「メリア、退出してもいいわよ」

「申し訳ございませんが、それだとお嬢様を護衛する人間が居なくなってしまいます」

「別にいいわ。それとも命令に逆らうのかしら」

「……申し訳ございません」


 メリアが深く頭を下げる。普段との違いに最初は驚いたけれども今はかなり慣れたものだ。メリアは「なっとくがいきません! ずっといっしょにいたいですー!」と言いたいのか、少し額に皺を寄せる。いつもなら反応してあげるのだが、時と場所と人がそれを許さない。護衛として居てくれるのはとても心強いが、何かあったとき三人の首が吹き飛びかねない。その点、私はまだ力の自由が効くからメリアが居なくてもなんとでもなる。少しだけなら、私も自分の身を守れるもの。


「リスティアナを引きずり出して来て」

「……はい」


 私がメリアに向かってそう言うと、それを命令と受け取ったのか渋々客室から出ていった。リスティアナを連れてくるのに早くても三時間はかかる。精霊界に他の種族が入るときは、かなり時間がかかるのだ。ここから精霊界は近いけれど、メリアは妖精だから結構待たされるだろう。その間にさっさと話し合いを済ませておこう。帰るまでに片付けとかないと、メリアが殿下たちを虐めてしまう。もちろん物理で。


「驚いた、君の侍女はまるで番犬のようだ。今にも噛みつかんとしていたぞ。私が誰なのか知っていてあれなのか?」

 これは「王子の私に向かって殺意籠った瞳を向けるなんて何事だ」という意味でとっていいのかしら。なんとも面倒くさい男である。手紙も何も無しに、突然訪ねてきたのはそちらなのに。


「申し訳ございません。あれは妖精として生きているもの、人間に興味を持てないのです」

「妖精? 何故妖精がこんなところに。妖精は極度の人間嫌いだろう」

「そうですね。普通の妖精はそうなのですが、あれは母にちょっとした恩がありまして。そのまま私のことも面倒を見てくれているのです」

「妖精なんて初めて見たぞ……」

「妖精は美しいと聞いていたが、本当だったんだな」


 後ろの護衛……恐らく騎士だろう。騎士が興味深そうにメリアが出ていった扉を見る。妖精は人間を惹き付けるというけれどあながち間違っていないのかもしれない。メリアは進んで人と関わるタイプではないから気づかなかったけれど、人間の男性から見るとかなり惹かれるものがあるようだ。


「座ってもよろしいでしょうか」

 殿下の座っているソファの対面になるように置かれた誰も座っていないソファを指差してそう聞くと、殿下は「座ってくれ」と言うように頷いた。私はソファに座り、口を開く。


「改めて自己紹介を。私はレリアルと申します」

「……それだけか?」

「平民ですもの、それだけです。爵位も御座いません」

「それなら良いんだが。私はスティル・フォンド・リデルアル。リデルアル王国の第一王子だ」

「あ、やっぱり王子様なんですね……」 

 二ヶ月前から感じてた嫌な予感は今この瞬間、見事に的中してしまった。ちょっとだけ、ほんの少し、もしかしたら勘違いかなぁなんて思っていた私が馬鹿馬鹿しい。今目の前にいるのは第一王子。現実逃避は許されない。


 感情のまま歪みそうになる顔を笑顔でなんとかキープする。今すぐにでも叩き出したいのだが、相手は次期国王。そんなことしたら私の首が飛んでしまう。

 出来るだけ笑顔でいるようにしながら、可愛らしい声を意識して出すようにする。これをしとけば、平民でもそれなりに対応することができる。


「殿下にお会いすることができて、私、とても嬉しいです」

「世辞はいらん」

「会いたくなかったです」

「素直になれとも私は言ってないが?」

 

  なんだ、この人かなり面倒くさいわね。

 隠すのをやめて睨むように殿下の顔を見る。殿下は何かが気にさわったのかぶすっとした顔のまま不機嫌なのを隠そうともしない。いらないと言われたから素直になったんじゃない、どうすればいいのよ。


 ……こうしてしっかり見ると、殿下ってもしかして美しい顔をしているのかしら。柔らかくサラサラした金髪にキリッとした眉、スラッと伸び、高い鼻筋。不機嫌そうに細められている淡い緑色の瞳も宝石のように綺麗だ。まるでお伽噺の王子様のような甘いマスクをしている。いや、実際王子様なのだけれども。これだと、かなりモテるんじゃ?運命なんて探さなくても、女の人は寄ってきそうなのに。


「今回こちらに来たのは、運命を探すため……でしょうか?」

「……そうだ。話が早いな、一人一人会話してそれらしい人間を探している」


 なるほど、おばさんが言っていた情報に間違いはないのね。そういうことなら、まず私を運命じゃないと分からせなくてはならない。まぁ、ハッキリ言った方が早そうね。


 私が来る前に客室にメリアが用意した紅茶をゆっくり飲んで喉を潤す。ここで話すのは私のため。言ってはいけない内容は伏せればいいもの。


「単刀直入に言わせてもらうのですが、殿下には運命などという存在はいません。いや、いるかもしれませんが殿下から見つけることは不可能に近いです」

 その瞬間、部屋の空気が凍った。


「……なっ」

「……はっ!?」

「そ、うなのか?」

 一瞬の間はあったものの後ろの護衛騎士は意味を理解したのか驚いたようにこちらを見る。殿下は驚いたものの、なんとか言葉にして質問として返してきた。私は太股の上で両手を組む。なんとなく、こうしてないと落ち着かない。


「殿下は、の話が載った本を読んだんですよね」

「あ、あぁ。今出回っている運命の話は物語として纏まりがよすぎてな。違う話がないか他の本を探して読んだんだ。教会から販売禁止にされている本だからか、あまり長い間は読めなかったが」

「それはそうでしょう。神は平等に愛してくださっていると信じて人達の願いが無駄になってしまいますもの」


 



 

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