三波新、定住編

おにぎりの店の日々 その1

 馬鹿、と呼ぶ対象は様々だ。

 知識不足、知恵不足、人の生きる道から外れた思考、その他諸々。

 とりあえずあの皇太子は、俺に言わせりゃ馬鹿な方だ。

 こっちの事情を察するくらいしろ。

 だが誠実さは王妃共に認めてもいい。

 あのバカ騒ぎのあと、皇太子は療術隊を呼び出した。

 医療分野に強いらしい。

 で、何をしたかというと、まだ怪我の症状が残っているモーナーの完治。

 こちらはいつまでもお祝い気分でいられない。

 そんな中で、まだいつも通りには動けないモーナーの怪我を治してくれたのは有り難かった。

 なんせ行商から普通に店を構えての営業の切り替えが必要だ。

 仕事をしなきゃ収入がない。

 昼飯時も過ぎたというのに、なんかまだ冒険者らが盛り上がっている。

 店の主はというと、いつもと変わらない、身だしなみを一切気にしない普段のだらしない服装に戻っている。

 だが、彼がいなかったらどうなっていたか。

 影の殊勲賞ものだ。


「おや……。ドーセン、いろいろと助かった」

「……なんでぇ、改まって。別にどおってこたぁねぇよ。俺らの村のトラブルを俺らの村の中で解決した、それだけのことだが……むしろあん……アラタのおかげで助かった。いろんな意味で迷惑かけたな」


 なんてこった。

 改めて礼を言われるのがこんなに照れくさいとは思わなかった。


「……店をやるんだっけな。準備とかしなきゃなんねぇんだろ? こいつらはてきとーにあしらっとくさ。アラタからも礼があったって伝えとくよ」

「あぁ、頼む」


 仲間、と認めた全員をドーセンの店から連れ出して、俺達のねぐらに戻った。

 その途中で思い出した。

 ドーセンはダンジョンへの案内役ばかりじゃなく、村人たちに避難を呼びかけてたっけ。

 避難誘導は成功したんだろう。

 俺は村人達と、未だに顔を合わせていない。

 人は見かけによらないものだ。

 元冒険者ってのも初耳だった。

 ……俺も自覚はしてないが、元旗手ってことを今回みんな初めて聞いて目を丸くしてたな。

 いろんな意味でいろんな面で慌ただしい一日だったんだな。


「もうちょっと店にいたかったなー。お腹いっぱいになったけどさ」

「んー? いつまでも厚意に甘えてばかりって訳にはいくまいよ。それより、また『俺のおにぎりの方が美味しい』って言いださないか冷や冷やしてたぜ? マッキー」


 端正な顔を膨らませている。

 ほんと、こいつ、素材はいいんだが、どこか残念なキャラだよなぁ。


「で、一足先にドーセンさんの店を出て、これから何かするの?」

「何かするってお前、おにぎりの店の準備するに決まってんだろ。それともお前一人抜けるか? ヨウミ」

「ば、馬鹿言わないでよ! 私達の商売はこれからでしょ!」


 やめろ。

 その言い方は、何か縁起悪そうだからやめろ。


「俺もお、また一働きしねえとなあ、アラタあ」


 モーナーが一働き?

 何かあったか?


「何かやる気か? つーか、俺の仲間になるって言うけど、お前のダンジョンにやって来る未熟な冒険者達のガイダンスもしなきゃなんないだろ? 何かすることあるのか?」

「あるよお。テンちゃんとお、ライムがあ、仲間になったんだろお? 部屋増やさないとまずいだろお? テンちゃんでかいしい」


 そうか。

 部屋の数は、店のスペースとその準備の部屋に、荷車を置く車庫。

 あとは俺とヨウミとマッキーの部屋に応接間代わりの部屋しかない。

 ロビーはやたら広いが、そこを仕切って部屋数を増やすって訳にはいかない。


「えー? ロビーで寝ちゃダメ?」

「ダメに決まってんだろ。お前にもお前用の部屋作って」

「夜寝る時、あたしのお腹、布団代わりにしない?」

「え? 何それ? 面白そう!」


 マッキーが釣られた。


「あー……。うん、それも捨てがたい」


 待てこらヨウミ。

 お前もか!


「楽しそうだなあ。俺も寝てみたいぞお」

「いいよ。マッキーとヨウミとモーナー、一緒に寝られるよ」


 寝られるよ、って、何決め付けてんだこの馬鹿天馬!


「テンちゃんよぉ、一応人間社会の常識とか習慣とかも知った方が」

「アラタが混ざると狭っ苦しくなるから、アラタは自分の部屋で寝てね」

「なあにしれっと仲間はずれにしてんだ! ってか、モーナーは……」


 モーナーは、今まで通りにするつもりでいたようだ。

 寝床と朝食はドーセンの宿。

 だが、俺の仲間になりたいというのであれば、流石にドーセンの世話になり続けるわけにはいかないだろう。

 けどこの会話って、俺らの日常生活の取り決めのことだよな。

 店の方針の話になかなか進まないのはどういうわけだ?


