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「あら、レリアルちゃん。今日も神様にお祈り?」
「はい、毎日の日課ですから。昔からお母様にお祈りだけは忘れるなと言われていますし」
「若いのに偉いねぇ! 最近の若い子は神様なんていないって思う子が多くて。もう最近はレリアルちゃんしか若い子は見かけないわ」
教会のおばさんはそう言いながら私の頭に積もった雪を手で払った。
「寒かったでしょう」と笑いながら、雪を払った手で私の冷たくなった手を優しく包む。私はその言葉にゆるゆると首を振った。
このおばさんとはもう五年間の付き合いになる。あまり人と話すのは得意ではないけれど、どうしてかこのおばさんと話していると落ち着く。
「お母さん、今日こそ一緒に来れたら良かったのにねぇ」
「……はい。母も最近は忙しそうにしてますから。しょうがないんです」
ため息を無意識につかないように、ぐっと冷たい空気を吸い込む。体が内側から冷えていくような感覚も、冬の朝の空気のこの冷たさも五年間経ったとしても慣れることはない。なんとなく、寂しくなる。
「……お祈りしても、良いですか?」
「あぁ、いいよ。神様もきっと喜ぶわ」
(それはどうでしょうね)
口から出そうになった言葉を呑み込む。ここは神を信仰している人達しかいない。神を信じて感謝して幸せをほんの少し分けてもらってる人達だ。そんな人達の前で、神様を酷く言うようなことは絶対に言えない。
王都から離れた、特徴も面白味もない小さなこの村には昔から教会がある。
建物がかなり古くなっているのか隙間風は酷いし、壁の塗装は剥がれていてそれを直すお金もなく、子供たちは面白がって"廃墟"と呼んでいる。王都の教会とは違い、大きさもかなり小さいもので、そこに通う人も今は老人ばかりでどこか寂しく感じる。子供たちは夜に肝試しするために来るけれど、それは神様を信仰しているとは言えない。
そんな場所に私はもう五年間も通っている。
神様を模した石像の前まで歩き、石像の前の床に膝をつき頭を下げる。そのまま手を組んでそれを太股の上に置く。これがお祈りのポーズだ。昔の私は大人が祈る姿を見て、まるで主人に忠誠を誓うペットのように見えていた。小さい頃の私はそれがとても嫌だった。
(神様……いいえ、お父様)
五年前から毎日来ているが、私は一回も神様に祈ったことがない。それは私にとって神様なんてものは存在していないからだ。
(お父様。どうしてお母様を連れていったの? 運命だから? 私はどうして連れていってくれないの、お父様は私のことが嫌いなの?)
届くかも分からない言葉をもう五年間も石像に向かって祈っている。そこに神様はいないのに。
(私は、お父様のこと大好きなのに。どうして……)
目を開いてもそこには誰もいない。そこにあるのは石像だけだ。でも、それでもすがってしまう。
今日も駄目か、と諦めて立ち上がる。最初の頃は応えてくれないことに絶望し泣いていたけれど、今はもう慣れてしまったのか出るのは小さなため息だけだった。そのため息を見るのはこの石像だけだ。
「お祈り、終わったかい?」
「はい」
「レリアルちゃん、昔から通ってるけれど嬉しいことあった? 運命くらい用意してやったら良いのにさ! まぁ神様も何かお考えなんだろうね」
「そ、うでしょうか」
「そうよ。神様は私たちのことを一番に考えて下さっているもの。それなのに私達が強欲になっちゃ駄目だね。レリアルちゃんのこともきっと大切にして下さってるよ」
立ち上がって膝についた埃を軽く払う。窓を見ると、少しだけ雪が強くなっているようだ。これは早く帰らないと家に帰れなくなってしまう。教会から少し遠い私の家は少なくとも片道一時間は必ずかかるのだ。それだけかけてここに来るあたり私はかなり暇人なのかもしれない。
「そういえば、王都の方は大変らしいよ。なんでも一番上の殿下が運命を探してるとか何とか」
さぁ帰ろうと教会に入ったときに脱いだコートを着直そうとしておばさんの言葉に一瞬固まる。もしかしたら息も止めてたかもしれない。
「うん、めい?」
「そう。昔のお話を集めた本を読んで、それに載ってた"運命の話"に惹かれたらしくてね。王都中の独身の女性を一人ずつ確かめて回ってるらしいよ! 偉い人は何を考えてるか分からないねぇ」
「それは、まぁ、凄い執念ですね」
「陛下が必死になって止めてるらしいけど止まらないらしくてね。もしこのまま見つからなかったらここまで来そうな勢いだね」
そう言って声をあげて笑うおばさんをジト目で睨んで、今度はおばさんの前で大きなため息をついた。言いたいことは大体分かっている。昔から私にずっと恋人の有無について聞いてくる人だ。
そんなの冗談じゃない。そもそも運命なんてもの今の人間にはない筈なのに。だって、そういうものだもの。
「騒がしいのは好きじゃありません」
「そんなこと言って、来ちゃったらどうするの? レリアルちゃん彼氏いないでしょ。綺麗だし、絶対殿下の目に留まると思うのよねぇ」
「冗談やめてください!」
おばさんにそう叫ぶように言って教会から走り出す。「あらあら照れちゃって」という声が聞こえたけれど、私には関係ない。恥ずかしいような、悲しいような怖いような。そんな気持ちが混ざって苦しい。だから、運命なんて嫌いなんだ。その話を聞くだけでこうなってしまう。
教会から出て、すぐに私は止まった。悲しいことに、昔から運動の方面はどう頑張っても伸びない。
(私は運命なんかに惑わされない。そもそも、殿下が運命かなんてわからないし、こんなところに来るはずない!)
雪が降る中、私は必死になって考える。去年成人してもう十六になるのに運命なんかに振り回されるのか。
荒い呼吸を整えて深く息を吸う。そうすると、火照った体が冷めるような気がした。
考えてることは正しい筈なのに、その時の私はなぜかその考えが間違いな気がしてならなかった。
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