男女二人が一つの部屋で宿泊するけど、寝るだけの夜。

「何というか……、予定を立てずに相談せずに急に行動を起こすの、何とかしてくれない? 突然だからアラタについていくの大変なのよ?」


 部屋に入るなり、ヨウミから文句を聞かされる。

 俺について行くって押し掛けたのはそっちだろうが。


 でもしょうがない。

 俺にちょっかい出そうとする奴が、この界隈に現われた。

 そんな気配を感じたんだから。

 それに対処するのは当然だろ。


「でも宿でそんなことをするってことは……」


 人の話聞いてなかったのか?

 酒は飲んでてもいしきはしっかりしてるようだから、記憶を失うことはないと思うんだが。


「言っただろ? 商人ギルドに雇われた……暴力が得意そうな人達が何人か来そうってこと」


 ヨウミは呆れたようにため息をついた。


「宿に泊まるほとんどの日はこんなことになるよね。一般人とか冒険者とか、個人相手の商売をする人達はみんなギルドに加入してるんだけど、アラタも加入したらいいのに」


 商人ギルドってのは、ヨウミが言うように商人、主に自営業の経営者達の互助会のような組織だ。

 けがや病気で仕事ができなくなった時に、加入者に限り、職場復帰や転職までの生活費を補助してくれたり、トラブルが起きた時に解決に向けて専門家を遣わしたりしてくれる。

 だが俺は加入していない。

 客とのトラブルが起きることはまずないからだ。

 衛生面だって、食材や道具類などに危険物が混ざると、その気配で正確に察知することができる。

 俺を相手に諍いを起こす気がある人物が近づいても分かる。

 未然に回避することができるから、加入する意味がない。

 それどころか、会費を納める必要もあるので、その出費も無駄ということになる。

 それに、行商だから定位置に留まるつもりもないし、何より地名を覚える必要もない。

 逆に加入した方が、苦労が多くなる感じがする。


 とは言っても、商人ギルドとは敵対するつもりもない。

 逆に、自分らの言いなりにならない俺のことを、向こうから目の敵にするような感じだろうか。

 もっともギルドに加入している商人との仲が悪いわけでもない。

 ギルドの組織の幹部から気に食わないと思われてるようだが、幹部に就く者は商人達の中から選出するわけでもなさそうだ。

 そこら辺もよくは知らない。


「余計な人間関係は持ちたくないしな。何かがあって困ってる人がいたら、助けられる範囲で助けるし、逆にこっちは、助けてほしくなる困った状況にはなることはないし。今のままでいいよ」

「私が困ることが多くなるんですけど?」


 だったらついて来なきゃいいじゃないか。

 それに……。


「一人一部屋で宿泊できないのは、無駄遣いを避けるため、だろ? 一緒の部屋でも気にしないって言ったのはそっちだったし」

「困る問題はそこじゃないっての!」

「はいはい。俺も寝間着に着替えるから、こっち見るなよ? 見られるとこっちが恥ずかしいし」

「無理してでも見ようなんて、誰も思いませんっ!」


 普通の男性なら、その髪の毛といいプロポーションといい、見惚れる奴は多いだろうな。

 ま、俺にはそんなのとは無縁……だったんだよなぁ、転移する前までは、ずっと。

 ……いかん。

 思考がネガティブに傾きそうだ。


「じゃ、俺、ソファで寝るから」

「ベッドが別々に二つあるのに何で?!」


 余計な人間関係を作りたくないのは、お前に対してもだよ。


 ※


 つまり人間が持つ感情だ。

 あと五分かそこらでこの宿屋兼酒場に来るだろう。

 余計なことを考えずに、さっさと寝るに限る。

 そして明日は、朝ご飯を食べ終わったらすぐにここを出る。

 俺にトラブルを引き起こしそうな連中には心当たりはある。

 用心棒を依頼した彼らには、その予想は伝えておいた。

 だが何人来るか、どんな名前でどんな顔でどんな風貌かまでは予想がつかない。

 彼らはおそらく、明日の朝はこの宿の入り口で警戒するだろう。

 その時間帯に来る客も立ち入り禁止にするに違いない。

 でないと、俺の依頼を達成することはできないからな。

 ということは、客やこの店にも余計な迷惑をかけてしまう。

 さっさと済ませて、ここを出る時にもその詫び代も包んでやらないとな。


 ※


 眠っている間、部屋の外がなんか騒がしい。

 俺の予想通りだな、と頭の片隅でぼんやり思う。

 けど瞼を開ける気はないしこのまま再び深い眠りに……。


「……んー……うるさいわね……。ねぇ……アラタ……って……え? いない?! ソファにもい……。……ベッドから落ちてるし……。しょうがないなぁ……」


 ヨウミの声が聞こえた。

 面倒だからこのまま寝てるよ。


 意識が遠ざかる途中で、体の上に毛布がかかった感触を受けた。

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