こだわりがない毎日のその先 その6
それにしても、通行人に向かって矢を射るってのはかなり物騒な話だ。
けれども、宿屋を利用していた頃は、併設している酒場でそんな話はしょっちゅう聞いていた。
それに気配を察知することができるから、そんな危険な場所は回避していた。
荷車にトラブルが起きても自力で何とか解決できるようにしたのが裏目に出たってわけだ。
トラブルが起きるのは荷車ばかりじゃない。
人身事故のことも念頭に置くべきだった。
魔物二人と一緒に行動していくうちに、その事はいつの間にかすっかり忘れていたって訳だ。
これは俺の失態。
ヨウミのせいでも、魔物二人がいなくなったせいでもない。
「それにしてもさぁ。そんなんであんたら、大丈夫なの?」
余計な世話だ。
こんなことをして何になる。
「で、お前の目的は何だ? 荷車を置いてくのも命を失うのも真っ平ご免なんだが?」
荷車を置いて逃げ出しても、追いつかれたらそこで終わり。
力任せの抵抗だって、おそらくこっちが負ける。
口先三寸で何とか切り抜けるしかないのだが。
「まさかぁ。ただ揶揄ってみただけ。今日はあんたらで三組目。昨日は八組くらいに向かって弓飛ばしたかな?」
危険人物じゃねぇか。
よく野放しにできるな。
「みんなすぐに逃げてって面白いんだよねー」
遊び半分で人の命狙うとは。
酒場の悪質な酔っ払いより質が悪い。
「でもあんたら、大丈夫? 特にそっちの男」
お前の頭の方が大丈夫か?
誰が逃げずにその場にいられるかっての。
俺達がこうしていられるのは、その気配を感じたからだぞ?
普通なら脱兎のごとく逃げ去るわ!
「こっちの女の人は射貫く瞬間に避けたもんね。感覚鋭いってことだよね。片やあんたの暢気ぶりときたら」
「ご忠告有り難う。じゃ俺達は行くから」
「待ちなよ。あたしも暇なんだよねー。用心棒にどうだい? あたしの弓は一度に何発も撃てるよ?」
「間に合ってます。それでは」
グッ……。
荷車を牽こうとする俺の全身の力よりも、このエルフの片腕の方が力強ぇってのか?
「どう? 結構力あるでしょ」
「ぐ……。用心棒を雇う金もありませんので、失礼したいんですがね……」
「ひょっとして、用心棒してあげるからご飯食べさせてって話?」
「な……」
面倒くせぇ奴だな。
在庫なら貯蔵庫にいくつかある。
具入りのおにぎりを二個くらいくれてやったら離れてくれるかな?
とか考えてる最中に、どこかからお腹の虫が聞こえてきた。
何かが擦れた音でもなく、もちろんおならなどの生理現象でもない。
「う……」
女エルフの黒みがかった紫色の肌の顔が赤くなっていく。
それだけでもう十分わかった。
「食いもん置いて行け、とか思いながら弓を飛ばしたのか」
「うっ……」
「アラタ、あまり責めないであげて」
頭が可哀そうな子だから?
「種族本来の肌とか表面の色が灰色なら問題ないけど、灰色の天馬とか灰色のエルフとか、本来の色じゃない灰色の種族は不吉な象徴みたいに思われちゃうのよね。近づいただけでも逃げていく人も多いし、逆に返り討ちにしてやるって人も多いの」
遠くから弓を射て、腰抜かしたところで近づいて、か。
「その自慢の弓で獲物を狩って飯作ったらいいだろうが」
「う……」
「火を通すだけじゃ味気ないんじゃない? 獲物だっていつでもどこでも仕留められるわけでもないでしょうし」
ヨウミのやつ、妙に女エルフの肩を持つな。
あの二人がいなくなって寂しくなったのか。
その代役にするなら、逆にこいつが可哀そうだろうよ。
だがとりあえず……。
「腹減ってんならちょっと待ってろ。飲み水もつけてやるか」
まだ売り物にはなるし、収納した物は劣化させない貯蔵庫の中にある。
だが売り物にするのは、作り立ての物がいい。
古い物はさっさと処分する方がいい。
そいつを、荷車の方に周らせて待たせる。
「……ここに座りながらでも食いな。あとは、何か仕事でも見つけて……」
「あ、ありがと……」
最初の図太そうな態度はどこへやら、だ。
ハトが豆鉄砲食らったような顔で、両手で大事そうにおにぎり二個の包みを受け取った。
人から親切にされたこと……ないんだろうな。
まぁそれは人のこと言えないが。
