その人への思い込みを俺に押し付けるな その4

 明日来るだの、明日来ますだの言う客は、その言葉通り営業時間前から店の前に並んでた。


「おはよう、アラタ殿。ヨウミ殿、それにみなさん」

「アラタ殿、お早うございます」

「噂のミナミアラタさんですか。初めまして。俺はルーサイって言います。初めまして」


 何で二回繰り返した?

 まぁいいけどさ。


「いらっしゃい。で、ルーサイ、さんね。初めまして。で、何にする?」

「え? 何にする? と言いますと?」


 何を言ってんだこいつは。


「ここはおにぎりの店だ。店に来るってのは、普通は買い物しに来るもんだろ? まさかウィンドウショッピングしに来たわけじゃねぇだろ?」


 おにぎりをショーケース越しに見てそれで終わり、ってどんな人生なんだよ。

 それを娯楽にするには、あまりに人生観狭すぎねぇか?


「あ、ああ、それもそうですね」

「しょうがねぇなオイ。うちらで一番の若手なんだ。変に緊張するとこあるが、勘弁してくれ」

「買い物は、梅、昆布、筋子の三個にお茶のセット。それを三つね」


 一体親衛隊の間で、どんな噂が流れてるんだか。

 にしても、サミーの剃髪の時といい、昨日といい今日といい、夜盗の捕物の時とは打って変わって何と言うか……。

 素人目でも品質が劣る装備をしてる。

 あの時の装備は見た目、金属製って感じだったけど、今のこいつらの装備、ボロボロとまではいかないが、傷が目立つ皮鎧。

 間違いなく品質は劣る。

 だが、今日初めて見た親衛隊のメンバーの装備品にも二人と同じマークが鎧の一部に小さく刻まれている。


「昨日から気になってたが、その装備、どっかのメーカーか? 他の冒険者の装備品じゃ見ることがあまりなかったが」

「え?」

「防具、腰回りの上の方、胸の防具と重なってる陰の」

「おーっとアラタ殿―っ。おにぎりのセットはまだかなーっと!」

「確か筋子と昆布と梅頼んだわよねーっと!」


 グリプスとレーカが同時に大声を上げたもんだから、後ろの客達の注目を浴びた。

 突然の大声を目の前で上げられりゃ、誰だって驚くわな。


「お……おう……。ヨウミ……」


 とヨウミに振り返る。


「こ、ここにあるわよ。えっと会計は……百五十円が三個に百円の三セット」

「千六百五十円になります」


 ヨウミとクリマーが会計している間、グリプスが小声で話しかけてきた。


「こいつぁメーカーのマークじゃねぇ。王家の紋章だよ。この防具は私物だが、隊員でいる間は私物も支給してくれるんだ。支給品にはみんなついてる。国民全員知ってる紋章だから、見えたらまずいだろ?」


 そう言うことか。

 確かに見えづらい部分だ。

 しかもよく見ると、彫り込んでるんじゃなく、外周は円形の紋章の真ん中は盛り上がっている。

 立体的なんだな。

 多分偽物作製防止のためなんだろうな。


「まぁなんだ、いろいろご苦労さんっ。今日も元気に行ってらっしゃいっ!」


 と、俺もわざと大声を出す。

 他の客達の注目を、この三人の装備のその位置から逸らすため。

 なのにこいつら……。


「おう、いってくるぜー」

「余裕があったら、お土産持ってくるわねー」

「はいっ! 行ってきますっ!」


 更に大きな声で返してどうすんだ!

 またそっちに衆目が移るだろうが!

 現地じゃこいつらとさらに接近することもあるだろうによ!

 そこで正体ばれても、俺はそこまで責任持てねぇぞ!


「お早うございます、アラタさん。昨日は失礼しましたー」

「んぁ?」


 次の客は打って変わって、上品そうなソプラノめいた声。

 目を向けると、普通だったら真っ先に目に入る白銀の鎧。それも三つ。

 だがあの三人の体格のおかけで、俺の視界からははみ出てしまってた。

 昨日、俺の作業に付き添うとか言いながら、すぐに離脱したあのお嬢様方三名だった。


「あ、あの、今の三名の方、どなたなんです?」

「バカッ! マーナッ! いきなり何言ってんのよ! ……あはは、いきなり失礼しました。えっと、ご交友の範囲が広いんですね」


 何かこの三人グダグダだな。

 俺のファンクラブに入ってるとか言いながら、間違いなく目当ては俺じゃない。

 それなら昨日感じた違和感は、完全に解消される。

 まぁこの世界に来る前から似たような体験は積んできた。

 ちやほやされた挙句、財布扱いされたことが何度あっただろうか。

 もちろんこっちはそれで浮かれ気分になったことはない。

 その魂胆が見え見えだったっての。

 でもそれを避けたところで、無理やり飲み会に参加させられるのも目に見えてる。

 一回断ったという罰を与える、みたいなことも何度も言われた。

 俺を煽てるようなことを言う奴は、誰もが俺をダシにしようって考えてるもんだ。

 紅丸だって、結局はそうだったからな。

 俺への実害は特になかったから、あいつへの罰則は執行猶予、みたいなことを言ってやったけどさ。


「ただの冒険者だろ? 俺はよく知らん」

「え? でも」


 食いつくなぁ。

 昨日初対面の相手に、そこまで言われる筋合いねぇだろ? 普通なら。


「嘘ついてるとでも? だったら本人に聞けばいいだろ? 俺のファンクラブに入ってようが入っていまいが、一々俺がその許可を出すような暇はねぇよ。年会費払ってんなら、俺とは関係のない奴に渡ってるんだろうよ。俺は知らん」


 何か、三人が戸惑いながら互いに見合わせてやがる。

 ともかく金銭トラブルなら俺は全く関知してねぇんだからな?


「で、でも」

「お前らいい加減注文言えよ。ここはおにぎりの店だぞ?」


 何をごねたがってんだか。

 俺は俺の仕事をするだけだ。


「ねぇちゃんら、済まんが買い物する気ねぇんなら、順番俺らに譲ってくんねぇか? アラタ。こいつら買う気ねぇみてぇだから俺ら注文していいか?」

「決まってんならどうぞ」


 三人のお嬢様方はそのまま列から弾き飛ばされた。

 それを見たヨウミ達はオロオロしてるが、俺にも次の順番の冒険者達にも、何ら非はない。

 つか、このお嬢さん方、浮いてる存在なんだよな。

 汚れるなんて真っ平ご免って感じがするのは……俺が捻くれてるだけなんだろうかね。

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