話し合いはしっかりと

「王都に殿下の運命なし……なんて。その王子様も凄い執念ね」

 おばさんが持っていた王都に配られる大切なことが纏められた紙を読みながら、私は気づけばそう呟いていた。


 おばさんから初めて殿下の話を聞いたときから二ヶ月たったけれど、本当に王都中の女性全員と話して回ったなんて。少し着込めば外に出れたが、今はもう外に出るのを躊躇われるほど寒くなった。つまり、冬の間ずっと探しているということ。


 私はすっかり忘れていたけれども意外と殿下は諦めが悪いらしい。これには運命にしがみついている神様もにんまり笑顔を浮かべて運命を渡しているだろう。神様は認められるのを幸せと感じるから、喜んで相手をつくっているだろう。それが多分、まだ見つかっていないのね。絶対に巻き込まれたくないわ。


 温かいココアを飲みながらどうしたものかと考える。

 これを見る限り、殿下は国が持っている領地全てを見て回るそうだ。ちなみに私が通っている教会があるミーヌ村もその範囲に入っている。私の住んでいる屋敷も入っている。

 こんな所まで来るとは、王子はもしかしてロマンチストなのか。そこまでロマンスを追いかける王子はかなり珍しい。なんならうちの国の殿下くらいだろう。


(考えるだけで頭が痛くなってくるわ)

 殿下が来る前に、いっそのこと屋敷から少しだけ避難した方が良いかもしれない。幸い、知り合いは沢山いる。頼み込めば匿ってくれる人もいるはず。それがいい、そうしましょう。



 ――考えが纏まり、早速知り合いに手紙を書こうとしたとき、カツカツと部屋の外の廊下から靴音が聞こえた。

 どうやらついにバレたみたいだ。おかしい、ちゃんと証拠は隠したはずなのに。

 私はココアを入れたカップを机の上に置いて、そっと自分の両耳を両手で塞いだ。



「おじょおぉぉさまあぁぁ! またひとりでココアをいれましたねぇ!? あれほど私に任せてくださいといってるのに!」

「ごめんなさい、メリア。今度からそうするわ、だからメリアも今度から静かに扉を開けてくれないかしら」


 ベギィ!と、およそ普通に扉を開けたら鳴らないような音をたてながら私の部屋に入ってきたのは私のお世話係のメリアだ。栗色の髪を高い位置で二つに結んでいる。顔は丸顔で、だからといって太っているわけでもなく、子供らしい愛らしさを残して育った子だ。美しいとはとてもいえないけれど、可愛く、例えるなら天使のよう。

 そんな小さな少女は、炎のような明るい丸い黄色い瞳を潤ませてこちらを睨んでいた。


「もう! そうやっていつもいつもいつもおじょーさまは! 全然お世話しがいがないです! じじゅーしてください!」

「そうね、わたくしはお嬢様ではないのだけれども申し訳ないわ。私はお嬢様ではないのだけれども、女の子の部屋にノックもせずに入るのはとても失礼だと思わない? 私はお嬢様ではないけれど」

「え!? で、でも! あ、それ、それは、あぅ……ごめんなさい」


 何が言いたいか理解したのだろう、怒りで潤んでいた瞳が今度は悲しみで潤んでいる。このやり取りをもう何百回もやってるのにどうして毎回こうなるのか。私は不思議で仕方がない。


「それに、私は無地の黒のワンピースとエプロンを着た妖精がお世話をするなんて聞いたことないわ」

「だって! 奥様がおじょーさまのことまかせるって! だからお世話したいのにおじょーさまは本当におじょーさま失格です! もっとだらだらしてください!」

「暇になっちゃうでしょ」

「おじょーさまなんだから刺繍とかしたらいいじゃないですか!」

「いやだ、難しいもの。それに私はただの平民よ」

「平民はこんなおやしき持ってません! おねがいですから! だらだら大人しくして下さい!」


 ほら、いつも平行線に話がなる。メリアは真っ直ぐだけれどもあまり自由にはさせてくれない。いや、自由にはしてくれるのだけれども、少し私が掃除や料理や庭いじりをしただけで、「私のしごとなのに!」と怒ってしまう。


 このままだと、私は自立できないままだらだらして過ごしちゃう我が儘な子になっちゃう。それは私がとても困る。面白くない、私が。


「本当におじょーさまは困らせることがおじょーずですね! もう、私は怒ってるんです!」

「そうね、ごめんなさい。ところで用事があったんじゃないの?」


 「はっ! そうでしたー!」と、大きな声を出しながらこちらに向かってくる。いつ見ても妖精だとは思えない仕草だ。五百年は生きていると思うのだけれども、長い時間で落ち着くことは出来なかったのだろうか。話を変えたのも分からないなんて、私は逆にメリアの将来が心配よ。


「もう、部屋に入った後はすぐに用件を言ってって言ってるわよね?」

「うぅ、すみませんでしたぁ! なんか、扉をあけるまではおぼえてたんですけどぉ」

 私の腕をつかんで優しくメリアは私を引っ張りあげる。別に、引っ張らなくても自分で立てるのだけれども、怒った後は暫く好きにさせないといじけてしまうのだ。


「お着替えしないとー、おけしょーもしないとですね!」 

「え? どこか出掛けるの?」

 ウキウキしながら、もう何年も着ていない私のドレスを何もない空間から出したメリアは嬉しそうにしながら衝撃的な一言を言ったのだ。


「おきゃくさまがいらっしゃってるので、おしゃれしないといけません!」

「それを早く言いなさいよ!!」

 その言葉に私は目を丸くさせ、大声を上げたのだった。

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