 ※


「ところでさぁ」

「なんだ? マッキー」

「ここ、なんて言えばいいの?」


 洞窟に戻り、ロビーで車座になってすぐにマッキーが口を開く。

 確かにな。

 俺達の家……って言うには……。

 洞窟、というには手入れが行き届きすぎてる。

 店って言い切るのもな。


「拠点?」

「生活感がないな」

「基地」

「少年の心を失わない大人達。いいな。けどボツだ」

「小屋」

「自分で馬扱いしてどうする、馬鹿天馬」


 馬鹿天馬って響きが、何か気に入ってしまった。


「テンちゃんだってば!」

「分かった分かった。……ライムは……意見があっても、まだ自由に会話はできないか?」

「ライムはねぇ……ベースはどうかっていってるよ?」


 魔物同士で意思疎通ができるのは有り難いな。

 マッキーはいまいち理解できないらしい。

 エルフはエルフで魔物とはまた違った線引きになるらしい。


「ベースか。ベースキャンプとか言うしな。モーナーは何かないか?」

「俺もそれに賛成するぞお。冒険者達もお、そんな言葉頻繁に使うからあ、使い慣れた言葉だしい、いいと思うぞお」


 店の名はおにぎりの店。

 そしてこのモーナー達が作ってくれた洞窟の住まいはベース。


「……アラタ、何ニヤニヤしてんの?」

「あ? してるか?」

「何となく」


 なんかこう、新たな出発の時期が近づいてきている感じがして、何となくワクワクが止まらない。

 思わず顔に出たか。


「で、どんな仕事になるの? 今までは、魔物が出そうな場所を見かけたら、その近くで店を始めてたけど」


 ヨウミの指摘は、合ってはいるが正しくはない。

 こっちはもちろん売りたいし、その売れる数が多ければ多いほどいい。

 そのために、魔物が湧き出る場所の近くで商売をすることにした。

 けれど、今は探す必要はない。

 なぜなら、経験不足や未熟な冒険者達にはうってつけのダンジョンがこの村にあるからだ。

 買い求める客層は、はっきり言えば何でも構わない。

 ただ、この国で慢性的な問題がいくつかある。

 その一つを狙い撃ちにする。


「モーナーが作ったダンジョン目当てに来る者達は、しばらくは後を絶たないと思うんだ」

「冒険者達の引退とかで、現場での指導役の人達が少なくなったから、初級冒険者の飽和状態が続いてる、でしょ?」


 ヨウミは覚えていたか。


「最近―、泊りがけの初級冒険者が多くなってるんだよなあ。何でそうなったか分かんないけどお、そういうことなのかあ」


 田舎だから、入ってくる情報の種類が少ないのかも知れない。

 ドーセンもそこら辺の事情は知らないかもな。


「テンちゃんやライム。マッキーまで、俺のおにぎりを評価してくれる。そんな未熟な冒険者の懐具合だっていい状況じゃない。そんな懐にやさしい値段の……つもりの俺のおにぎりは、そいつらの回復薬にはうってつけじゃないか?」

「つまり、冒険者がたくさん来そうな場所を探してまわるよりも効率がいい?」

「そう言うことだ、マッキー。それと、モーナー。お前の抱えてる問題も解決できると思うんだ」

「俺のお? どんなあ?」

「その冒険者達を手助けする仕事をしてるっつってたな。しかも魔物を倒しても、力があり余り過ぎて、落とすアイテムまで破壊してしまうとか」


 モーナーは頭をポリポリ掻いている。

 自覚はあるらしい。

 が、細かい制御はできないようだ。

 洞窟の部屋作りは、小手先が利く仕事をこなしたようだが。


「その役目に、テンちゃんとマッキーを加えたらどうか思ってる」

「え?」

「あたしも?」


 モーナーの場合は、多分敵を叩きつける攻撃をするから、そういうことになるんだろう。

 だがテンちゃんの場合は、まずは体当たりのはずだ。

 叩きつける攻撃なら、足で踏みつぶすようなこと以外にはないだろう。

 そしてマッキーは弓攻撃が得意。

 初級冒険者のいいアシストができるに違いない。

 つまり冒険者達に、戦後処理の経験を積ませることができる。


「俺はどうなるんだあ? 何か仕事あるのかあ?」

「もちろん。こっちは商売を成立させなきゃならない。そのためには大量の商品や、大量の素材を運び入れたりしなきゃならない」


 その大量の荷物の運搬で、荷車の使用に不向きな地形にはモーナーの活躍が見込まれる。

 もっとも冒険者業に未練がなければ、だが。


「もっと役に立てられるならあ、その仕事、引き受けるぞお」

「あとは、ライムとあたしよね。何か仕事あるの?」

「ライムは水の浄化とか、今までいろいろやってくれたろ? それを継続してもらおう。ヨウミは会計とかの事務に……おにぎり作りの練習もしてもらおうか」

「え? 品質が変わるんじゃない?」


 そんなに変わりはないはずだと思う。

 ただ、こいつ、宿屋の手伝いやってた割にはおにぎり作りが下手だからな。


「俺の能力は気配を察知する力って言ったろ? それ以外は普通の人と変わらないし、その力だって自動で発動するわけじゃないからな」


 ヨウミはなるほどとは納得してるようだが、おにぎり作りの練習は内心嫌がってるようだ。

 が、変わろうとする努力をして、それを結果に出さなきゃ、いくら名前を付けて仕事の方針が変わったって、心機一転というわけにはいかなくなるぞ?

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