俺に特別な力はないけれど、でもいろいろ工夫すれば、仕事も人付き合いも何とかうまくやれるもんだ。

 翌朝四時。


 寝ずの番をしてくれてるあの六人の冒険者達に守られながら、気持ちよく熟睡できた次の朝。

 徹夜の仕事を急に頼み込んで悪い気がしたこともあったし、自分達だけで回避できるトラブルならなるべく自力で解決したいということもあった。

 宿屋にも迷惑をかけただろうし、早々とこの宿を退散することにした。


「アラタ、やっぱりお前の予想通りだった。商人ギルドの連中だな」


 商人ギルドへの加入は、俺のような行商人も入会している。

 けど加入は義務じゃない。

 年会費とかも無駄な出費。

 確かに俺の仕事は客足が途絶えないが、一品の値段がどんなに高くても五百円。

 一日の来客が千人も来たことはなかったな。

 だから一日の売り上げが五十万なんてことはあり得ないし、おにぎりの具や調味料、俺達の食料も仕入れなきゃならない。

 昨夜のように宿をとりたくなる日もある。

 なるべく出費は抑えたい。

 だからそのつもりはないが、連中は俺に加入させるため、いろんな手を使ってこっちに迫ってくる。

 

「荷車も無事よ。あの手の連中は結局私達から見れば素人だもんね」

「……荷車自体には特に何の思い入れもないんだが……」


 トラブルに遭遇して俺への被害がゼロってのは当然だ。

 そうするように頼んだんだから。

 けど、自ら逃げようとする意思なんかあるわけがない荷車の被害もゼロってのは、俺が考える範囲では普通じゃない。

 だから……。


「後金これな。それと……一人頭にすると少ないから心苦しいんだが、これ、謝礼な」

「え?」

「いや、待て。流石に」

「契約上の取引は前金と後金の合計料金だけどさ、俺の感謝っていうか、あんた達への労いの感情は勘定されてないんだよな。すまん、今のは笑うところのつもりだ」

「いや、笑えねぇし」

「俺の笑いのセンスはおかしいと?」

「……アラタ。話題ずらそうとしないのっ」


 上手い事言ったつもりなんだがなぁ。


「次回頼むときの期待値、とでも思ってくれ。あとは宿屋のご主人に迷惑料だな」


 冒険者達……ゲンオウっつったっけか?

