おにぎりの店へは何をしに? その4

 店に出ると、そこには例の双子を挟んで、大人の男女二人の計四名が横に並んでいた。

 男の方はしかめっ面。

 女の方は完全にお怒りモードって顔をしている。


「何か用……」

「うちの子供達が怪我をして帰ってきたんですけど! 話を聞けば、ここにいる魔物にやられたって!」


 やっぱり親子か。

 で、その双子は俯き加減で上目遣い。

 そして俺を睨んでいる。


「あぁ、そりゃ気の毒に」

「どう責任とってくれるんですか!」


 ……ここでもか。

 仕事てでミスをしたとき、すぐに「お前が悪い」「責任取れ」の連続コールくらったっけ。

 あの職場、あの世界から解放されたと思ったら、この言葉が世界を越えて、まだ絡みついてくる。

 うんざりだ。

 だが幸いにも、そう言ってくる奴らとは何の関係もない。

 嫌いなしがらみを徹底的に遠ざけてきた結果、いくらかは気楽に対応できそうだ。


「俺に責任はないよ? そのほかに特に俺から言うことはないな。客は来ないけど商売と仕事の邪魔」

「責任ないはずないでしょう! あな」

「その二人がここに来て、一緒に遊びたいっつってどっかに連れてった。しばらくして泣きながら戻ってきた。帰って来てからはずっと俺にしがみついたままだった。今は……あの部屋にいるか」


 サミーはいつの間にか俺の体から離れていた。

 多分こいつらに会いたくなかったんだろう。


「嘘おっしゃい! うちの子達だって泣きながら帰ってきたんですよ?! 魔物に襲われたって!」


 あぁ、こりゃあれだ。

 被害者は自分達で、そうなった事情を加害者から聞きに来たってやつか。

 結論を既に出してからここに来たんだな。

 話しても無駄じゃねぇか。


「そう思うんならそれでいいんじゃないですか? どうせこっちの話を聞く耳も持ってないでしょうから、俺らの話を聞くのも時間の無駄ですよ」

「ちょっとアラタ、行商時代と違うんだから。同じ村に住む人からの」

「からの何だ? 取り調べか? 追放か? こっちの話を聞く気がないんだぜ? 聞いても、自分らの妄想が事実、と決めつけた上での聞き取りだ。こっちの言い分は全く聞く気がないくらい分かるさ」


 時間の無駄。

 本当に時間の無駄だ。


「あんたねぇ! 謝罪の気持ちはないんですか?! 子供達が傷ついているんですよ?!」

「こっちの方もあんなに怖がって」

「嘘おっしゃい!」

「……ヨウミ。聞いたか? こっちの言い分を聞く気がないっつー俺の言うことは正しかったろ?」

「悪いのはそっちでしょうが! うちの子達を傷つけて!」


 言葉を喋れないサミーの行動を考えてみる。

 震えるほど怖がり、泣いていた。

 いたずらされて、それに恐怖を感じて精一杯の抵抗をした。

 それが子供らを傷つけたと主張する原因になった。

 こっちに非がない事情ならば、大体こんなとこだろう。

 だが、サミーが怯えていた対象は相手への恐怖ではなく、罪の意識という可能性も出てきたな。

 遊んでて興奮してつい力を入れて二人に接触。

 例えば、それで子供らが泣き出して、慌てふためいて俺に縋りついてきた場合。

 しかし、問題はサミーの現状だ。


「ちょっと席外しますよ」


 サミーの様子を見ることにする。

 貯蔵庫がある部屋を覗くと、隅で震えたままだ。

 ハサミで顔を隠している。


「サミー。悪いことをしたら謝らなきゃならん。相手に誠意が伝わるかどうかは知らん。だが、まずは絶対に謝ること。その誠意が伝わるような行動を起こすのはそのあとだ」


 俺の声は聞こえてるはずだが、サミーは震えたままその場から動こうとしない。


「だが、悪くないなら謝る必要はない。つか、謝ったらだめだ。物事の善悪が狂う。相手が謝るべきだ。だが謝罪の言葉に誠意が感じられなかったら、その言葉を受け止める必要はないうぉっ」


 またも俺の胸に跳びついて泣きだした。

 おそらくサミーは……。


「このままあいつらのところに行くか。で、あの二人に謝る……う」


 すぐに俺から離れて、また隅でうずくまる。

 もう決まりだな、これ。


「……サミー。もう泣くな。うっとおしいから。それに……謝らなくていいうおっ!」


 またも飛びついてきた。

 忙しい奴だな、こいつも。

 ……せめてこいつが言葉を喋ることができたら、いろいろ面倒は省けるんだがなぁ。


「会うのが怖いなら離れろ。まだ話すべきことがあるから、俺は行かなきゃなんないから」


 サミーはいつまでも抱っこされたかったらしかったが、その気持ちを堪えるようにゆっくりと胸から降り始めた。やはり俺らの言葉は理解できてる。

 叶えてほしい願いを神様に頼める機会があるなら、まず、俺らに理解できるお喋りをサミーができるようにお願いしてみるか。


「……だから謝罪をすればいいだけのことでしょ! それで手を打ってあげるっつってんだから!」

「でもそれって……あ、アラタさん、どうでした?」


 こういう来訪者には、クリマーに相手させる方がいいかもな。

 ずっと丁寧語だしな。


「おぅ……。そうだなぁ……。その双子。もうここには来んな。それで解決できることだと思うぜ?」

「なっ……。あ、あなた、謝ることもできないの?!」


 なぜか、俺が謝らなきゃならないってことになったらしい。

 話がどんどんずれていくな。


「あんたに喋ってんじゃねぇ。出しゃばんな」

「なっ……。あなた、一体どういうつもり?!」

「そもそも事の発端は、その双子とうちのサミーとの接触だぜ? その接触がなきゃ騒ぎにならなかったってことは分からんか?」

「それくらいは……」


 あぁ、分かるよな?

 ということはだ。


「こうやって歩いてここまで来たんだろ? それくらいの体力はあるわけだ。取り返しがつかない事態になっちまったってんなら、そりゃまずいことになるだろうがそうじゃないだろ? 今は、おんぶとかされてここに来たんじゃないだろ?」

「歩いてきたわよ? それがどうしたの?」


 最初に接客したのはヨウミだったな。

 来た時の様子も見てたわけだ。


「だから、同じことを繰り返さないようにするためには、村人たちはここに来ないようにすればいい。なんせ村人が来なくてもこの店はやっていけたんだからな」

「そりゃそうだろうけど」

「今はそういうことを話ししているんじゃないでしょっ! まずは謝りなさい!」


 人より優位に立ちたいって気持ちがありありだな。

 しかも話を聞きに来たって言いつつ、こっちは悪くない、悪いのはそっちと決めつけてる。

 めんどくせぇ奴がいるのは俺の世界でもこの世界でも変わらんか。

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