動揺、逆上、激情 その9
もっと糾弾されるとでも思ったんだろうか。
王妃は俺達の反応に戸惑いながら、俺がこんな風に扱われたと思われる経緯を話し始めた。
現状の国王は隔離されているらしい。
王妃は言葉を濁したが、幽閉か何かだと思われる。
王妃に言わせれば自業自得だとか。
魔物の泉現象。
あるいは魔物の雪崩現象は、名前は違えども世界各地で起きている現象。
普通に現れる魔物の中には、魔物だけのコミュニティがあったりするようだが、この現象から出てくる魔物は、すべて邪悪なもの。
人間をおそい、魔物を襲う危険な性格のものばかり。
その現象は一たび起きれば、あちこちに伝播するんだとか。
これを収めるには、その現象によって現れた魔物らを全滅させる必要がある。
それでしばらくはその現象は静まるのだが、国内だけならそれで済む話。
外国でも起きていて、国によっては絶滅させることが難しく、そのために日本大王国で抑えることができても、また伝播してくるということらしい。
「その現象によって湧き出た魔物の軍勢を抑えるには、特別な力が必要と考えました」
「それが旗手ってことか? 話によれば、最初の頃は勇者と呼ばれてたとか」
「よくご存じで。ですが勇無き者も中にはおり、名称は旗手と変えることになりました」
名称変えたって、中身が変わってなきゃ……なぁ。
「しかし我が夫は……本当に愚かなことに、旗手様達の力を利用して、世界征服を企んだのです」
利用して?
力を使って、じゃなくて利用して?
魔物を退治してくださいとお願いする相手を見下したような物言いだな。
いや、それは本題と思われることからすれば些細な……いや、些細か?
「旗手様達の召喚魔法は、我が国独自で研究し開発されたものです。ですから、その魔物達への対抗手段として見るなら、世界で一番優れた術を持っている、とも言えます」
「他人のふんどしで相撲どころじゃねぇな」
おっしゃる通り、と王妃は神妙な面持ちだ。
「本来ならば、世界の平穏のための術と力のはず。それを私利私欲のために、自分の都合のいいように振り回そうとしたのです」
そう言われれば、些細どころかとんでもないスキャンダルだよなぁ。
別に何の感傷も持つ気はないが、身内の恥を告白する王妃もたまったもんじゃないな。
「ところがわずかながら光明が見えたのです」
「世界征服に向けて大きな一歩を踏み出した?」
口は禍の元という。
王妃に初めて睨まれた。
こえぇ。
「アラタ……変な茶々入れないの」
こっちは気にしないっていう意思の裏返しみたいなつもりなんだが。
気にしたところで時間は戻るわけでもなし。
「……アラタ様の二代前の予見の旗手様のことです。あの方は、王の邪な野望を察知することができました」
あ、なるほど。
外見や上っ面な思いに誤魔化されずに、大体の本音を感情を通して知ることができるもんな。
ここに来たばかりの俺は、そんなことまで分かるなんて思いもしなかったし、裏があると分かった時の見破り方なんてのも全く考えもしなかった。
「己の欲望、野望を何より優先したがった王は、その旗手様を疎ましく思いました。そして……」
「蔑ろにした、かな?」
「はい……。そのときは、一通り泉現象の魔物を全滅させたので、旗手様達はそれぞれの世界に戻られたので……」
「苦い妙薬を飲まずに済んだ、か」
自分の抜かりない計画は残念ながらそこで一旦止まってしまった、ってわけか。
旗手なしで世界征服を成し遂げるのは難しかったようだった。
「ですが、その計画を再度動かすことができたのです」
「現象再発か」
「はい。召喚魔法で呼び出される旗手様達にはいくつか種類がありまして」
種類……。
あぁ、あの冒険者が言ってたな。
覚えてないけど。
確か……。
「冒険者養成校の卒業試験に問題で出てた、とか言ってたな」
「はい。ですがその種類はそれとはやや違うのです」
攻撃、守り、魔術、その他、だったか?