 彼ら一行への謝礼と宿屋へのそのお金を併せても、ギルドに収めるひと月分の入会費には届かない。

 未入会で正解だ。


「まぁそこまで言うなら、有り難く受け取るが……。そうだな、またのご依頼をお待ちしておりますってとこか?」

「そうしてくれ。名前とか覚える気はないが」

「おい」


 俺に向かう気配を、その持ち主の姿が見えなくても察知できるくらいに敏感、というか、勘がが鋭くなった。

 今の彼らの、俺に対する感情も。

 そして昨夜の、俺達に襲撃しようとした連中の感情も。

 どこの誰かを判断できるほどじゃないが、頭を働かせれば大体分かる。

 けどその頭脳の労力は特別な力じゃない。

 だから、感性と知力を併せることで、自分の身にかかってくる危険も未然に回避できる。

 一々そんなことをひけらかすつもりもないし、わざわざ口にするまでもない。

 だから事情を知らない人達からは俺のことを「運がいい」「ツキがある」などと言うが、そんな神がかったことじゃない。

 ただそれだけだけのこと。


 けど、それが魔物との戦場で何の役に立つ、と蔑まれた。

 確かにそうだが、あの物の言いようはちょっと腹が立った。

 腕っぷしには自信がないし、それはこの世界に来ても変わらなかったが、あの言い方はないだろう。

 こうしてこの世界でも生活できるのが分かったからまぁいいけどさ。

 だが勘がいいとかだけじゃ生活していけない。

 俺の世界じゃあり得ない自然現象の恵みのおかげだ。

 それがなきゃ、地名も知らない地図も持たない俺達が生活していけるわけがない。


 俺の商売を手伝ってくれたヨウミから、その初日に「全国地図くらい買いなさいよ。まさか国名しか知らないとは思わなかった」なんてことを言われた。

 地名を知らないでいると、意外と会話が途切れるもんだ。

 けど会話が続かなくても、ニーズがあれば売り上げは出る。

 どうやって売り上げを伸ばすかというと……。


「今日はどっちに行くの?」

「んー……あっちの方が良さそうだ」

「あっち……って……西ね。じゃあ行きましょうっ」


 地名ばかりじゃなく、方角もすぐには分からなかったりする。

 時間と太陽の位置でおおよその見当はつくが。

 そんなことよりも重要な役割がある。

 それは、四輪の荷車を引っ張ること。

 一応馬車にもなるように、御者席も作ってある。

 ヨウミの指定位置だ。

 一緒に引っ張るわけにはいかない。

 まぁ女性には優しくしとかないとな。

 ただ座ってるだけってのは正直羨ましくはあるが。

 まあでもこっちも体力的に無理はしない。

 のんびり、ゆっくりと移動する。

 目的地は特にない。

 条件が合う場所があれば、そこで店を始める。

 その条件は……。


「……ここら辺、魔物が出てくるかもな。どこかそんなスポットあるのか?」

「ここから先はほら、ヌーモ山脈沿いに進んでいくから、洞窟とかはどこかにあると思うよ? 山沿いは魔物の泉とか魔物の雪崩現象が起きやすいのは覚えたでしょ?」

「……うん」


 その現象の名前は聞きたくない。

 俺にはどうでもいい話だし。


「そんなことより、バケツで水汲んで来てくれ。道路挟んで反対側に川が流れるの見えるだろ?」

「うん、分かった」


 俺はというと、おにぎりの材料の調達だ。

 言わずと知れた米の収穫をしなければならない。

 何せ食材は何にも持ってない。

 具は、通りを往来する行商の人達から買い求めて間に合わせる。


 で、米はどこにあるかというと……。


 山の麓まで五百メートルくらいあるか。

 秋でもないのにススキっぽい草がその一帯に生い茂っている。

 地面を這って動く動物がいても、肉眼で確認するのはまず無理。

 だがその草は、この商売をする俺にとっては救いの神。

 麻袋を五枚ほど手にしてその中に足を踏み入れる。

 無造作に適当な本数をまとめて、穂先を曲げて麻袋に突っ込む。

 そのまま激しくゆすると、穂先についた小さな実が麻袋の中に落ちる。


「これくらいか。まず一袋目終了っと」


 これを袋の枚数分繰り返す。

 袋に八分目までは入れたその実を、袋の上から全体重をかけて押して揉む。

 その作業が終わったら、荷車へ持っていく。


「お疲れー。水汲んできたよ。でもあの水は飲めるの?」

「飲めるから頼んだんだよ。でなきゃ俺が汲みに行ってる」


 飲める水の流域まで移動しなきゃならないからな。

 荷車で商売を始める場所ならここが絶好だから。

 それに、俺の家の近くに湧き水があるんだが、その湧き水とあの川の水は同類、という勘が働いた。

 勘が働くときってのは、俺がそれに対してこう思うってことと違うんだよな。

 思わせられるというか、得体のしれない力によってその情報が脳内に入ってくるというか。

 だから思い込みや思い上がりとは違うんだよな。不思議なもんだ。


 さて、その麻袋の中身なんだが、ヨウミが持ってきてくれた水の中に全てぶちこむ。

 すると、白くて小さい粒が水の中に沈み、もみ殻は水面に浮かぶ。

 もみ殻をザルで掬い上げて捨てる。

 底に溜まっている実を混ぜて、混ざっているもみ殻を水面に浮かばせてそれを取る。

 繰り返していくうちに、実についた汚れも取れていく。

 水も取り換え、その作業を続けていき、頃合いを見計らって白い小さい粒を取り出す。

 米は田んぼの稲から採れる。

 だがこの世界では、このススキのような植物からも採れるんだから実に不思議な世界だ。


「じゃあこれ、もう炊いていいよね? 行商の人が通りかかったら、中身も仕入れとくね」、

「おう、頼む」


 ヨウミが炊飯の作業に入る。

 水汲みの作業はできなくなるから、それは当然俺がやる。

 それにしても、米は田んぼだけじゃなくそこら辺の草むらでも採れるというのは分かったが、なぜ他の人はそれをしないのかというと、この実ができてからそのまま放置すると種に変化する。

 種は食用にはならず。米でいられる期間も長くない。

 穂によってその時期はまちまちなので、その選別が面倒この上ない。

 だから手間暇はかかるがまとめて大量の収穫ができる田んぼの方が、実益はススキもどきよりもはるかに上、ということらしい。


 けれども俺にはこの方が利益になる。

 ススキもどきから米が採れるのを知ったのも、その気配を感じ取れたから。

 まぁ結局は、この世界の自然の恵みが有り難い、という話になる。


 さて、最初の炊飯が終わりそうだ。

 美味しそうなご飯の匂いが漂い始める。

 とはいっても、屋外だからその匂いは遠くまでは広がらない。

 けれど、魔物によっては嗅覚が鋭い物もいる。

 魔物と言っても、人に害意や敵意を持つ物ばかりじゃない。

 その区別もつくから、その匂いに釣られる魔物が現れても何とも思わない。

 だがヨウミは、そいつらを見るたびに俺の方に逃げてくるわけだが。


「いい加減慣れろよ。お前が思うような危険な魔物がいる場所で商売やれるわけないだろ?」

「慣れるわけないじゃない。襲われないって分かる人、アラタくらいなもんでしょ?」


 まぁそりゃそうだ。

 だが狂暴な魔物は別として、どんなに強い敵意を持ってたとしても、一体や二体だけなら襲いかかる魔物はいない。

 それに、大概飢えをしのぐために襲ってくる。

 俺が作るおにぎりを一個でも放り投げたら大人しいものだ。

 何度かヨウミにも作らせてみたが、魔物どころか冒険者からも不評を買った。

 もしも異世界転移の際に特別な力が授かったのだとしたら、特別なおにぎりを作る力なんだろうか。

 誰得だよ、そんなの。

 俺にできることの中で、俺がこの世界で生きるための金を得る作業と言ったらこれしか思いつかなかったからやってるだけだよ。

 何かの能力を得るために選ばせてもらえるなら、ゲームの世界で活躍する主人公のような力を選んでたよ。


 まぁ愚痴はともかくだ。


「一回目炊けたよ。……ねぇ。何かまた変なのが近寄ってきたんだけど」


 米の炊き方は、赤子泣いても蓋取るなとか何とかって言い回しがある。

 毎回その通りにできるわけじゃない。

 昔の日本では、旅籠なんかで大量に米を炊く時に取った手段の一つに、ザルに米をあけて、そのまま熱湯に突っ込むというのがあった。

 そのやり方で炊いてるもんだから、その場から離れても特に何の問題もないんだが。


「一々ビビるなよ。可愛い猫とかが寄ってきたくらいの感覚でいろよ。危険だったらこっちから教えてやるから」

「でも、私の方に来たんだ……きゃっ」


 ヨウミは自分がいたところに指をさしたその時だった。

 そこから何かがこっちに向かって飛びあがって……。


「ぶっ! なんだこりゃっ! 重いっ! 重いーっ!」


 俺の頭の上に落ちてきた。

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