俺の心の内側と、それをざわめかせる外野ども

 気を取り直しておにぎり作りは普段通り進む。

 竹皮の包み、水筒、飲用水と、それ以外の準備も着々と順調に進み、いつもと変わりなく棚に並べられる。


「おぉ?! アレが噂のスライム商人か!」


 少し離れたところから聞こえる声は、通りがかりの冒険者のもの。

 それにしても、スライム商人はないだろう。

 別にスライムを販売してるわけじゃない。

 呼び方にはもう少し……。

 まぁ、店の名前を決めてるわけでもないし……そう呼ばれても仕方がないか。

 名前よりもライムの動きがとにかくあざとい。

 荷車のすぐそばで冒険者達の関心を引くようにうにうに、ぷにぷにと体を動かしている。

 そう呼ばれても仕方がないか。


「噂しか聞いてなかったから嘘だと思ってたけど……ほんとにあったのね……」


 何度も足を運んでくれる客なんて、俺からしても稀だからなぁ。


「で、噂通りってことは……この辺りに魔物が来るのか? いや、行動範囲外って聞いたから、少し移動しなきゃならないか。どっち方面だろ?」


 噂になってるのは知ってたけど、それで行列ができる店って……人気店みたいなもんだよな。

 ラーメン屋さんとか、あるいは噂の品物の発売日だと店の前にずらっと……あれ?


「俺達が最初の客ってことか? ラッキーだぜ! おにぎりの種類も選び放題だもんな!」


 おい、ちょっと待て。

 ということは……。


「お、おい。マジで早く選ばねぇと、先越されちまうぞ?」

「何がよ……あ」


 うん、ここに来そうな気配が増えてきた。


「時間かけてる場合じゃねぇな。おい、マーニャ! スライムと遊んでんじゃねぇ! 先に取られちまうぞ!」

「え? あ、それはまずい! 筋子とお茶のセットあるかしら?」


 最初の客のこいつらは、俺達を見つけるとゆっくり歩いてきた。

 けど……ほら、走ってくる奴がどんどん増えてくる。


「ヨウミ! 客が一気に加速して増えるぞ! ボヤボヤすんな!」

「う、うん! 分かった!」


 そういえば、こいつらが険しい顔を見せるのは、他の客に対してだけ。

 俺の方にはそんな顔を向けた客はいなかったな。

 またも心に何かが引っ掛かる。

 けれど今はそれどころじゃない。


「そっちは水とのセットで……シャケ? そっちはしば漬け? はいよ、ちょっと待ってて!」

「はい、えっと全部で六百円です! 次のお客さんはー? あ、はい、こちら五名様ですねー? えっと……」


 ライムはムニムニ動いているが、ただ遊んでるだけじゃない。

 上手く移動して、なるべく順番を守らせるように誘導させている。


 そうだ。

 今は、与えられたものだろうが自分が作り出した者だろうが、自分の役目を果たすことに集中だ。


「忙しい時にめんどくさいことを言うんだけどな、アラタ」

「はい? 何のご用で?」

「いや、討伐に行く先のダンジョンの中でも、この店やってくんねぇかなってさ」


 何だこの男。

 無理難題言うんじゃねぇよ。


「魔物に襲われたら一たまりもないので」

「……だよなぁ。専属の護衛になってもいいと思ったりすることもあるんだけど」

「ちょっと、リーダーっ! その報酬額、アラタどころか個人経営の商人が払える額じゃないでしょっ。私達が雇われたって、任務失敗するかもしれない魔物が出てきたらどうするのっ」

「……だよなぁ……。確かにこの仕事も、素質や素養がなきゃできない職種だもんな」


 同じ人間でも、冒険者に向き不向きというのが存在するらしい。

 そして俺は、不向きな人間なわけだ。


「装備を身につけても、それで絶対大丈夫ってわけじゃないしな」

「分かってるならわがまま言わないの! ごめんねアラタ。リーダーが余計な事言っちゃって」

「あは……お気になさらず……。はい、注文の品ですよ。はい、次の方ー」


 何かが引っ掛かる。

 けど……。

 いかん。

 いつもみたいに、淡々とおにぎり作ってセットを揃えて、流れ作業のように会計を進めていかないと。

 こっちの仕事に手落ちがあったら、こいつら冒険者の仕事にミスを誘いかねない。


「でも、現場でこんな……いろんな意味での補給所があったら、助かる奴もかなり増えると思うんだがな」

「リーダーの言うことは一理あるわよ? でもできる人とできない人がいるわけだし、できる事とできない事もあるんだし。……そりゃユージ何とかって人がリーダーしてるチームが全滅したらしいけど、アラタのせいじゃないじゃない」

「そうじゃなくてさ。……だったら俺達が代理店をダンジョンの中で開くとかさ」

「無理に決まってるでしょ。すぐ売り切れてそれで終わり。でも同業者はその後もやって来る。焼け石に水ね」


「俺の……」


 ……俺のせいじゃない。

 何でもかんでも、自分に都合が悪いことが起きれば、責任全てを俺に押し付けてきやがるっ!

 うぜぇったらねぇんだよ!


「アラタ? 注文、俺の番なんだけど……大丈夫? ……おい?」


 パン!

 と乾いた音が目の前でなった。


「うおっ!」

「どうした? ぼーっとして」

「あ、いや、すまん。えーとご注文は……」


 次の順番の冒険者が、俺の目の前で両手を叩いて鳴らした音だ。

 我に返って慌てて仕事を再開するが、またも作業の邪魔が入った。


「キャッ!」


 女性の悲鳴があがった。

 並んでいる客の方からだから、ヨウミの声じゃない。

 俺の横にいるそのヨウミも、驚いて外の方を見る。


「どうした、メグ!」

「あ、ごめん、えっと、このスライムちゃんが可愛くて抱っこしようとしたら、急に重くなって、ツルンと滑って……」

「……お前なぁ。人のペットに勝手に触るようなもんだぞ? せめてその前にアラタに一言言うべきだろうが」

「あ……うん、ごめんねーアラタ。みんなも驚かせてごめんね」


 周囲が「なぁんだ」とざわめくが、俺の脳裏にひらめきの閃光が走った。

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