それは覚えてた。
けどそれとは違うのか。
「戦闘と非戦闘。この二つです。ですが旗手様のことを勇者と呼んでいた頃から、冒険者達は彼らのお手伝いをしたいということで細分化されました」
あ、なるほど。
まず、魔物と直接戦えるかどうかを区別したのか。
「その二種……あるいは細分化された三種乃至四種ですが、召喚魔法で呼び出されることのない区分はありませんでした」
「えーと……」
「旗手様達の中で、属さない区分がある、ということはありませんでした。ですので」
「まんべんなく呼び出されるってことか」
「左様でございます」
呼び出された旗手は、一つの種類に偏ることはある。
けれど偏りすぎることはないってことだな。
「ですので、その時には何とかその魔物を全て退治していただき、旗手の皆様にはお戻りいただきました。ですが一年も過ぎると……」
泉現象がまた起きた、か。
「予見の旗手様も前回に続いて召喚されました。もちろん先の旗手様とは別世界の方でいらっしゃいました」
となると、俺が来る前の回ってことか。
三連続で呼ばれたってこと?
「王は予見の旗手様を警戒しておりました。もちろん何事もなく、役目を終える可能性も考えておられましたが……」
疑心暗鬼に囚われたか。
あるいは先代と同じように見抜かれたか。
けど俺が旗手の一人だとしたら、七人召喚されたってことになる。
ということは……。
「前回同様、予見の旗手様は邪険に扱われました。それでも旗手の方々は何とかまとまりを見せて、泉の魔物を殲滅できたのですが……旗手同士にも亀裂は入ってしまいました」
「……考えてみりゃ、それぞれ別の世界から来たわけだから、寄せ集めってことだよな。チームワークなんて、ほんとは最初からありはしないんだ。勇者として召喚された、の前提が、憧れのヒーローヒロインになれたというハイテンションがそれを誤魔化してきただけのことなんだな」
「ご慧眼、恐れ入ります」
確か、二回連続で召喚されたって奴がいたな。
そして亀裂が入ったそいつらの一人でもあった。
国王と大司教が俺を無視して他の連中を招き入れたということは……。
なるほどねぇ……。そういうことか。
「それであんたはなんで手のひらを返したんだ?」
「どういうことでしょう?」
いやいや、どういうことも何も……。
「皇太子さんも、あんたと一緒に政権をとってるとか。年齢は十才かそこらなわけがないよな。二十歳だとして、だ。二十年以上も連れ添った夫に反旗を翻す。しかもこの世界に来て三年くらいしか経ってない俺に頭を下げに来た。これを手の平返しと言わずに何と言うか、と……」
「……愚かにも、夫は、泉の魔物の殲滅を願いながらも、他国への侵略を企てました。そして動きかけたのです」
内政では魔物との戦い。
外交では世界侵略かよ。
修羅場好きだな。
「夫の振る舞いが更生されることを期待しつつ、和平交渉を目的とした外交で、数多くの国々を飛び回っておりました。その留守の合間に、今度は露骨にも、召喚した旗手の皆様の中の一人を追い出したと聞き……」
うわー……。
落ち込んじゃったよ、王妃さんが。
慰めようがないじゃん。
側近だって立場が違い過ぎるだろうし……。
孤独な立場だねぇ……。
……俺もそうだったんだよな。
テンちゃんもそうだった。
けど王妃には、俺達と全く違う点が一つある。
それは、とてつもない権力者だってこと。
それを目当てに、常に人が傍に寄ってくる。
けどその中には、ひょっとしたら忠臣もいるだろうし親友もいるだろう。
少なくとも俺には、そんな存在は一人もいなかった。
忠臣、親友を探す努力を怠ったな、この人。
探す対象はたくさんあったろうに。
こっちはゼロだよ? ゼロ。
「改めてお詫び申し上げます。そして、改めてお願い申し上げます。本来ならば一年も費やさずに魔物を全滅させることができます。なのに、こんなに年を重ねて国民の生活を脅かしてしまいました。こちらの落ち度以外に理由はありません。恥を忍んで私達の、泉や雪崩で発生する魔物退治に」
「やだ」
うむ。
即答で、一択。
考えるまでもない。
王妃さんの、俺を見る絶望的な顔が、何と言うか、強烈に印象に残るな。
本当に絶望以外の何者でもない表情だ。
「ひ、必要な物はこちらで」
「やだ」
俺にはこのようにしか答えられなかった。
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