トラブル連打 その2
おにぎりの店の客層が変わった。
買いに来る客は、初級冒険者が多かった。
それが、綺麗どころを見に来る冒険者達が増えて、初級冒険者の来客数の割合が減ってきた。
それでも、エージ達がしょっちゅう引率してくるから、ゼロじゃない。
が、連れて来られる初級冒険者達は、そんな来客を見てドン引きしている。
まぁ、初級冒険者達はみな真面目だから、ここに来る目的が魔物討伐とかじゃなく、そんな娯楽めいたものにしている先輩達に呆れたってとこだろう。
だがしかし。
「まさか……俺までレジに狩り出されるとは思わなかった……。はい、そっちは飲み物セット五つな! あー、あんたらは……イクラのおにぎり八個お?! 二個セットってのもある……あぁ、それ四セットに変更な? はいはい、えーと……あ、あんたらの注文ちょっと待ってくれ。こっちが先だから」
「はい、七百五十円です。えっとそっちは……えーと、千二百円ですねっ」
ライムは飲み物づくりに精を出している。
おにぎりの店の従業員フル稼働。
ミアーノとンーゴは、手伝いに来てもらっても、この作業は理解できまい。
金銭感覚もほとんどないらしいし。
それにしても、何でこんなに忙しくなったのか。
「決まってる。店に見所がなくなっちゃったんだから、俺達は本来の仕事に精を出しに行く。それだけのことだぜ?」
要するに、マッキーやクリマーに見惚れてる間に、他の客が買い物をする。
つまり、客が殺到するのを防いでたって理由らしい。
でもあいつらが最初からいなきゃ、ここに来ることはない連中だったろ?
冒険者達が来なくなったのは、ゴーレム出現事件がきっかけだったし。
なんか矛盾してるような気がするんだがな。
まぁどっちにせよ、売り上げが上がるのはうれしいことだ。
だってこいつらにしてみれば、「目当ての綺麗な女の子がいないなら、この店に特に用事はないや」っつって、店を素通りしててもおかしくはないからな。
「んー……ここを無視するわけにゃいかねぇな」
有り難いことを言ってくれるじゃないか。
でもなんで?
「あのダンジョン、かなり深くまであるらしいからな。地下六十階くらいはあるんじゃないか?」
とうとう、東京にあるあのビルを超えたか。
モーナーもすげえな。
「ところで天馬はいないのか? 灰色の」
「あ? あぁ……あいつは……。あれ? もう帰ってきてもいいんだがな」
「何だよ……。俺、あの天馬にいつもなでなでしてから潜ってたんだよ。可愛いし、ゲン担ぎでもあるし。でもまぁゲン担ぎはむしろついでだからな。んじゃ行ってくるわ」
「テンちゃんにもファンがいたんだっけか。まぁそれはどうでもいいや。気をつけてなー……って……」
おかしい。
出発したのは、確か朝の八時過ぎ。
今は十一時過ぎてる。
「テンちゃんとサミー、帰りがちと遅いんじゃないか?」
「えー? なにー? 今それどころじゃ……はい、五百五十円ねっ」
レジが二人きりじゃ、客が少なくなってきているのにも気付かないし、少なくなっても忙しいことには変わりない。
「ツウワ、モーナータチカラ、キテタ。ムコウニ、ツイタッテ。フタリ、ツウワ、トッテクレナイカラ、ライムニキタ。テンチャンタチ、カエッタッテ」
「お、そうか。ありがとな」
「イエイエ」
忙しすぎたから気が付かなかった。
ということは、テンちゃん達は向こうを立っている。
往復で二時間かからないはずだ。
昼飯……なわけはないか。
今も向こうに滞在してるならともかく。
「心配、だな」
テンちゃん一人なら、何かがあってもすぐに逃げられるだろう。
でもサミーと一緒だからな。
サミーに何かがあったら、テンちゃんは絶対守ったりかばったりする。
馬鹿だが、誰かを見捨てるようなことはしない奴だ。
「テンキハ、ズットハレ。ミズニヌレルコトモナイシ」
そういえば、小雨程度なら気にしないが雨降りは割と気にする方だったな。
けどライムの言う通り、今日はずっといい天気だ。
「何だ? テンちゃん、帰ってくるの? 今日?」
テンちゃんのファンも、一人や二人程度じゃないらしい。
話しかけてきた冒険者以外にも、テンちゃんのことを気にしている奴が何人かいた。
「あ? あぁ…‥昼前には戻ると思ってたんだが」
「どこに行ったの? ラーマス村の向こう側? ここの隣村だな。結構距離はあるが、一時間もあれば釣りが来るだろ。ラーマス村で休憩してんじゃないの?」
「俺達の会計後ででいいから、テンちゃんに連絡……つけられるか?」
「ちょっくら様子見てこようか?」
「いや、それには及ばない。じゃあ厚意に甘えさせてもらうわ」
通話機でテンちゃんに連絡をする。
が……。
呼び出し音は鳴る。
本人は出ない。
「どこにいるか、GPSとかの機能は……ないか」
呼び出し音が五回……十回……そして二十回。
「出ない」
「何? テンちゃん、通話機持ってんの? 足しかないのに使えるの?」
「あぁ。羽根を器用に動かして使いこなしてた」
「すげえなテンちゃん! 流石俺達のテンちゃんだ!」
お前らのじゃねぇから。
「いくら使いこなせても、呼び出し音が聞こえなかったり分からなかったりしたら……」
「受信も送信も使いこなせてた。問題ない」
「うん。忘れないように使い方の練習を何度もしてたもんね。はい、二百五十円ね」
ヨウミも、そしてライムも見てた。
そうだ。
確認し忘れてたことがあった!
「ライム。モーナー達はどこで別れたっつってた?」
「フネノ、ウェルカムゲートノ、テマエダッテ」
くぐった時にピンポンなってたあそこか。
船の入り口、すぐ外ってことだよな。
「はいっと……。会計はあなた達だけだけど……する?」
「あ、おう」
「これ、七人分な」
「はい、千四百円になります。……とりあえずお昼、先に食べてきたら? お昼時ならお客さんも少ないだろうから。ライムはどうする?」
「ライム、アラタトイッショ」
帰ってきたらゲンコツ二発くらいくらわすか。
帰りの時間が遅れるのは仕方がない。
連絡すればそれで済むことだし。
けど、通話機にも出ないってどういうことだっての!
……けど……どうも引っかかる。
だが今は、何ともしようがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます