外の世界に少しずつ その4
俺の髪は長くはない。
剃り跡を隠そうと思えば隠せるが、毛先の方向に無理が出る。
そのうえ毛先がいつまでもそこに留まってはくれない。
「どうした? アラタ。その頭」
「怪我でもした? 大丈夫?」
「プッ。なんか変だよ? それ」
反応は多種多様……というほどでもなかった。
心配してくれるのは有り難いが、何度も同じ答えの繰り返し。
どんな質問をされても同じ返事をすることのない、気の利いた斬新な返しは覚えたいもんだ。
「そろそろお昼時間ですかね。ヨウミさん、お昼休みの札、掛けときます?」
「そうね。お客さん、来なくなる時間だしねー。ライム、フィールドのミアーノとンーゴからお昼の注文もらってきて。あの二人、お昼は最近おにぎりばっかだから」
「ジャアソレキイタラ、テンチャンニ、チョクセツドーセンサントコニ、チュウモンオネガイスルネ」
「マッキーから聞くのも忘れないように言っといてねー。……さて、モーナーもそろそろ戻る時間かな」
最近の昼の時間はヨウミが言う通り、客足がなくなる。
昼もぶっ通しでダンジョンに潜る者が多い。
フィールドにいる者は野営かドーセンの宿で食事をするようだ。
ということで、非常食扱いのおにぎりの店に来る者はほとんどいない。
「もうそんな時間か。コーティはおにぎりのほかに何か欲しいのは……」
「野菜入り炒めご飯!」
即答。
俺の食ってた物をお裾分けしてから夢中になっている。
おにぎりを食べた上で、だ。
もっとも、気に入ったのは味付けだけ。
力の充実の効果は、おにぎりとは比べ物にならないんだと。
「こ、こらっ! サミーっ! 叩くなっ!」
頭の上に乗っかりたがるサミーに、そろそろ俺の首は限界だ。
甘えん坊の性格は、健康的に増加していく体重に伴わない。
要は幼いってことなんだが……。
その頭の上で、両腕のハサミで同時に振り回すもんだから、それが顔に当たって痛いのなんの。
何に同意するかというと、コーティの注文に、だ。
大盛のそれを二人で仲よく食べる光景は、そりゃ実に微笑ましいんだが。
「はいはい、野菜入りチャー……じゃなくて炒めご飯ね。お、モーナー、来たか」
「お帰り、モーナー。丁度お昼の注文聞いてるとこ。何にする?」
「ただいまあ、ヨウミい。いつもの日替わり定食でえ」
「最近普通盛りですよね。モーナーさん、体持ちます?」
「うん。時々出てくる魔物が強くなってるからあ、最近はあ、あまり掘り進んでないんだあ」
ダンジョン内で泉現象が起きてからの、同じことが起きたらすぐに地上に出させないように深く掘ろう、というモーナーの案。
二度目は今のところ起きてない。
二度とないのが一番安心であるんだが。
「どこまで深くなったんだ? モーナー」
「んと、七十四くらいかなあ」
地下七十四階。
よく酸欠にならないもんだ。
「じゃ、あとは私とヨウミさんの注文で、こっちは全員揃ったみたいですね」
「ほいほい。そいじゃちょっくら行ってくら」
そしていつものお昼の時間ってな。
※※※※※ ※※※※※
「さて……っと。サミー、ちょっと付き合え」
「食休みなしで午後のお仕事? 体に悪いんじゃないの?」
「サミーとじゃれつきたいだけだろ,ヨウミ。こっちはそうも言ってらんないの」
「そうも言ってらんない……って……何よ」
何よ、もねぇもんだ。
お前は俺の頭見て笑った一人目だろ。
笑われない工夫をするんだよ。
「ちょいと用事。お前らはいつも通り休んでていいぜ」
それにしても背中にしがみつくサミーは、よく二本の腕だけで自分の体を支えられてんなぁ。
で、行き先は、まだ再開前のおにぎりの店の前。
「まぁやった覚えがないとは言え、ある種の責任は取ってもらわんとなー、サミー」
「ミュウゥ?」
「おでこのここな、やっぱ不格好っつー指摘が多くてさ」
買い物客からの意見。
一々言われるのも面倒だ。
同じことを何度も聞かなきゃならん。
同じ返事も何度もしなきゃならん。
耳も聞き飽き、口も喋り飽きた。
「鼻で擦るとこうなる、という自覚はないだろうが、同じことを反対側にもやってもらおうと思ってな」
「ミュゥ」
「まぁ両側のバランスがとれなかったらしょうがない。けど、あるとないとじゃ大違いだからさ」
「ミッ」
ということで、昼休みの時間にちゃっちゃとでかしてもらおう、というわけだ。
短くも力の入った鳴き声は、何となく気合の表れって感じがしなくもない。
サミーの鼻先でスリスリされるささやかな幸せな時間を過ごせるうれしさや。
こんな日常、いいよなぁ。
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