外の世界に少しずつ その5

 店の前の草むらの上で仰向けになり、サミーの鼻先でツンツンされ、スリスリまでされている昼下がり。

 今朝目が覚めると、前髪の右側が剃られてしまった。

 しかも最初に気付いたのが、俺じゃなくクリマーだった。

 反対側も剃ってもらえりゃ、俺には気付かなかった不格好なヘアスタタイルが一転、そんなファッションだと解釈してもらえるだろう。

 くすぐったい感触。

 そしてその感触から想像する、サミーの全身の動き。

 しかし今、サミーは、俺の顔面の上にいる。

 サミーの下っ腹のモフモフ感が心地よい。


「えーと……アラタ、殿?」

「これは……サミーに襲われてる……と見ていいのか?」


 野太い声の二人。

 心地よさにうとうとしてたら、サミーはその二人に成敗とかされてたんじゃなかろうか?

 勝手に決め付けんな。


「どこの誰か分からんが、サミーは俺の顔面でお仕事中。邪魔すんな。店もまだ昼休み」


 こもった声になってんな。

 サミーの腹が口のすぐ上にあるからしゃーないが、そこの二人に聞こえたか?


「そ、それは失礼した」

「だが……昼休みか。宿の店で時間を潰すのも半端だし、ここで待つとするか」

「そうだな」


 店の再開まで退屈しても、俺に何の責任もないからな?


「ミィ、ミャァァ」


 っと……。

 お仕事は終わったようだ。

 モフモフの感触を楽しむ幸せな時間もここで終わる。

 なんと悲しいことか!

 ……まぁ始まりがあれば終わりがある。

 例外はない。

 だからといって昼休みが早く終わるってこともないがな。


「はい、お疲れ、サミー。さてと……まだ午後の開店時間じゃないからな?」

「うむ。分かっている、アラタ殿」

「ところで……妙にかっこいい髪形をしてますな、アラタ殿」


 声から想像できる、屈強そうな体格の二人の人間。

 だが装備はかなり違う。

 一人は兜もかぶった重装備。

 もう一人はそれよりもいくらかは耐久力が劣ってそうな装備だが、その分機動力が高そうだ。

 だが……。

 二人とも、俺に「殿」とつけて呼ぶってのは……。


「お宅ら、見たことないな。店に初めて来るだろ。でも初対面なら大概さんづけじゃないか? 『殿』って呼び方……どこかの地方の慣習か?」


 二人が互いに顔を見合わせた。

 何だよ、俺、何か変な事言ったか?


「まぁ……無理もないことだ」

「そうだな。一般人で特定の誰かを知る機会ってのはほとんどない」


 一般人?

 まるで自分が一般人じゃないって言いたそうだな。

 まぁ本格的な冒険者の格好してる一般人なんているわけがないが。


「アークス、と言う。よろしく」

「クリットだ。改めてよろしく」


 ほいほい。

 装備が軽めの方がアークス。

 重装備がクリットね。

 装備が軽いから動きが速そう。

 アクセルのアークス、と覚えときゃ忘れねぇだろ。

 装備が念入りだから攻撃もクリティカルヒット多そうだからクリット、と。

 でもそんな覚え方だと、装備交換したり私服で来られたらぜってー思い出せない覚え方だよな。

 まぁ名前は忘れにくくはなるか。

 で……改めてってどういうことだ?

 前にどっかで会った……ってこと?


「勿体ぶった紹介やめてくんないか? 思い出そうにも思い出せねぇってのは面倒なんだよ」

「できれば思い出してもらえたら、と思ったんだが」

「まぁ自己紹介はしたことがないしな。それに我々が一方的に知ってるだけだし、立場を弁えればこんな風に話をすることはできんからな」


 立場?

 客と店の人って立場くらいしか思い浮かばんが?


「エイシアンム殿下の親衛隊隊員だ」


 はい?

 って、親衛隊?


「……シアン、の?」


 って、あぁ、そうか……。

 近づいてきた時は足音っぽいの聞こえて、すぐにこいつら二人の声が聞こえたもんな。

 気配を先に感じてたら、シアンが来た時、どこぞに隠れていた気配と同じもんだとすぐに分かってたかも。

 人の顔とか名前よりも、気配が同一かどうか分かるってのも……ある意味人間外れな能力だよな。

 便利な時もあるけども。


「流石に我々が、殿下にそんな呼び方をするのは気が引ける」


 まぁそうだろうな。


「まぁそこは自由にすりゃいいさ。でも、殿下? 陛下じゃねぇの?」

「今のところは国王代理の立場だからな。殿下も、敬称はそのままでいいとおっしゃっておられた」

「まぁ、いろいろと事情はあるのでな」


 考えたくもねぇ。

 権力者が寄ってくるのは、ほんと勘弁してもらいたい。

 だが、親衛隊自体には何の権力も……ないよなあ?

 待て。

 権力があろうがなかろうが……用事がなきゃ来ねぇよな?


「で……お宅ら、ここに何をしに? まさかダンジョン探索?」


 思いっきり清々しい顔で笑ってくれるな。

 何だこいつら。


「その通り。我々も交代制で休暇をもらうことがある」

「鍛錬に時間を割くことは多いが……その相手をしてくれる者が見当たらなくてな。ほとんどの者達は、共に鍛錬をという誘いよりも、稽古をつけてくれだの鍛えてくれだの言うばかり」


 似て非なるものを求めて来られる、と。

 そりゃ、ある意味災難だ。


「へぇ? それとここと何の関係が?」

「ダンジョンの奥の方には、時々強い魔物が現れるとか」


 鍛錬場にしたいわけね。

 それは……出入り自由だから構わないし、だからといって店に立ち寄らなきゃならない理由じゃないな。


「で、おにぎりを買いに来た?」

「もちろん。我々もこの店の商品には関心があった」

「立場を忘れて、店の主人に会いに行くのも悪くはないか、とな」


 あんたらのような丈夫な体には、効果は雀の涙ほどのおにぎりが必要かね?

 薬屋とかの方がよくねぇか?


「効果の高望みをされても、俺はそこまで責任は持てねぇぞ? 体力回復っつーより、命からがら逃げだすための命綱って言った方が的確だと思うんだが」

「その命からがらって場面はなかなかなくてな」

「いざとなれば、捨て身で活動するからな」


 怖ぇよ、そんな状況。

 どんだけ過酷な職場だよ。


「だが、アークス。俺はもう一つ用件を思いついた」

「どんなだ? クリット」

「その、サミーの力を借りたい」


 親衛隊隊員が、まだ子供のサミーのどんな力を借りるっつーんだ。

 つか、何でいきなりそんなことを。


「危険な場所に連れて行かせられねぇぞ。そもそもこいつ、どんな力があるかとか、誰にも」

「いや、十分見せてもらった」


 はぁ?

 見せてもらった……って、今の一瞬で何を見た?


「……何の、用件だよ」


 警戒心マックスだよ。

 こいつらから何かされたら、いつもと変わらないサミーの分、俺が何とかしてやんなきゃいけないからな。


「頭、剃ってもらえないか?」

「……はい?」

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