おにぎりの店の日々 その5

「で、見た目とは違って予約が割と入っているこの宿屋の増築とか建て替えとかの話なら、再開しても変わらんぞ」

「おい」

「ライムが宿屋にとりついて溶かしていけば、綺麗な更地にできるよね」

「おい」

「テンちゃんが何度も突っ込めば、すぐにでも取り壊しが終わりそうな宿屋の増築とか建て替えとかの件についてね?」

「おい」

「俺もお、手伝うぞお」

「お前ら、もう飯出さねぇぞ?」


 その長話ができる晩飯の時間。

 当然宿屋と兼業している酒場での談義なのだが。


「そういう話、俺にしただろ? 昼に」

「取り壊す話はしてねぇよ!」


 こんなボロボロだが、雨漏りしない、隙間風が入らない。

 まぁ立派なもんだ。

 どういう意味かは……うん、よく頑張ってるな。

 そんな感じで。

 とりあえず、ドーセンをいじるのも可哀想になってきた。

 何よりくだらない話を続けるのもつまらなくなった。


「えっと、食材の調達を商人から買い取るんじゃなく、地元で得るって話よね」

「何だよ、俺のいない所でそんな話してたのかよ」

「そうよ。私達に感謝しなさい」


 ヨウミ、ますます図に乗るようになってきてないか?

 大体なんでドヤ顔なんだよ。


「食材になる獣は、確かに森とか山の方に行きゃ……数は足りるけどよ。それだけの量を仕留める腕だって数がねぇとだめだろ。宿泊希望の冒険者じゃ、腕のレベルが足りねぇ」


 ドーセンも分かってる。

 元冒険者なだけはある。


「猟ばかりしてもな、生息する獣の数が減りゃ提供する料理の数も減ってく。まぁ足りねぇ分は仕入れてもいいがな」

「潤ってるらしいな。けど、討伐して得るアイテムを頼りにしなきゃならん。鉱物とかは当てにできない」

「どうして? モーナーが掘っていけばいいんじゃないの?」

「鉱物は生き物と違って増殖しないからな」


 採ったらそれっきり。

 鉱物が子孫を残すなんてことできるわけがない。

 だから当てにしていいのは、ダンジョン内で自然に増殖する魔物達が落とすアイテムくらい。


「ま、仕入れのことまで心配してくれなくてもいいぜ。それはこっちのやりくりの話だ」

「でもこの村の潤いのことを考えれば、あたし達もその問題は他人事じゃないよね」

「農業牧畜でわりと潤ってるよ。俺の悩みはこの宿に限定されてる。そんなに深刻になるこたぁねぇよ」


 俺の茶飲み話での話題の提供が、何か大げさになってきた感じ。

 けどこのままでは、ここに来ることを希望している初級冒険者が飽和状態になっちまう。


「野宿させればいいんじゃない?」

「それで危険な目に遭ったら、逆に足が遠のくぞ? 村の農地とかで野宿させるのもどうかと思うしな」

「いやあ、農地の外でいいんじゃねえかあ?」


 動きは鈍いのに、頭の回転は速いんだな。


「良くないよ。あたしだったらあっさりやっつけられるけどさ、ちょっと奥に進むと魔獣の匂いがするよ? 縄張りの範囲ね」

「縄張り広げられたら村に被害が出るわよね。テンちゃん、そこんとこはどうなの?」

「そりゃ問題ねぇよ。魔獣が来ることはない場所で農業始めたのがこの村の発端だからな。だから農地の周りをあんな雑草で覆ってる地形なんだよ。縄張りが広がっても、農地削減しなくてもいいようにな。もっともその周りには森がある。魔獣だって縄張りを広げるには、まずはその森の制圧の必要があるだろ」


 ということは……。

 モーナーの農地の外で野宿させるって話はどうなる?


「じゃあ何がいいんだ? モーナー。その農地の外が安全だったとして」

「ダンジョンじゃあ探索しかできねぇだろお? 魔物とアイテムのお」

「そうね。ずっとそうして来たわよねぇ」

「中の構造が変わらないから、目をつぶっても移動できるよ、あたしは」

「へー。そうなんだ。すごいねー」


 案内役始めてそんなに日にち経ってないぞ?

 調子に乗りすぎだ、テンちゃんは。


「それはそれでえ、いろいろ問題あるんだけどなあ。今はおいといてえ」

「え? 問題あるの?」

「どんな?」


 マッキーもテンちゃんも不思議な顔をしてるが、今の話題はモーナーの言う通り、それじゃない。


「初心者はあ、色々覚えとかないとお、いろんな仕事できないぞお。だからあ、ダンジョンで腕を上げてもお、意外とアテにされないかもなあ」


 いろんな……。

 そうか。

 ダンジョンの構造に、魔物とアイテムの探索。できることと言えばそれだけだ。


「屋外でのアイテムや魔物の探索とか索敵とか、フィールドワークがそこでは全くできない、か」

「アラタの言う通りだぞお。それを鍛える冒険者達はあ、宿で宿泊するよりいいかもなあ」

「予約で順番待ちをしている奴らの何組かは、それを待たずに済む、か」

「知らない者同士でのお、連携の練習もお、できるんじゃないかあ?」


 悪くないアイデアだ。

 お互いのことをよく知れば、単独では倒せない魔物も倒せる。

 場所も縄張りと村のエリアの間なら、危険な目に遭いそうならすぐに撤退もできる。

 仕留めた魔物の中には食材になるかもしれないことを考えれば……悪くないアイデアだ。


「ふん。アラタと一緒になってからは、なかなか考えるようになったじゃねぇか、ノロマ」

「見直したかあ?」


 モーナーのドヤ顔はテンちゃんと違って、なんだか愛嬌がある。

 ちょっとくらいなら許してやる。


「宿の立て直しい、全く話進められないけどなあ」

「余計な世話だ!」

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