俺の昔語り 過去の体験が耐久力を高めたと言えるわけだが

 誰からも応援されなかったことなんか、職場でもあったし学校でもあったし、家の中でも……。


 あれは……俺が小学一年の頃だったか。

 あの時も、いや、あの時からそうだった。


 俺の兄弟は三人。

 一番上に兄、その下に姉、そして三番目の俺。

 五人家族で普通に暮らしてた。

 親父の職場で家族会なるイベントがあった。

 親父はお袋と兄と姉、そして俺をそれに連れてってくれた。


 夕食を兼ねたそのパーティらしい行事は、いろんなアトラクションがあって、まだ子供だった俺達も楽しめるように工夫されてた。


「さぁ子供達はこっちに集まってー。あのおじさん達の生演奏で、人気のアニメの歌をみんなに歌ってもらうからねー」


 父親の部下のような、若い人がその企画を仕切っていた。

 俺は兄と姉、そして他の子供達と同じように、それを楽しみにしていた。

 そしてその時間がやってきた。


「はい、ステージに上がってもらうよー。その前に、僕から歌詞カード受け取ってってねー」


 俺もその列に並ぶ。

 そして子供達全員がその指示通りに、前から順番に歌詞カードを受け取り、ステージに上がる。

 俺の番が来た。

 が、その若い人は俺の後ろにいる子供に歌詞カードを渡した。

 今でも百六十五センチもない身長。

 昔から年齢の割には小さかった。

 おそらく、歌詞カードが読めないほど小さい子供と見られたんだろう。


「僕には?」


 俺の後ろに並んでいる子供達何人かにカードを渡すのを見て、その人に尋ねた。

 しかしその人は行列の方を見て、こっちに気付かない。

 やがて並んでいた子供達全員がステージに上がった。

 その若い人はステージの方を見て、そこに並んでいる子供達に説明を始めた。


「ぼ、僕には……?」


 声を出すが、周りの騒音に紛れてるんだろう。

 その人は気付いてくれなかった。

 父親も母親も、知り合いの人と会話を楽しんでいたようで、俺の方には気付いていない。


 そのまま俺を除く子供達の合唱が始まった。

 その場から離れ、会場の隅でしょげるしかできなかった。


「あら? 僕、どうしたの? あそこに上がらないの?」


 見知らぬおばさんが心配して声をかけてきた。

 何と説明したらいいか分からなかった。

 声を上げずに泣いたのは、あの時が初めてだったかもしれない。


 そのアトラクションが終わってステージから降りる子供達は、記念になるお菓子を喜びながら受け取っている。

 この場で、俺は初めて声を上げて泣いた。

 周りの大人達の会話を中断させるほどの大声で。

 手あたり次第物をあちこちに投げまくった記憶はある。

 その後のことは記憶にない。

 仲間外れ、爪はじきにされた、人生最初の経験だ。

 それ以来、もう数えきれないほどそんな目に遭ってきた。

 運命としか言いようがない。


 あの後はどうなったか。

 聞く気もないし、それを知ってる両親はもう鬼籍だ。

 ただ、その後も父親と母親はそれまでと変わらず、毎日仕事に出かけてた。


 幼心に思い知らされた。

 俺がいなくても、予定されていたことは進行していくし、俺一人いなくても、その穴埋めは誰かがしてくれる。

 あるいは、俺がいなくてもこの世の中は問題ないことだらけなんだ、と。


「そうだよ。親身になって相談に乗ってくれた奴なんて、俺の周りにはいなかった。敵の在不在はともかく、味方は一人もいなかった。何をいまさら、だ」


 ※


 俺の話を聞いて憤ってばかりのヨウミが、今度は泣きだした。

 酒乱か? こいつは。

 どうしよう……ほっとこうかな。

 あ、荷車の所にこっそり言って、今夜はライムを抱っこして気持ちよく眠るってのも悪くないかなー。


「うぅ……。アラタって……家族も……誰も味方になってくれなかったの?」


 酒には手を付けてないんだよな。

 めんどくさい奴だったんだな、こいつ。


「そういう運命だった、って諦めた。味方になりたくない奴に無理を言って頼むってのも心苦しいしな」

「だって……だって、誰も味方になってくれなかったんでしょ?」


 なんか面倒な奴になってきたな、こいつ。


「お前とライム以外誰もついてくる奴はいなかったがそれでもこうして生きてる」


