リクエストに応えてみよう と思ったんですが その2

 気配を感じる、というのは、今現状においてどうなっているかを感じ取れるってこと。

 その現状によって引き起こされる現象は、俺の洞察力とか推察力に関わってくる。

 宿を出発する前に、雨が降りそうな気配は感じた。

 これは空模様を見れば判る。

 けど、ぬかるみにハマって動きづらくなることは、これは気配を発する事柄じゃない。

 俺の推察力不足、ということになる。

 動けない、助けてくれって言ってるんじゃないんだ。

 天気が良くなれば地面のぬかるみも消える。

 で、今、俺がいる所は洞窟の中。

 迷宮目指して、って言うんじゃなく、単なる雨宿り。

 いや、単なるでもない。

 焚火と言うよりは……キャンプファイヤー?

 俺の隣にはライムがいる。

 その火の向かいには……馬が一頭。

 というより、魔獣だよな。

 どうしてこうなった……。

 いや、俺の行動が原因なんだけど。

 あぁ、後悔はしてないし反省もしていない。


 ちなみにヨウミは、近くの町に単独行動させてる。

 まぁ……まさか魔獣とは思わなかったけど……。


 事の始まりは……宿を出て、その町を離れてからのことだった。


 ───────


 汗をかきそうな気温の中、霧雨が降っている。

 びしょ濡れって感じにはならないから、荷車を引いて歩く俺には恵みの雨。実に気持ちいい。


「鼻歌交じりなのはいいけど、いつの間にか体温が奪われてた、なんてことにはならないように注意してね?」

「はいはい。空腹でくたばりそうになったらまずいが、今のところは問題ない。ただ雨宿りに丁度いい場所に目星つけとかないとまずいかもな」


 降ったり止んだりを繰り返す雨模様の中、そんな会話をしながら前に進む。

 雨降りが再開するたびに、雨脚が強くなってる気がする。


「……どうしたの? 止まっちゃって。ここで中に入って休む? それともお店、するの?」

「いや……魔物が四体いる気配……引き返すにも一本道だし……」

「え?! こっちに来るの? 退治できないよ? それに雨も強くなってきた。逃げ切れるの?」


 逃げなきゃならないなら、すぐにでも振り返って走って引っ張るさ。

 でも様子がちと……。


「いや、それが……あぁ、魔物同士で争ってるって感じだ。三対一で、一の気配が弱まってる。多分捕食する気じゃないか?」

「……どうするの? 逃げるなら今のうちでしょ?」


 弱まってる方の一体は……害悪なものじゃなさそうだ。

 逆に三体は凶悪な魔獣っぽい。

 どうするのも何も、そんな奴の前に出たら、こっちの身がヤバい。

 それに泉現象じゃない以上、いわゆる自然現象の一つだろうから……余計な横槍は入れられないだろう。

 弱肉強食は世の常だと思う。

 弱い方が逃げ切れそうなら助けてやってもいいが、三体が相手にして助けられるとも思えない。


「その一体を三体が食ったらここから去るんじゃないかな? 襲われてる魔獣には気の毒だが、俺らの安全のため犠牲になってもらおう」

「……しょうがないか。ライム。大人しくしてましょ」

「どれ、俺も中に入って休むか」


 ─────


 これが、俺達の幸運不運が入り混じる現状の始まりだった。

 まず、俺達が進む道路は、水源が近い道を常に選ぶ。

 ススキを見かけない地域はない。

 つまり生米モドキをいつでも手に入れられる。

 が、水がなければ米は炊けない。

 だからどこでも炊飯できるような道を通る必要がある。

 水源にすることが多いのは川。

 自ずと川沿いの道を選びがちになる。

 この時は、ススキのせいで見ることはできなかったが、おそらく河川敷がある大きな川に沿った道だったと思う。

 大きな川。

 河川敷がある。

 次第に強くなる雨。

 魔獣同士が争っている。

 これで、今俺達の現状を予測するのはまず無理。


 何が起こったかと言うと、急に川が増水した。

