーサイ、何でお前達がここにいる?」

「は、はっ! 殿下! 我々は今日、非番でありまして、ここのダンジョンで鍛錬を、と」


 三人はオロオロとした態度から一変。

 直立不動に変わる。

 流石親衛隊。

 うちの仲間に、彼らの爪の垢を煎じて飲ませてやりてぇなぁ。


「あ、あの……殿下」


 シアンに近づこうとする貴族のお嬢様方だが、シアンは親衛隊からこっちの方に顔を向けてきた。


「アラタ。私を呼び出したのはコーティだが、アラタが用があったんじゃないのか?」


 なんて言えばいいかな。

 馬鹿正直にありのままのことを話すと、俺、マジでカッコ悪ぃよなぁ。


「あー……、まぁお前さんのことでトラブルが発生してることは確かなんだが……今回ばかりはお前が悪いわけじゃねぇ」

「ちょっと、あなた! 言葉遣いがなってなくてよ!」

「あー、すまない。今彼と話をしているのは私なんだ。ちょっと下がっててもらいないだろうか? ……で、私は何をしたらいい?」


 けんもほろろって言うんだっけか?

 あれだけ俺達にまくし立てていたお嬢さんが、シアンの気のない一言で黙って引っ込んでしまった。

 彼女らはこいつに好印象を与えなきゃならないはずだから、言われた通りに引き下が名らなきゃならんってのも分かるが……。

 立場が上を下への大騒ぎだなこりゃ。


「お前の結婚観について語ってもらえたらそれでいいかな?」


 もうこうなりゃ、あとはこいつに丸投げだ!


「結婚観? いきなり突飛な話だな。私は降ってわいた見合い話には応対する気はないぞ?」

「え?」


 はいお嬢様方、いきなり玉砕ですな。


「大体それどころじゃないのは、こないだ話した内容を考えてもらえたら分かってもらえると思ってたんだが……」


 はい、返す言葉もございません。

 けど、説明が必要なのは俺じゃねぇんだ。


「何でもかんでも疑ってかかる奴がいてよ。俺はお前のことはそれなりに知ってるつもりなんだが、俺とお前があったこと自体疑われててな」


 立ち会わなかった第三者にもそれを証明して見せるものがありゃ、こいつをわざわざ呼び出す必要もなかったんだがな。


「まさか、自ら進んでいばらの道を選ぶ馬鹿王子に言い寄る異性がいるなんて思いもしなかったしな」

「はは。えーと……馬子にも衣裳って言うんだったかな?」


 この日本にも、俺んとこの日本と同じ言い回しがあるたぁ思わなかったな。


「蓼食う虫も好き好き、じゃねぇの?」

「あ、それか」


 いやちょっと待て。

 一国の王……王代理だろうが、そんな奴が割とひどい事言ったな。


「……今の、流石に聞き捨てなりませんわ」

「ん?」

「へ?」

「殿下に向かって直接、馬鹿王子などと……」


 あぁ、それか。

 今更だろ?


「今更そんなことを言われても……な、アラタ」


 考えることは同じか。

 って、こいつと以心伝心の仲って……なんかヤだぞ。


「恐れながら申し上げます。殿下、友人は選ぶべきかと存じます。そのような、どこの馬の骨とも分からない者よりも、殿下ほどではないにせよ、私達のような貴族の家柄の」

「すまない。考えた上で決めて選んだと……いや、友じゃない。仲間、だな」

「却下」

「はは。アラタ、相変わらずひどいな」


 ふん。

 つくづく、こいつが権力者じゃなかったら。

 あ。

 ちょっと待て。


「シオン。お前、二十歳そこそこだったよな?」

「ん? そうだが?」

「な、何よいきなり年齢の話なんか出して! 殿下も、そして私達も十分婚姻の」

「俺、三十越えてんだぞ? 十も年上の相手にタメ口かよ! 今気づいたぞ!」

「お? おぉ。言われてみれば! はは」


 ははじゃねぇだろ!