 だがヨウミ、お前はただ俺に押しかけてきただけであって、味方になってくれるとも思ってない。

 ただ仕事の手伝いをしてくれてるだけ。

 そのこと自体は有り難いが、いなければ仕事が成り立たないというわけじゃない。

 他の行商人の所に買い物に行ってくれるのは助かる。

 けどもしお前がいなかったら、多少出費はかさむが俺が出向いていたはず。

 だからお前も、俺にとっていなくてはならない存在って訳じゃない。


 ライムもそうだ。

 あいつの珍しさゆえに客数も増えたが、いなくても売り上げがゼロになるってほどでもない。


 二人とも、いたらいたで役に立ってもらうし、いなくなるならいなくなるで無理して引き留めるつもりもないさ。


 それに、神殿を追い出されてからの俺の命を繋ぎとめてくれたのは、仲間じゃなかった。


 ──────


 商店街を抜けて、住宅地も抜けた。

 賑やかになるだろう町中も抜け、街並みを作る建物も次第にまばらになる。

 整地された空き地も次第に減る。

 しかし田んぼや畑、果樹園もあるとは思わなかった。

 更に進むとそれも減っていく。

 代わりに増えるのは、荒れ地、草や樹木が伸び放題の野原、草原、林など。


「……季節は同じだよな? だとしたら……ススキのようでススキじゃない?」


 しかしススキのような植物が道の両側に目立ち始めた。

 砂利や土だらけの路面で歩きづらい。

 さらにその道路も真っすぐじゃないから、その先の景色が見えづらい。

 ただ、人が住んでいる家も少なくなっているから、俺のことを通報しようとする人も当然少なくなっているはず。

 当然あの張り紙も、もう見ることはなくなった。

 余計な心配はせずに済む。

 けれど、予想できなかった敵が現れた。


 天気は晴れ。

 雨降りじゃなくて良かった。

 あの神殿からどんどん離れていくことができる。

 けれど、自分に都合のいいことばかりあるわけじゃない。

 七時、八時はまだ体力に余裕はあった。

 が、次第に体に堪えてきた。


「空腹なら何とかなるが、喉が渇いて、そこから足元がふらつくという……」


 脱水症状になったらまずい。

 別れ際に、井戸水の一つでも飲んでくりゃよかった。

 張り紙さえなかったら、どこかで水を貰えたりできただろうに。


 けど前に進むしか道はない。

 今更戻って何ができるか。

 商店街もそろそろ開店時間だ。

 そこから道を行く人達に目撃されたら何されるか分かったもんじゃない。

 その点、この先の張り紙は、貼られている場所の間隔歩き進むにつれ次第に離れ、その数も減っていく。

 そしてそのうち、全く目につかなくなった。

 その危険度は相当下がったと見ていいが、健康面での危険度が上がってきている。


 ところがこんな時にも役に立つとは思わなかった。

 何が、って、それはもちろん。


「水が……流れる音……聞こえる。まさか……川に流れる水まで聞こえるようになったのか? けど、このなんか……ひんやり感が……」


 道路から離れ、地面すら見えないほどの草の密集地帯に足を踏み入れてみる。

 その草むらの中には、何かが存在する気配はない。

 草をかき分けその音に向かって進んだ先には……。


「マジか。川、あったけど……」


 飲めるかどうか分からない。

 しかし、川の水を一救いした途端、直感が働いた。


「……飲める水……なのか? けど……何というか……」


 感覚が鋭くなっているのは、技術も力も何もない自分にはありがたい。

 が、ちょっと異常過ぎる。

 だが、今はそんなことを考えている余裕はない。

 その水で顔を洗い、一応警戒のため、一口だけ飲んでみる。


「……っぷぅ……。気持ちいい。それに、うん、飲める。まさに生き返るってやつだ。けど……生きていくだけなら一人きりでも大丈夫なんじゃないか? 俺」


 食い物だって、探せば見つかるだろう。

 ただ、自分を捕まえようと追いかける奴が現れるかもしれない。

 こんな草むらの中で自活できたら、それはそれで問題ないかもしれない。


 そんなことをぼんやり思いながら、一応念のためにさらに遠くへ移動する。

 けど、そんな思いはやっぱり油断だった。

