おにぎりの店の日々 その2
「おやっさーん……お昼食いたいけどぉ……注文いいかー?」
「……午後三時だぜ? まぁいいけどよ。……昼にしては随分ずれ込んだじゃねぇか。寝坊か?」
「んなわきゃねーよ。つか、おやっさんだって分かってるくせによぉ」
祝勝会の翌日、俺達のおにぎりの店がスタートした。
それから二週間。
へとへとである。
一日二日はのんびりとしたもんだが、三日目あたりから忙しくなって、四日目からは初級冒険者達は順番待ちという盛況ぶり。
ダンジョンの前で行列ができてる、みたいな感じだ。
もちろん実際に並んでるわけじゃないが。
けどそれだけなら、ある程度の疲労も覚悟していた。
「まぁ、アラタのお陰でこの村も経済的にかなり潤ってきてるみてぇだ」
「殺人的な忙しさになるとは思わなかった……。疲労が消える食いもん、ねぇかなぁ」
「あるよ」
「あるの?!」
「アラタのおにぎりだ」
「笑えねぇし、魔力のない奴らにはほとんど効果はねぇし。体力回復の効果もあるらしいけどよぉ……。俺の疲労は体力だけじぇねぇもん……」
いや、ほんと笑えない。
一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。
あ……馬鹿が一人増えてしまった。
祝勝会の時に、名前を呼ばれて照れくさくなった。
憎まれ口叩くのが申し訳ないくらいの恩恵を、ドーセンから受けた。
けどその気持ちが分かったから、ドーセンのことを親父とかおやっさんとか、以前の呼び方に戻した。
俺も、改まった口調じゃなく、呼び捨てるような口調で呼ばれる方が気が楽だ。
元に戻って、世は特に事もなし。
いや、事もなしなんかじゃねぇ。
こんなにも疲労困憊だ。
おにぎり作りだけでも大変だというのに、あれこれ指示を出さなきゃならない立場。
気を配りすぎる上に、気配の察知の方も手を抜けない。
また泉現象が起きないとも限らないからな。
だがしかし。
「動物園の具合はどうよ」
「やかましいっ」
「遊園地はどうよ」
「やかましいっ」
ドーセンにからかわれている。
灰色の天馬。
プリズムスライム。
ダークエルフ。
そして巨人族と人間の種族が混ざった大男。
どこの誰から見ても、珍しい種族が揃っている。
ダンジョンで魔物との戦闘の経験を積みたい。
冒険者として、兵として力を伸ばしたい。
この村に、あのダンジョンに、そして俺の店に来る客は、そんな者達だけじゃなかった。
物珍しいもの見たさに、そしてコミュニケーションを目的に来る者達も増えてくる。
そんな連中が来るなんて考えてもみなかった。
「あの天馬に乗ってみたーい」
縁起が悪いもんじゃなかったのか?
「虹色のスライムを倒すと、とてもレアなアイテムが手に入るという話だが……」
おいバカ止めろ!
「あのエルフに結婚申し込んでみようかなぁ……」
性格、がさつだぞ? そいつ。
「あのおっきな人に高い高いしてもらいたーい!」
動きがゆっくりだから、観覧車っぽくなるぞ?
って言うか、それはそれで料金を取ってもいいだろうが、真剣に冒険者としての力を伸ばしたい、経験を積みたいって奴の足を引っ張ることになるからな?!
「行商より仕事のし甲斐がある場所だけどさ……。野次馬とか物見遊山とかだけならいいけど、仕事の邪魔になるようなことをする連中にうんざりだわ……」
「そいつぁ御気の毒様だな」
最近ドーセンの機嫌がいい。
モーナーは仲間になったっつっても、相変わらず料金払いながらこの宿屋を利用し続けているし、増え続けている初級冒険者もこの宿を利用することになるから、収入が跳ね上がってるんだろう。
「……ノロマの奴も、最近は表情が明るくなってきたしな」
「おやっさんがノロマノロマ言うの止めたら、もっといい顔するだろうがな」
モーナーのことだが、動きがゆっくりなため、ドーセンからはノロマと呼ばれてる。
もっともそんな風に呼ぶのはおやっさんだけだな。
でも、ドーセンから話しかけてくることは今まで稀だった。
向こうから話しかけてくるようになったってことは、それだけ愛想がよくなったように感じられる。
まぁ一見さんとか初対面の客には分からんだろうけど。
「……あいつの仕事、別の事させてんだって?」
「あぁ。今まで不向きな仕事をしてたんだろうな。誰かに説明とか解説するような仕事には向いてねぇよ。力仕事引き受けてくれてホントに有り難い」
仕事を変えられることは嫌がってたモーナーだったが、今ではすっかり慣れた物である。
自ずと給料も上がってく。
「それをマッキーと天馬が代わりにって、あいつ、空飛べるんだろ? なのに天井がある場所で仕事させるってのも、何か勿体ない気がするがな」
「空飛んで役に立つ仕事自体ないんだよ。荷馬車引っ張って歩かせることはできるが、そのまま飛んでっても、荷車はぶら下がる感じになるからな」
「あー……、単体でしか飛べないってわけか。荷車背負わせるわけにはいかねぇだろうしな」
「まぁな」
荷車を背中に乗せて飛ぶ姿。
想像するだけで、あまりにも気の毒すぎる。
テンちゃんは、できなくはないとは言ってたがな。
「ほら、飯できたぞ。……ん? 悪りぃ、客だ」
「いいよいいよ。俺のことは気にすんな」
客は見覚えのない冒険者達数名。
素人の俺でも明らかに素性は分かる。
ダンジョンでの鍛錬目当てで来た連中だな。
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