俺の昔語りもようやく終わり、この日も終わる。そしていつもの一日がまた始まる。

「……あの次の朝、のことだったもんね」

「何が?」

「朝ご飯の後片付けをしてる時だったかな。ミルダから警備隊がやって来たのよ。アラタは朝ご飯の後、何か喜び勇んで荷車引っ張ってどっかに行ってたわよね。まぁ宿泊費前払いしてたからあたしは気にしなかったけど」


 初耳だ。

 ということは、ヨウミの祖父さんの態度が急変したのはそのせいだったのか。

 そいつらが山を越えてあの村まで来たということは……。


「お前の祖父さんに教わった通り、荷車引っ張って村の柵の外に行ってたんだよ。いくらいろいろ教わっても、実際に出来るかどうかなんて、やってみなきゃ分からないからな」


 川が傍で流れている。

 食材なら、至る所で生えているススキに実る米。

 あとは火があれば炊飯できる。

 摩擦熱で火を起こせるのは知ってる。

 だが、実際にやったことはない。

 それを、どこでもできるかどうかだけが問題だ。

 おそらく、その作業を夢中になってやってる最中の時だったろう。


「アラタの似顔絵の紙、村中に配ってたのよ。お祖父ちゃん、これ、アラタのことじゃないかって驚いて」


 やっぱりな。

 でなきゃ……あんなことは言わないはずだからな。


「でも名前は書かれてないし、アラタは私には旗手じゃないって言ってたから、偽称してる人とは違うし。もしあの絵の説明通りだったら、あんな事言わないはずでしょ?」


 それも初耳だぞ。

 俺もヨウミに、一年半以上一緒に生活してても知らないことがまだあったって驚かれたけど、その気持ち、今分かったわ。

 それにしても、名前は……宿泊する時に署名するから、教えるでもないうちに覚えられたみたいだったが。


「……正直に言うべきことは、言うべきなんだな。そりゃ数えきれないほどその張り紙は、村に到着するまで目にしてきた。名前がなかったから一致してると断定しづらいだろうなと思ってたけどな」

「見てたの?! それであそこから村まで、よく歩いてこれたわね!」


 なんだこの互いの、それ聞いてない合戦は。

 一年半も生活してきて、互いのことを今初めて知った話が行き交う俺達。


「煙しか出なくてなっかなか火がつかなくてさ。そんときにお前の祖父ちゃん、おっかない顔して近づいてきてさ。『火を使うな! それと村の柵の外だが、村の中だ! 勝手なことするな!』なんて言い始めてな」


 昨日の穏やかな雰囲気がどこにもなかった。

 急変したからボケたのか?! ってビビったんだよな、あの時。

 あの張り紙見たのか。

 それなら納得だ。


「何て言うか……、情報は確かにテレビとか新聞とかでいろいろ知ることはできるけど、慈勇教発信の方が信頼度かなり高いし情報量多いからみんなそっちを信じるのよね。間違いの情報も流れたりするけど、その時はすぐ謝罪が入るから尚更」


 そう言えば、この世界でまだテレビも新聞も目にしてないな。

 宿にもなかったし。


「お祖父ちゃんに力説したのよ。あの人正直に、旗手じゃないって言ってたって。この説明、それと逆だから違うって」


 あのとき慌てて追いかけてきたのはそういうことか。


「あたしの考えてる事間違ってないよね? 偽称する人なら、旗手だってあの時言い張ってただろうし。偽称してるようなこと一言も言ってなかったし。もっともお祖父ちゃんからすれば、旗手だってこと黙ってたことも偽称と同じって思ったんだろうけど」

「黙ってた? 見知らぬ人が歩いてきただけで、ここじゃない世界から来たって思うのかね?」

「ううん。警備隊の人達が異世界から来た人だって言ってたのよ。もっともアラタは旗手だなんて言ってなかったけど」


 何も知らない人達はその出来事で俺のことを、旗手じゃない人が旗手だと言い張る人だ、思い込まされたってわけだ。


「だから、あの人達が初めて来た時から、同じ別世界から来た旗手の人達だけどアラタは違うから、あたしもなるべくコミュニケーション取ろうと思わなかったのよね。無関係な人を悪いことをしたような人に思い込ませた張本人ってイメージだったし」