 気持ちに弛みがなかったことが救いだった。


 道路沿いに何軒か家はある。

 まさに田舎。

 その一軒から人が出てきた。

 まぁ普通に生活するためには、外の空気も吸うだろう。

 別に何の変哲もない日常だ。

 それに、その人の表情も分からないくらい離れたところから、その穏やかな気配も感じ取れた。

 しかし俺が近づくとその気配は一変した。

 その人にとって、俺は通りすがりの一人のはずなのに、だ。


「やあ、おはよう。ここらの人じゃないね?」


 とニコニコ顔で話しかけてきた。

 その気配の中に突然現れた警戒心。

 そこから、まるで魔物と遭遇したかと思えるような敵意を感じ取れた。

 顔は穏やかな表情のままにも拘らず。

 上っ面とはこのことか、などと思ったりするが、本当に感覚が鋭くなってきている。

 職場でこの感覚を持つようになってたら、首を回避できるくらいの業績を上げていられたかもしれなかったのに……。


「あ、どうも、おはようございます」


 何も言わずに通り過ぎるのも、人としてどうかと思う。

 これくらいなら当たり前の挨拶だろう。


「あー、どこまで行くのかね?」


 隙あらばひっ捕らえる。

 そんなつもりで声をかけたんだろう。

 その感情の変化から、容易に推理できる。


「ここを真っすぐに。じゃ、失礼します」


 と足早に去る。


「ちょっとお待ちなさい」


 とか言ったんだろうか。

 背中越しだからよく聞こえなかった。

 下心見え見えの何かの誘いに乗りたくはない。

 幸いにして、その人は追いかけて来そうにはなかった。


 こんなところまで、張り紙の効果があるとは思わなかった。

 いや、ひょっとしたら今朝の礼拝何かで連絡が届いたのかもしれない。

 追手が来るなら気配で分かる。

 けれど、自分を見てから態度を急変するなら、流石にそれは区別がつかない。


「……不測の事態に備えるのことも大事だが……予想できる事態に備えることの方が先か?」


 耳をすませば、心を静めれば、川のせせらぎの音は聞こえる。

 のどを潤す手段は確保できた。

 しかし、空腹を紛らわすために水ばかり飲むのも問題だ。

 まず最初に腹を下してしまう。


「……そう言えば子供の頃は、山ブドウとか採って食ったこともあった……あ?」


 ぼやきながら周りを見渡すと、またしても異変が起きた。

 そこら中に生えているススキのような植物の穂先から、なぜか米のイメージが湧いて出た。


「まさか……。いや、川の水だって見つけられたんだ。けど……米は普通田んぼの稲から採れるもんだろ?」


 田んぼはこの世界、この地域にもあった。

 なのに、なぜこの植物を見てそんなことを感じられたのか。

 グダグダ考えてもしょうがない。

 実際に見てみれば分かること。

 無造作に一本手繰り寄せ、穂先を手で引きちぎる。

 そしてそれを手の平で揉んでみると……。


「こ、米? しかも玄米じゃなくて白米……。どういうこと……いや、今は謎を究明するより、命長らえるのが先だ」


 川の水と同じように、ススキもどきから採れた白い粒は、今まで俺が食べていた米と同じ物という確信を得た。

 生米を丸飲みするようなものだが、それでも何も食べないでいるよりはまし。

 こうして食える物と飲み水を確保した俺は、気持ちにも余裕が生まれた。


「……人の姿は見なくなったけど……馬車とか牛車とかは意外と通り過ぎるんだな」


 すれ違う車、追い越す車は数を数えられるくらいの間をおいて行き交っている。

 御者や動物の気配も次々感じ取れるが、俺を見た後もそれらの気配に特別な変化はない。


「電気がなきゃ電車もないんだな。そういえば飛行機とかもないのか」


 油断はしない。

 それでも周りの様子は伺うことはできた。


 ───────


「生米……飲み込んでたの?」

「生き残るのに必死なら、なりふり構ってらんないさ」

「でも、あのススキの米を食べてたなんて……」


 あ、あの植物って、やっぱりススキなんだ……。

 しかもススキから米が収穫できること知ってたのな。

 でもあれって秋限定だろ?

 ここじゃ違うんだな。

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