「ちょっと、アラタ」

「どした? コーティ」

「そこのお嬢さん、会話でも取り残されてるんだけど、そこんとこは可哀想くらいは思いなさいよ」


 ……って言われてもな。

 こいつはこいつで、ある意味更に年下……だよな?

 年下に毒吐かれてる三十路男……。


「……父上……国王の代までの晩さん会などでは、お三方のお父上には二度ほどお見かけしたかな? インナーム家、フリーラス家、セサール家のお嬢さん方でしたね? 確か」


 こいつ……こいつらと会ったことはないのか?

 ないのに、誰の娘とか、家名とか知ってんのか?

 マジか……。

 その三人も固まってる。

 まさか知られてるとは思いもしなかったか?


「……貴族の上下関係は、王族、王家への貢献度によって変わる。お三方の家柄は、我が王家の始まりの頃には多大な援助を頂いたという」

「は、はいっ」

「その通りでございます!」

「よくご存じで!」


 一気に目を輝かせてんな。

 つくづく現金な奴ら。


「だが今では、当時の見る影もない。他の貴族たちも、王家を慕い、王家をより強く支えてくれているのだから」

「え……? そ、それは……」

「接したことのない祖先の過去の功績を、今も振りかざして近寄ろうとする者を丁重に持て成したとしよう。今この時、さらなる多大な貢献を尽くしている者達へはどう接すればよいのか。その者達を差し置いて、そなたたちを優遇せよ、と王家に命ずるつもりか」


 ……馬鹿王子でも言うべきことを言う時には、流石威厳を感じさせる。

 タメ口になることくらいは許してもいいか。


「そ、そんな大それた」

「……王は今、母上……王妃と私とでとある場所に幽閉している。アラタに言わせればクーデターらしいがな」


 うん。

 まさにその通り。

 善悪は別として、そう思うな。


「だが王は、世界に対してクーデター、即ち世界の権力者になろうとしていた。己の欲望で目がくらんでいた。故に平和は乱され、平穏な生活が脅かされる者多数、となるところだった。世界平和は保たれた」

「さ、流石殿下」

「だが、父親を、国王を拘束し、罰を与えているのも私だ。親にひどい目をあわせている。親と世界を天秤にかけた結果だ。後ろ指を指す者もいるだろう。父親を支援する者達から恨みも受けているだろう」

「そ、そんなことは」

「私達がお支えします!」

「どうか私達を」

「……そなたらの父君も、御家復興のため、その国王の企てに加担しようとしていた。もちろんその三家ばかりではないが、そなたらにはその事は今は関係ないな」


 おいおい。

 いや、考えてみりゃ、そんな大それたことは誰かからの協力は必要って話は聞いた。

 そしてその主力は、召喚術を発動させた何たら教の大司祭か何かじゃなかったか?

 けど、それだけじゃなかった……ってのは……よくよく考えりゃ分かるべきことだったんだろうが……。

 騒ぎに巻き込まれちまったら、そこまで考える余裕はなかったか。


「問題は、父親のために一働きするために、私の首に刃を突き立てるか」

「なっ!」

「そんなっ!」

「有り得ませんっ!」

「ならば私らの弱点にもなり得る。娘だからということで、私らに対して人質になるやもしれん、という、な」


 あれ?

 こいつらの父親たちがそんな立場に立っていたことを、こいつらが知ってたら、この後のこいつらはどうなる?

 シアンとさようならして家に戻って、父親に報告。

 謀反がバレましたー、みたいに。

 雲隠れ、そしてさらにクーデター……。

 シアンのたちばがやばくなるんじゃね?

 逆にこいつらが父親のことを本当に知らなかった場合は?