 魔獣たちは、ススキが密集している河川敷にいた。

 襲っている三体は濁流に流された。

 襲われてた魔獣はこちらの岸に来るつもりか、川の流れがなるべく穏やかところを選んで動いていた。


 ──────


「……ここ、危険じゃない?」

「少し移動すれば大丈夫のはずだ。多分あの三体、溺れ死ぬ」

「もう一体は?」

「助けようと思えば助けられるだろうが……」

「大人しいのよね?」

「ん?」

「襲われてた魔獣、人を襲わない種族なんでしょ?」


 種族までは分からない。

 なんせススキの密集が死角になってるからな。

 ただ、性格はそんな感じがする。

 だが襲われてたことと、この川の濁流を見たせいか、えらく興奮してる。

 助けに行ったところで、二次被害に遭う可能性もある。


「ほったらかしにしても助かるならいいでしょうけど……」


 それはない。

 怪我をしている。

 興奮している割には移動距離が短い。


「……私達の安全の確保が第一だもんね」


 あの気配なら襲われることはない。

 俺達とあの魔獣との間に何の繋がりも共通点もない。

 何より、川の増水からの洪水が怖い。

 まぁ洪水になるには降水量が遥かに少ないと思うが。


 けど。

 けれども。


 俺はあの時。


 無関係な者でもいいから誰かに、そいつに何か一言を言ってもらいたい、と思わなかったか?

 あの時の俺は、そいつに、適切な言葉を並べることができなかった。

 体も小さく、声も小さかった。

 いくら叫んでも聞き入れてくれないと思わなかったか?

 だから誰かに、この思いを託したいと思ったんじゃなかったか?

 その誰かがいてくれたら、俺は胸を撫で下ろすことができたんじゃないか?

 そんな気持ちになりたかったんじゃなかったのか?

 でも誰もいなかったろ?

 だから、二十年近く経っても、この気持ちは今だ拭えずにいるんじゃないのか?


 そして、あの魔獣はどうなんだ?

 助かりたいと思ったから、向こう岸に近づいたんだろ?

 でも地上に上がれない。

 助かりたくても動けない。

 そいつは……誰でもいいから助けてほしい、と思ってるんじゃないか?

 それともこれは、俺の思い込みか? 俺のおせっかいか?

 けど、死にたいとは思ってないはずだ。

 助かりたい、と必死に思ってるはずだ。


 あいつは……あの時の俺か。


「……ヨウミ」

「何?」

「ロープとかスコップとかはあるよな?」


 荷車が何かに引っかかって動けなくなったら困る。

 だからそのために、そんな道具も用意してある。

 荷車に備え付けてるものだから、通常の大きさじゃないけどな。


「……助けるの? 危ないよ?」

「……俺が行ってくる。俺が行くんだ。ライム、お前はヨウミに何かあったら俺は動けないから守ってやれ」


 ライムが俺の足元に纏わり始める。

 まるで危険だから行くな、と言わんばかりに。


「……言うことを聞け。邪魔すんな」


 ライムに初めて脅すような感情を向けた。

 すごすごと引き下がる。


「俺に何が起きてもここを離れるな。お前らはこの荷車を守れ」


 凶悪な魔物は川に流されていった。

 だからといって、もう襲われることはないとは限らない。

 商人ギルドからのちょっかいが来ることもあり得る。

 それに……。


 俺は、あの時の俺を助けに行くのだ。

 誰も手を差し伸べてくれなかった俺に、俺が手を差し伸べるのだ。

 ヨウミもライムも手伝いに来たとしても、何をいまさら、だ。


 少しの間、我慢しろ。

 溺れるのも、流されるのも、何としても堪えろ。

 お前は、助かりたいんだろ?

 その要望に応えてやる。

 同じ要望を誰からも応えてもらえなかった俺が、だ。


 ロープとハサミ、スコップと鎌を持って、雨の中、その魔獣の元に向かった。

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