リクエストに応えてみよう と思ったんですが その3

 この世界にも笠があって助かってる。

 傘だと片手が塞がってしまう。

 両手がフリーだと、いろんな作業が捗るし、力仕事も何とかこなせる。

 人並み以下だけどな。


 ススキを鎌でかき分けて進む。

 切り倒すわけにはいかない。

 視界を遮るススキだが、食材として恩恵を受けている。

 感謝の気持ちがあるから、などという殊勝な気持ちではない。

 切り倒すと、収穫がその分減ってしまうからだ。

 踏み倒して折れてしまうのは仕方がない。故意じゃないしな。


 けど、足元がぬかるみ始めている。

 体が沈むことはないがくるぶしの下まで沈むことがある。

 足元がおぼつかないところは避けたい。

 自ずと最短距離は進めなくなる。

 これは流石に仕方がない。


「……接近できなくはないが、足首まで沈んだら動きが取れないかもな。硬くて重い岩か何かがありゃ……」


 狂暴な魔物三体が寄ってたかって衰弱している獲物に襲っていた。

 だが仕留めきれなかった。

 それだけ生命力が高く、しかも増水した川の流れに逆らって、岸までたどり着いている。

 溺れている猫を助けるのとはわけが違う。

 全身の力を使わないと、土手の方まで引き上げることは難しそうだ。


「……ご都合主義にもほどがあるだろ。……硬いな。そして、重い。こいつ、使えるか?」


 鎌とスコップで岩を叩く。

 ヒビ一つ入らない。

 救助対象はおそらく大物。

 普通に使えば長すぎるロープだが、相手も重ければロープは切れる。


「三つ折りくらいにして岩にくくって……、うん、おそらく大丈夫だ。長さも十分」


 体に巻き付け、さらに接近。

 ススキの海をかき分けて、それが終わって視界が開けた。


「う……馬?」


 馬だった。

 競馬のゲームで遊んだこともあるが、アレに登場する馬の重さは確か……。


「四百キロ……。俺を潰してくれるなよ?」


 俺の呟きは理解出来まい。

 その前に、水が流れる音が意外と大きい。

 聞こえるわけがないか。

 だが。


 馬が俺に向ける顔には、明らかに怒りの表情が浮かんでいる。

 しかしこっちに移動できないようだ。

 となると、おそらく足を折っているのか。

 競走馬って、足が折れたら……。

 でもこいつは違う。

 死ぬと分かったとしても、それでもこっちに体と顔を向けている。


「助かりたいんだろうが、それを邪魔しに来た俺、と判断してるわけか。……痛くても苦しくても文句言うなよ?」


 体に巻き付けたロープを解く。

 ひっかける場所は、もちろんそいつの前足。

 ロープの先に、重りになるような石を見つけて括りつける。

 そして振り回して勢いをつけて……。


「助かりたきゃ、前足上げろ! 後ろ足で踏ん張って流されないように堪えろ!」


 俺の叫び声は聞こえただろう。

 だが理解できまい。

 できなくてもいい。


「……行けっ!」


 ロープを遠心力と全身の力で放り投げる。

 狙い通り前足の一本に絡まった。


「さて、期待に応えてくれるかな? お前も、俺の足元も」


 少しでも俺が馬の体重に負けて前進すると、斜面に足を踏み入れてしまう。

 すると身動きが取れないまま水の流れに襲われるか、身動きが取れないまま増水の被害を受けるか。

 だがこのままだと、いくらロープ三本でもいつかは切れてしまう。

 それだと……。


「……助けに来た意味がねぇ。行くぞ!」


 引っ張る。

 力いっぱい引っ張る。

 足が取られて斜面の下り坂に足が伸びる。

 だが、尻もちをついたせいで、体の重心はそこに留まる。

 しかも思わずロープを離したおかげで斜面に近づかずに済んだ。

 そのおかげはそればかりではなく、いくらか俺を冷静にさせてくれた。


「……ひっかけた前足が折れてたのか。ま、それは運が悪いと思っとけ。運のトータルは、ラッキーの割合がでけぇぞ!」


 勢いよく立ち上がって、再度ロープに手をかけて引っ張った。


「後ろ足だ! 痛くないなら後ろ足でこっちにわわわっ!」


 今度の尻もちは、思いっきり後ろの方についた。

 俺の叫ぶ声よりも早く、後ろ足を蹴り、俺の方に向かって川から上がることができたようだ。

 だが安心するのはまだ早い。

 まともに立てないなら、斜面からずり落ちて再び川に飲まれてしまう。


「綱引きなんて、小学生の運動会以来だ……ぜっと!」


 俺の引っ張る力なんて、四百キロの前じゃ雀の涙なんて立派なもんじゃない。

 蚤の心臓に毛が生えるなら、その毛ほど程度の力にしかなれないだろうよ。

 だが馬は上ってきた。

 三本足で大したもん……ん?

 んん??


「……六? ……六本……足? いや、よく見たら……顔は馬だけど……」


 足も顔も馬だ。

 だが体から生える毛が馬の物じゃない。

 鳥の羽毛のような羽根。

 魔獣の気配を感じた。

 だが目にしたら、ただの馬だった。

 助けてみたら馬のような馬じゃないものだった。

 何を言ってるか分からないが、やることはまだ終わっちゃいない。

 道路がある平らなところまで引き上げてやらないと……って……。


「右前足、それと左の中……の足の二本やられてたのか。けど、折れた一本はロープで引っ張ってやる。残りの四本で何とかして……上がってこいっ!」


 うらみのこもったような目で睨まれている。

 二本折れてるなら、襲われても逃げ切れるだろう。

 が、まず……助ける方が先だ!


 もはや笠の意味がなくなっている。

 全身泥だらけ。

 そして、疲労困憊の中、何とか引き上げに成功した。

 へたばってるのは俺ばかりじゃなく、馬の方も息切れしている。


「……ったく……。異世界だからご都合主義もあったもんじゃねぇと思ったら……」


 ロープを体に絡めているライムがぴょこぴょこ飛びながらやって来る。

 お前が荷車から離れたら、誰がヨウミを守るってんだ!

 ……いや。


 お前も、あの時の俺を助けたかったのか?

 はん、そんなこと、あり得るわけがない。

 俺の、忘れたくても忘れられない記憶と、妄想と、現実がごちゃ混ぜになった救助活動。

 ただそれだけのことだ。

 だってこいつは、助かりたかったんだもんな。

 さて……。


 折れた前足の蹴りが怖くて、ロープを解きに行けないんだが?

 どうしよう……。


「……ターッ! アラターっ!」


 ヨウミの声が聞こえてきた。

 荷車を引っ張って近づいてきている。

 まったく……どいつもこいつも、俺の仕事を……。


 ま、いいか。

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