 戻った後、父親を諭す、か。

 激高されたりしたら……家庭内でとんでもない騒ぎになる。いや、下手すりゃ悲劇が待ち受けている。

 火消はまず無理だろ。


「グリプス、レーカ、ルーサイ。彼女達を王宮の来賓室に案内するように。……今は頭が混乱しているだろう。しばらくゆっくり過ごすといい。もちろん身の回りの世話も手配しておこう」

「え……? あ……はい……」

「あ……ありがとう……ございます……」

「身に……余る……光栄です……」


 なるほど。

 家と隔離して身の安全を保障することで、どっちに転んでも直接政争に関わってないこの三人には、何の被害も及ぼさないようにするってことか。

 けどな。


「……お嬢様方、ちょっといいか?」

「……アラタ。余計なことは」


 こいつらの欲求の論点をずらして誤魔化している。

 こいつらは、事態のでかさについていけないだけのことで、冷静になったらそんな風に気付かれるかもしれん。


「結婚ってのはな、俺が思うに、互いに支え合うってことも重要じゃねぇか、と思うんだわ」

「アラタ……」

「この馬鹿王子の話聞いてても、こいつが求める相手ってば、共に苦労をしてくれるのが条件の一つってのは分かった。苦しい思いばかりしている王子を慰めて、自分の役割は終わりってのは求めてねぇ。互いに助け合う間柄、そんな繋がりを欲しがってるんじゃねぇか?」


 シアンは何も言わず、俺の方を見てる。

 お嬢さん方も、そして仲間達も。

 的外れではなさそうで何よりだ。


「助け『合う』ってのが大事でな。どっちかが一方的に助け、片方は助けられっぱなし。そんな関係は、こいつにはあんまり意味がねぇ。なんせ、こいつの立場自体が孤独なんだわ。だから俺んとこに、親衛隊の連中にも内緒で、お忍びでやって来て、こんな物まで持ってきたりな」


 久しぶりに目にしたな。

 財布の中に仕舞ってある魔球。

 ま、取り出して見せたところで、馬鹿王子と王妃が精魂込めて作った物っていう証明はできねぇんだけどさ。


「殿下……」

「我らの目を盗んで?」

「よくそんな暇ありましたね」


 親衛隊も初耳だったか。

 バラしちゃってすまんな。

 お嬢さん方は……魔球を見て驚いてる。

 中に込められた魔力の強さに驚いてるようだ。

 見ただけで分かるってのは……伊達に鎧を見に纏っているわけじゃなさそうだ。


「こいつに今必要なのは、結婚相手じゃねぇ。それでも押し掛けるってーと、迷惑以外の何者でもないってとこじゃねぇかな? ……大体こんなとこで納得できたかな?」

「アラタ……あなた……一体何者?」


 ……このお嬢さん方に初めて関心持たれたような気がする。

 が……。


「今、あんたらに必要なのは、俺の情報じゃねぇだろ。ファンクラブに入った時点で知ってなきゃおかしいことだとは思うけどよ」

「アラタ。君の身の上を何も話してないのか?」

「話す機会もなかったしな。まぁ今更どうでもいいだろ? 本命はこの馬鹿王子なんだからよ」


 思わず軽く笑ってしまった。

 笑わずにいられない。

 彼女らの裏を知らないままだったら、もっと爆笑してただろうな。

 己の情けなさのあまり。


「じゃあこの三人の案内を頼む。私もあとで王宮に戻る」

「了解しました! では、こちらへ」


 シアンが来る前は親衛隊にも噛みついてたようだったけど、すっかり毒が抜かれた感じがするな。

 三人が気落ちしてるのが、後姿を見ただけでも分かる。


「……済まなかったな、アラタ」

「……お前が頭を下げる理由なんざ、どこにもねぇよ。気にすんな。つっても、俺はお前の苦労を一緒に背負う気はねぇけどよ」


 と、言っとかないと、図に乗ってどんどん難問を持ち掛けられかねねぇからな。


「とか何とか言って、シアンが困った顔を見せればすぐに相談に乗るんでしょ?」


 うるせぇ、ヨウミ!

 二やつきながらそんなこと言ってんじゃねぇよっ。

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