トラブル連打 その5

 ヨウミの不安感は、俺の背中に当たっている頭の感触で感じ取れた。

 だが、落ち着いたような気がした俺も、胸の内がとてつもなく騒がしい。

 けど、落ち着いた、という強がりが功を奏することもある。


「……『紅丸に頼んで、客や付近の住人達を船に収容してもらって、本船に乗船してもらえば、人的被害は食い止められるかもな』……っと」


 他人のふんどしで相撲を取る真似はしたくない。

 だが、俺じゃなくてこの世界の、この国の住民の救助作業だ。

 間接的とは言え、まるまる商会も国から依頼を受けて、その仕事をまっとうしている。

 無下に拒否はされることはないだろう。


「……ちょっとヨウミさん? お腹がかなり苦しいんですけど?」


 声に出してみた。

 多分聞こえないと思うが。

 俺の送信したメッセージに縋る気分なんだろうな。

 もっとも、俺の思い込み。

 勝手読み。

 皮算用。

 大体俺自身、そこまで他の見込める相手とは思っていない。

 この依頼を聞いてくれる相手かどうか自体不明だ。

 依頼主がこの国だったら首を縦に振るだろうが。

 国王から嫌われたが、曲がりなりにも旗手。

 威を借りる狐、と後ろ指をさされるかもしれんが、いざとなったら……。

 いや、何か、それは……まずい?

 そうだ。

 何か、まずい。

 ……違和感が蘇る。

 紅丸と最初に会った時に感じた違和感が、また湧き上がる。

 気のせいじゃない。

 が、今はそれどころじゃない。

 不安材料が一つ確定してしまった。


「……モーナー、マッキー、クリマーの気配が感じ取れない。あの船に来場した客の気配は分かるのに。特殊な能力を持ってるあいつらの方が感じ取りやすいってのに……」


 待て。

 そう言えば……あの双子も迷子とか言ってなかったか?

 両親の気配は……見つけた。

 双子は……いない。

 半日ずっと不明なままか?

 不安感と違和感がだんだん重なって積み上がっていくようだ。

 通話機を初めて受け取ったその夜。

 何でも相談してくれ、とみんなからのメッセージが届いた。

 だが……言葉にできない不安感、違和感は伝えようがない。

 いや、落ち着け。

 よく考えろ。

 モーナー達は、双子が迷子ってことは知ってる。

 けど、テンちゃんらが音信不通ってことと泉現象が近々起きるってことは知らない。

 紅丸だって泉現象が起きることと……。

 俺が旗手だったってことと、指名手配を二度も受けた話は紅丸にはしてない。

 双子が不明ってことは、アナウンスがあるだろうから知ってたとしても、俺と双子は顔見知りってことまでは知らないはずだ。

 待てよ?


「紅丸は……俺のことを調べたっつってたな。幻の行商人と呼んでた。けど……旗手時代の話はまったくしなかった。そのことを知らなかった? なんで? 調べたんじゃなかったのか?」


 調べるはずだろ?

 だって……地上に降りるのは情報収集のためでもあるってこと、何度も喋ってたじゃないか。

 情報にも価値があるって。

 価値……。

 うわっ!

 通話機のバイブか。

 脅かすな。


「ヨウミからか。俺からは、腕に力入れすぎ、としか言うことはないが……『どうしたの? 何か問題起きた?』って……密着してれば俺のちょっとした動きでも分かるか。えーと……」


 俺達にはいろんな情報が集まってくる。

 けどモーナー達やテンちゃん達には、自分の境遇の情報しか入って来てないんだよな……っと。

 しかし通話機がなかったら、こんなに素早く行動に移せなかったよな。

 テンちゃんが帰ってこない、と、まだ悶々としてたに違いない。

 テンちゃんに伝言を頼んで行ったり来たりさせてただろうな。

 もっともそのテンちゃんがいない。

 まったくあの馬鹿天馬はっ!

 魔物との戦闘以外で、あいつに助けてもらったことってあったか?!

 ……あったな。

 水とか米の運搬。

 そばにいて一々指示を出す分には大いに助かった。

 けど何かを託すってのは怖いな。

 でも、まだ子供っつってたな。

 羽根が四枚になるとかいうし、これからが成長期ならしょうがない……い?

 ……紅丸は……召喚して魔物を使役してた。

 待て!

 商会は手広く商売をしてる。

 馬鹿王子だってまだまともに見てない本船とやらを使って、国内中を巡って商売してる。

 おにぎりを買いに来る連中の間でも噂が流れてたじゃないか。

 綺麗どころ、だけじゃない。

 珍しい種族ってのも流れてた!

 おにぎりの噂も流れてたが、国内中で商売しても利益は出せないだろう。

 だからこの噂は切り捨てられていい。

 けど、ダンジョンの中で見つかるアイテムの価値はどうだ?

 サキワ村の経済が潤うほどだぞ?

 ドーセンが言ってたじゃねぇか!

 村一つとは言え、金の流通が激しくなってんだぞ?

 その価値は商会にしてみりゃ些細なもんだろうが、幻の行商人の噂とどっちが実益があるよ?

 俺の噂の実利は、せいぜいおにぎりの利益だけだぜ?

 ということは、間違いなく俺よりも村の噂の方が情報としての価値は高い。

 ダンジョンには、ひょっとしたら未知のアイテムが転がってるかもしれないんだから。

 けど、ダンジョンの噂に俺は関わっていない。

 となると、俺の情報はおにぎりと同じくらいに切り捨てても構わない程度じゃねぇか。

 ダンジョンの方が魅力は高い。

 にも拘らず、俺に関心を持っていた。

 ダンジョンの話題もだし、行商人時代以外の話題は出なかった。

 俺の方からも、まだいかにも怪しい人物と認識してる間は、こっちから積極的に話を始めることはなかったし。

 ダンジョンへは出入り自由だし、俺は門番じゃないって話もしたはずだ。

 まさか……。


「うおっ! またバイブか。今度は……ライム? 飛びながら操作してたのか? 器用だな。あ、そろそろ着陸するのか」


 かなり長い時間考え込んでた。

 ヨウミのハグの苦しさを忘れる程に。

 そして、ここまで来たらもう確定だな。

 モーナー達と双子も音信不通状態だ。

 気配がどこにもない。

 双子の両親以外はみんなアトラクションを楽しんでいる。

 ……誰一人として、泉現象が起きることは想像もしてない。


「オリルヨ、アラタ」

「おう……頼む」


 ライムの移動は終わって滞空状態。

 会話も普通に聞き取れる。


「ちょっと、アラタ。大丈夫? また顔、青ざめてるよ?」


 だろうな。

 泉現象の前に、とんでもない敵が正体を現した。

 そんな気がしてるから。

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