動揺、逆上、激情 その8

 ヨウミと長話をしている間も、この女の人は静かに待っていた。

よくもまぁそんな気長に待ってられるものだ。

 そして俺達の一応の結論は出たところを見計らって、彼女は静かに口を開いた。


「では改めまして……。私はこの日本大王国の国王ゴナルトの妻……つまり王妃ということですね。ミツアルカンヌと申します」


 権力者の王家の人達が一般人に普通の丁寧語使うのかね。

 まぁいいけどさ。


「王家の者として、そして国王と慈勇教の元大司教のユウオライに代わり、これまでの無礼に対し謝罪を申し上げます」

「……謝罪は本人がしてこそ意味があるんじゃないのかとは思うが」


 悪いことをしたらごめんなさい、だろ?

 けど悪いことをした自覚がないのにごめんなさいと言われてもな。


「まぁ王妃から謝ってもらった、という事実は確認できた。けど、お尋ね者になった過去の事実は消えるわけじゃないからな。今後俺はそれを話のネタにすることはある。別にそれで賠償金を請求するとか、そんな気はないから気にすんな。一国民の戯言を一々気にはしないだろうしな」

「しかし噂でも、聞けば心苦しくなることもあります」


 王妃はやや表情を暗くした。

 血の通った人間であることには安心したけども。


「その苦しみを受ける事こそ、罰ってもんじゃねぇの? 気にするまでもない内容なら、その程度の軽さ。たった一言だけの中身でもとても苦しく感じるなら、それだけ罪深いことをした。それだけのこと。受け止める側がどう感じるかは、その発信元の人間が感じたこととはまた別だろうよ」


 事実、おれがこの世界でここまで生きてきたことに、国王たちは俺にどんな思いを寄せていたか。

 それは俺の思い知る所じゃない。

 面白いと思うも辛いと思うも勝手にすればいいだけのこと。

 今後の俺の生活が変化するかしないか、それもまたその思いとは別の物。

 俺に対して心苦しい思いをしながらも、追手を差し向け続けることだってできるんだからな。


「まぁ俺がこの世界で寿命をまっとうするつもりでいるから、そういう意味ではよろしくな」

「え?」

「え?」


 王妃が目を丸くしている。

 ついでに後ろの二人の男も。


「いや、いさせろよ。俺の世界に帰る方法なんか誰も知らないっつーし、自分で探せって言われたし。この世界にいさせるつもりがないっつんならどうしろと? 他国に行ったって同じことだろうし」

「た、他国に行くなんてとんでもないっ! この日本」

「とんでもないってあーた、ここにいさせない。帰る方法を教えてあげないっつったら……死刑宣告受けたようなもんじゃねぇか」

「ば、馬鹿なことをおっしゃらないでください!」


 いや待て。

 一般人になんで敬語を使うんだ。

 つーか、そんな理不尽なこと、俺の世界でも言われたこと……。

 ……たくさんあったな。

 俺の世界でも異世界でも、俺の扱いはそんなんかよ。

 面会謝絶を続けてほしかったぜ。

 なんで目が覚めてすぐにここから出ていかなかったかなぁ。

 後悔先に立たずだけどさぁ……。


「予見の旗手様に対して、そんな……」


 はい?

 旗手?

 予見?

 ……たしかあの四人組もそんなこと言ってたな。

 けど俺は一般人だぞ?


「俺は旗手じゃなくて巻き込まれただけって言われたぞ? だからこうして、とりあえず仕事見つけて、仕事しながら帰る方法とか探してたんだけど」

「探す暇もなくなっちゃったのよね」


 そういうことにしとこう。


「何と……何という……」


 何をうろたえてるんだか。

 異世界からやってきた人間は、飲まず食わずでも平気だと思ってたのか?

 人間の三大欲望は、それなりにあるぞ?


「旗手様を……よりにもよって……予見の旗手様を……」


 王妃の声がこもっているのはご覧の通り、両手で顔を覆い、下を向いているせいだ。

 俺に言わせりゃ、随分と芝居がかった仕草ってとこだ。

 つか、いい加減に旗手呼ばわり止めろよ。


「何という愚かな……」

「いや、流石に、本人を前にして愚か者呼ばわりは、あの国王ですらしなかったぞ? つか、一応義務教育きちんと終わって高校大学まで出たんだがな……」

「え? あ、いえ、旗手様のことではありません」


 なんか慌てて俺の方を見てるが……この人、大丈夫か?


「愚か者でもそうじゃないにしても、旗手は止めろよ。俺は一般人だし、特別な能力があるわけじゃ」

「あるではないですか。私も耳にしましたが、人や生き物、魔物などの気配を知ることができるとか。予見の力なのです」


 ……あぁ、愚か者呼ばわりされるのも理解できた。

 予見ってのは、これから先何が起きるかが分かることだと思ってた。

 そうじゃなく、気配を察知することを指すのか。

 それならそう呼ばれても仕方ないな。


「そ、そうではありません……。そうですね……、どこかの国のおとぎ話ということで聞いていただきたいのですが」


 何だよその回りくどい言い方。


「この国の話だろ? 別に気を遣わなくてもいいよ」

「ですが、私のことを本物ではないかもしれないと」


 あ、あぁ。

 やっぱりリハビリが必要だったかもな。


「いや、あんたが本物の王妃ってことは分かった」

「え?! アラタ、分かったの?!」


 だから急に口を挟んでくるなよ、ヨウミ。


「あ、あぁ。この人から感じる気配っつーか何と言うか、まぁそんなもんで本物だと分かった。三日間も寝てたら、そりゃ鈍るよなぁ」

「な……なんと、そこまで……。ならば、隠さずお話ししましょう」


 ほう、ならこっちも腹を決めなければならんな。


「ヨウミ」

「何? アラタ」

「もう一眠りしていいかなぁ」

「……いい加減にしなさい。テンちゃん、アラタの股間踏みつぶしていいわよ」

「過激な事言うんじゃねぇ!」


 聞いてて分からんか?

 こんなん、お茶目なジョーダンじゃねぇかよ!

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