「おじょーさま! あんまりいそぐとヒールが折れちゃいます! それふるいやつなのでー!」

「そんなこと言ってられないでしょ! 髪飾りは? どこにあるの!」

「それは確かリスティアナが持ってたような持ってなかったような……」

「どこにいるの!」

「ひーん! 今は精霊の森にさとがえりちゅーですぅー!」


 ドタドタと成人済みの女性がたてるべきではない音をたてながら客室まで急ぐ。お客様だなんて、この屋敷に来たのは何年ぶりか。目眩ましの結界をしているから大丈夫だと言ったのはお母様だった気がするけれども、それを聞いたのはかなり昔だった気がする。もしかして、もう機能していない?いや、今はそんなこと考えている暇なんてない。とにかく、お客様をどうにかしなければ。


「いいわ、髪飾りなんていらない。待たせられないでしょう」

「髪ぐらいは結ばないと、おじょーさまの綺麗な髪が! 地面に! 地面に!」

「後で洗えば良いでしょう! それより早く!」

「ひーん! はくはつがぎんぱつになっちゃいますー!」


 埃なんてついたくらいで私の髪が銀色なんかになるわけないでしょ!という言葉を言おうとして慌てて止める。ここからは客室に近くなるから、客室にいるお客様に聞こえてしまうのだ。大体、そう言うのだったら髪を切らせてくれても良いのに!メリアが止めるから私の髪は床をつくかつかないかの長さくらいになってしまった。正直鬱陶しい。


 イライラした気持ちを落ち着つかせるために何度か深呼吸をして、背筋を伸ばす。メリアからどんなお客様か聞いていないけれど、ドレスを準備してくるあたり結構マズイ人なのかもしれない。平民だったら、普通にワンピースでいいもの。


(まさか、王子じゃないわよね? いえ、そんなこと絶対ないわ。だって王都からかなり離れているもの)

 一瞬浮かんだ考えを頭を振ってかき消す。ありえない、だってつい最近王都を回りきったばかりなのにこんなすぐにこんな所に来るはずがない。それに、結界が弱まったとしても、ここは森の奥にある場所だ。見つけることはまず無理。いくらロマンチスト殿下でもこんな場所来ないだろう。


 でも、もし来たら……。

 もし来たら?もし来たらどうするのだろう。


「お嬢様。ここです」

 メリアの一気に変わった口調にハッとする。

 気づけば客室の前にいた。どうやらここにいるらしい。確かに、中からは話し声が聞こえてくる。三人くらいかしら?どれも男性の声だ。


「男性のお客様なんて初めてよ……」 

「吸血鬼のルーノがあるじゃないですか」

「そんな昔の話、わからないわ。会ったことあるの? 赤ちゃんの頃の話でしょ」

「お会いになりましたよ。ルーノはどうしてるのでしょうか……」

 メリアはそう言うと、昔のことを思い出したのかにんまりと笑う。そうか、メリアはルーノと会ったことがあるのか。メリアとルーノは姉弟のような関係と聞いたことがあるけれど、実際どうなのかしら。


「今のメリアと話すのが一番疲れるわ」

「では、さっさと終わらせましょうか」

 メリアが客室の扉をノックする。すると、中の話し声がピタリと止まり、部屋のなかが静かになる。少しした後に、男性らしい低い声で「入れ」と声がした。


 嫌な予感が外れますようにと願ってはみたが、その威厳のある声と命令口調の言葉で嫌でも察してしまう。それなりに立場がある偉い人なのはこれで確定した。


「失礼致します、レリアルお嬢様をお連れいたしました」

 メリアが静かに扉を開ける。私の部屋もいつもそうやって入ってくれば良いのに、と思いながら開いた部屋の中を見ると、ソファに座った男性と目があった。身長はそこそこ高く、貴族らしい、いやそれよりも上の服を着ているのだと、世間知らずの私にも分かった。あとの二人にも目をやるが、護衛なのか部屋の隅に立っているだけ。あの二人は騎士ね。それも、かなり腕がたつ騎士。



(やっぱり……)

 泣き出したい気持ちを抑えて再びソファに座っている男性の瞳を見る。本当についていない。教会に行って祈っていた私の行動は全て無駄だったわけね。だって、こんなにも不幸だもの。この男性の顔が美形じゃなかったら殴ってたわ。


 しっかりと確認した。随分古い情報だけれども、風の妖精は絶対に誤った情報は持ってこない。例え、王族の知られてはいけない機密だとしても。王族の瞳についても。


 男性の瞳の色は、王族しか持たないとされる若葉のような淡い緑色をしていた。

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