ここも日本大王国(仮) その2

 現在、サキワ村の来訪冒険者数はゼロ。

 だからといって、俺に仕事がないわけじゃない。

 きちんと整えられている農地の田んぼや畑、果樹園以外は、農地に悪影響を及ぼさない範囲内では雑草伸び放題。

 その中心がススキ。

 俺にとっては有り難い。

 今までと同じ作業を続けられる。

 実りの良さそうな米粒を、気配を感じ取る力を利用して選別して採る。

 米粒の数は多いし、一本のススキから米は何粒か採れるのだが、その実り具合は同じじゃない。

 一粒一粒確認する。

 一本丸ごと採取できるのは楽でいいが、そうでないものから米を採る作業が面倒だ。

 だがその作業は俺の商売の命綱。

 作業時間が長ければ長いほど、質のいいおにぎりが作ることができるというものだ。

 これらを買いに来る客が現れるタイミングは、流石に読み取れない。

 だがタイミングよく来てくれそうな客の気配を感じ取れると、やはりうれしい。


「この村に誰か来たな。行商か冒険者かちょっと分かりかねるが」

「アラタぁ、モグ……ほんとー?」


 マッキーが疑わしそうな目で俺を見ているが、お前だって仕事やってもらわにゃ困るんだからな?

 頼んでいる仕事は、おにぎりを包む竹の皮作り。

 スキルが高いのは弓矢関係ばかりかと思ったら、小刀などもなかなか器用に使いこなしている。


「どちらかは確実。だがここに来るかどうかは分からん。冒険者なら来るだろうな。それとマッキー。つまみ食いすんな」


 つまみ食い、なんて可愛いもんじゃない。

 まるまる一個減ってたりすることがある。

 具のないおにぎりだから、元手がゼロ円。

 損はないからまぁいいか……な訳がねぇ!

 食うな!


「アーラターあ、布団が来たぞおー。それとおにぎりとお茶のセットはあるかあ?」


 それから約二十分後に姿を見せたのはモーナーだった。

 布団袋三つを担いでやってきた。

 つくづく荷物運びに適任だな。


「寝室に持っていけばいいよなあ? それとお、今日から三日くらい世話になるってえ」

「よ、よろしくお願いします」


 モーナーの後ろから顔を出したのは、やはりいかにも初心冒険者といった顔つきの、またもや少年少女五人のチーム。


「よろしくっつったって、俺ができるのはおにぎりを作って売ることだけだぜ?」

「それでも世話になることに違いねえよお」


 まぁそぅなんだが。


「布団は袋から出して、ベッドに敷けばいいよなあ?」

「あぁ、頼む。すまんな」

「それ、だめだよお?」


 だめ?

 何がだ。


「そういう時は、まず最初に『ありがとう』って言うべきだぞお」


 こういうとこはやりづらい。

 感謝の気持ち伝わらないのか?

 素直すぎるにもほどがある。


「お、おぉ。ありがとな。……で、お前らは早速おにぎり買うのか?」

「おにぎりは、具があるのとないものの二種類。一人何個でもいいけど保存の期間中に食べきれる個数を買うのがいいわね。おにぎりだけと、水かお茶の飲み物のセットの二種類あるわよ? どれがいい?」