「でもアラタ。その子にはそれは無理だよ」
「なんで?」
「魔物ってひとまとめで呼んでも、生活形態は様々だもん。エルフとかセントールとか、知性が高い種族はそれぞれのコミュニティがあるからね」
「でも今まで遭遇したことはなかったが」
「向こうから近寄ろうとはしないから。こっちから近寄ろうとしても、とんでもない山奥にいるから行くに行けないのね」
人間と距離をかなりおいての生活か。
見方を変えれば、人間が絶滅しても何の問題もない、というわけか。
「でもこうして向こうから近づいてきてるじゃないか。それにもし本当に人間が彼らにとって必要としないなら、その存在すら知られることはないんじゃないのか?」
「いるから知られることになるのよ。自分の社会の中で生活することができない種族が」
「……生活を許されない種族、か」
「……そういうことね。そんな種族が、自分から他種族の社会に入り込む気はないし、その気があったとしてもその社会が受け入れるかどうかも分からない。受け入れ態勢ができているとしても、当人の気が引けてしまうこともあったりする」
こっちの世界じゃ民族の難民受け入れで問題が起きている地域、国がある。
同じ人間の種族の間であってもだ。
他種族の社会があるこの世界だと尚更問題が難しくなるんだろうな。
「何これ! 美味しい!」
っていきなりびっくりするわ!
って……美味しい?
まぁ何だ……、どんだけ今までわびしい食生活送ってきたんだよ。
えっとそいつは確か……、シャケとタラコか?
「……今はこんなににこやかにおにぎり頬張ってるけど、もし私達と出逢わなかったら……山賊みたいな生活になってたかもね」
「通行人の命を狙って、か」
「可愛らしく笑ってるけど……、二度とそんな顔ができなくなる人生になってたかもね」
おいこらちょっと待て。
なってたかもね、って、こいつに用心棒を頼むの決定したようなこと言うなよ。
「待て。待て待て」
「この子の手配書、全国に回るかもしれないってことよ? アラタみたいな冤罪とかじゃなく。悪いことをしたから手配される。これは当たり前のことだけど……この子に他に生きる手立てがあったなら……」
エルフじゃなかったら、まぁ可愛い女の子だ。
その女の子が両手に一個ずつおにぎりを鷲掴みにして同時に両方ぱくついている。
ふた昔どころか大昔のアニメの飯の食い方じゃあるまいし。
食べ終わって水も飲み干す。
満足げな顔をするのも一瞬。
すぐにしょげた顔になる。
美味しいと評価したおにぎりをもう口にすることはできない、とでも思っているんだろう。
「あの……用心棒とか、ほ、ほしいよな? あ、あのおにぎりで仕事してやるからさ……」
何だよこの態度。
上からなんだか下からなんだか分かんねぇな。
「よ、用心棒に限らず、あたしにできる仕事なら、何だって任せてくれてもいいんだぜ?」
桃太郎のきび団子じゃあるまいし。
まぁ、いいか。
飯を食うための仕事が欲しい。
けどその肌の色で、自分の社会でも人の社会でも仕事は見つけられない。
やる気はある。
給料不要、飯で十分ってんなら、まぁ、な。
「……じゃあ俺達から頼む仕事、嫌になったらお別れということで、それまでは頼むか」
「やったーっ」
何でヨウミが喜ぶ?
まったく……。
「そ、そっちがあたしの仕事っぷりを気に入るんなら、ずっとやってもいいんだぜ?」
人間社会に害を為さずに済み、それによる種族間の争いの種が一つ減るのならそれでもいいか。
「あたしはマッキー。よろしくな。あんたたちは?」
あ、こいつは名前持ってたのか。
テンちゃんはそうじゃなかったもんな。
言葉を言えなかったライムも。
「三波新だ。大概アラタって呼んでるな」
「あたしはヨウミ・エイス。ヨウミでいいわよ? よろしくね」
「じゃあ早速がんばっちゃおうかな?」
俺を押しのけて荷車の梶棒を掴むと、鼻歌交じりに荷車を牽き始めた。
身長は俺よりもあるが細身の体付き。
それのどこにそんな筋力があるんだ。
って……。
「俺達を置いていくなーっ!」
……どうかこいつが、どこかが抜けてる子じゃありませんようにっ!
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