「あいつらには特に何の印象もないな。俺を非難したり貶したりすることは言わなかったし、何より会話自体ほとんど……いや、まったくしてないな」

「その、初めて出会った人以外、ね?」


 よく覚えてんな。


「まぁそういうことだ。お前はそのまま祖父さんと激しい口論になって……」


 自分の見聞きしたことと、矛盾している警備隊からの情報。

 俺が単なる通行人なら喧嘩もしなかっただろうな。

 宿の客、しかも支払い済みってこともあったから、そこから客を信頼するのかしないのかって話にもつれたみたいだったんだよな。

 未払いならともかく。


「で、そのままそこから立ち去るアラタに押しかけて……」

「お前の祖父ちゃんとか村の人達も追いかけてこなかったもんな」

「そりゃそうよ。あたしの経験したこと信じてくれなかったし、あたしが間違ってないと思ったことも同意してくれなかったんだもの」


 着のみ着のまま、そのまま俺についてきた。

 仕事、どうすんだよ。宿屋を祖父さん一人に任せるのか? って、こっちが慌てふためいた。


「人から言われたことをそのまま鵜呑みにする人だとは思わなかった。ものの考え方が正反対の人が同じ職場にいたらぶつかるに決まってるし、経営も破綻するでしょ?」

「それで素性を知らない俺に、いきなりついてくるってどうよ? 逆にお前が怪しさ満点だったぞ?」


 手伝ってくれる人がいきなり現れるのは、それはそれで心強い。

 けど、ついてきてくれる理由に心当たりがない。

 普通、怪しく思えるし、何か裏があると思ってしまうもんだろう?


「そりゃ、あたしがしなきゃいけないことじゃないけども、あなたもいきなり右も左も分からない世界に放り投げられて、そしたらあんな風に言われたらさ、味方になってくれる人もいなさそうで、しかもお祖父ちゃんからあんな風な剣幕で責められてさ。まさかここに来る前からそんな寂しい人と思わなかったけど」


 おい。

 最後の一言が余計すぎるわ。


「あたしよりも力になれる人が現れたら、その人に任せてもいいと思ったこともあったけど、今じゃもうすっかりこれが日常ね。物売りだけならアラタ一人で十分だと思うけど、おにぎりの具とかさ、いろいろ買い物は必要だったでしょ?」


 ライムの存在は相当助かっている。

 それは例えていうなら、ゼロの生活をプラスにしてくれた。

 だが俺のこの世界でのスタートは、マイナスからのスタートだった。

 ヨウミは、そのマイナス、そして今の生活のマイナス面をゼロ、またはプラスまで持ってくれる穴埋めの役目をしてくれてる。

 その役目は、ライムにはとても無理だ。


「まぁな」

「……そして今に至る、と」

「そういうこと。……長くなったな。横槍も来そうにないから、もう寝るか」

「お腹具合もちょうどいいし、時間もちょうどいいかな」

「それにしてもさ」

「何?」

「最後まで起きてたな。普通、話聞いてる途中で寝落ちするケース多いぞ?」

「何であんた、そういうオチまで考えてるのよ」


 オチつけなきゃやってらんないだろ。

 いつ誰が俺達にどう思われるか分かんないんだから。

 気持ちが沈むと、自分の方しか目線は向けられなくなることが多いんだよ。

 俺達の仕事を邪魔する連中は、そこじゃなく外から来るんだよ。

 その外に目を向けるには、物事の最後にオチをつけるのが一番手っ取り早いんだよ。

 それが長けりゃ長いほど効果あるしな。


 ということで……。


 ……なんでお前の前にある皿だけ何もないんだよ。

 いつの間に平らげてたんだよお前。

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