「飲み物とのセットだと、水分補給にもなるからおすすめだが、その分値段が高くなるぞ」


 ヨウミの説明は分かりやすそうだったが、マッキーの姿を見て五人はわずかに慄いた様子。

 ダークエルフってのが気にかかったのかもしれん。


「時々こいつ、おにぎり一個を丸ごと食いきるつまみ食いをやらかすんだ。それだけ効果があるおにぎりってことなんだが」

「え?」

「つまみ食いじゃないじゃない」

「食事?」


 やはりえらい言われようだ。


「しょ、しょうがないでしょ! 何となくいろいろとすぐに回復できる効き目があるんだもん!」


 おいこらちょっと待て。

 その言い方だと、食い物っつーより回復薬扱いになっちまうだろうが。


「で、でも食事のための食料にはならないから注意しなよ? で、どれがいい?」


 フォローしようがねぇな。

 まぁいいか。


「終わったぞお。話は出なかったみたいだったけどお、タンスとかの家具はいらねえのかあ?」

「入れる物がまだ少ないからな。何かの箱で間に合わせるよ。悪か……じゃなくて、ありがとうな」

「平気だあ。さあて、みんな買い物済ませたかなあ?」


 途中でお礼の言葉に言い直すと、モーナーは顔中笑顔って感じの表情になった。

 素直すぎる性格の奴も、何となく近寄りがたい。

 だが間違いなく悪い奴じゃない。

 というか、こいつからは下心が感じられない。

 というより、下心がない。

 でもこいつの私生活ってのはあまり感じられないな。

 ドーセンの宿屋で毎日寝泊まりしているそうだし、自分の家はないんだろうか。


「よおし、みんな買い物済んだかあ? そろそろ出発するぞお」

「あぁ、モーナー、ちょっといいか? ……アラタ、特に仕事がなければこの子達に付き添ってやろうと思うんだが」


 突然のマッキーからの提案には驚いた。

 意外と面倒見がいいじゃないか。

 まぁ竹の皮は十分ストックがあるし、マッキーに頼む仕事ってば、荷車の番くらいだしな。


「俺は構わない。ヨウミもいいよな? モーナー?」

「助っ人は多ければ多いほど、安全だからなあ。手伝ってくれるならうれしいぞお」

「よし。じゃお前ら、よろしくな」


 五人の冒険者達は、やはり腰が引いている。

 言い伝え、言い習わしの影響力がそれだけ強いんだろうな。

 ま、そんな固定概念も壊れることになれば、あの五人のこれからの行動も幅が増えるんじゃないかな。


 ※


 米はいくつあっても十分足りる、ということはない。

 だからススキの実の選別作業に終わりはない。

 だが、頼まれた仕事が一つ増えた。


「分かる奴には分かるっつーんなら、米の選別、試しにやってみてくんねえか? バイト料は出すからよ」


 ドーセンからの依頼だ。

 精米された米粒の中にも、その成分に違いがあるような気がする。

 ドーセンにはそれが分からないかもしれないし、田んぼの米を選別しても、ひょっとしたら俺の米ほど違いが分かるとはいかないかもしれない。

 ということで、俺の手が空き次第その作業をやってみることにした。

 もちろんバイト料はもらわないことにしてる。

 試しに、ということだったし、間違いなく選別してもその違いに誰も気付かなければ、意味のないことだからな。


「アラタの作業見てても、やっぱさっぱり分かんねえな。全部同じ白米に見えるんだがなぁ」

「違いっつっても……そうだなぁ……。長さに例えると、一ミリも二ミリもあまり変わらないよな。でもさすがに五ミリと一ミリは違うのは分かる。この作業は、一ミリに近いか五ミリに近いかって感じだな。右と左に振り分け出るけど、右はこう、左はこうって基準はないよ。だから大差はないと思うんだが……」


 手が加えられてたわわに実る……たわわという表現が適切かどうかは分からんが、実り豊かな稲穂から採れる米と、好き放題に伸びてるススキから採れる米。

 その違いがそれに如実に現れる。

 だが同じ田んぼというフィールドで、手の加え方が違う稲穂で、そこまで違いが現れるかどうかまでは試したことはない。

 だからあまりアテにされても困るんだが。

 とりあえず、おそらくここで晩飯を食うだろうあの五人の冒険者達の分は選別できた。

 宿屋でする作業はそこまで。

 調理は宿屋の主の仕事の一つだ。


「さて……俺はここでのんびりさせてもらうか」


 だがのんびりできなかった。

 モーナーとマッキー、そして五人の冒険者。

 そしてヨウミが近づいてくる気配。

 彼らも今日一日の仕事を終えたらしい。


「ただいまー。晩ご飯ご馳走になりに来ましたー」

「……ヨウミよ……。モーナーが言うなら納得できるぞ? 俺らはちゃんと住まいがあるんだからさあ……」

「一々目くじら立てるなよ、アラタ。ちゃんとお前らの分の料金はもらうからよ」

「えー?」


 えーじゃないだろ。

 ヨウミの奴、図々しくなったな。

 ……そう言えば旗手の連中相手にも堂々とするようになってたっけな。


「飯ができるまでまだ時間あるからあ、反省会するぞお」

「反省会なんてのもやるのか。面白そうだな」


 そう言えば、マッキーは俺達と一緒になってから、初めての魔物討伐なんじゃないか?

 新鮮だったろうな。

 そのマッキーに、出発前は腰が引けていた五人の未熟な冒険者達は、すっかり懐いている。

 モーナーもそれに絡み、人間関係はなかなか円満な方向に、順調に進んでいる。

 何となく疎外感は感じるが、まぁそのうち慣れるだろう。

 別の世界から来た者、という意識がまだあるだろうからな。

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