第10話 長いお別れ
エピローグ
パトカーの音が近づいて来た。
明日香は俺に抱きついたままだ。
老人は放心したように蹲っている。
やがてパトカーが数台倉庫の前に止まり、先頭の車から武田刑事とマサが降りて来た。
「拳ちゃん、無事だったか。良かった。明日香ちゃんも大丈夫か?」とマサが言った。
「ああ、俺は足をやられたが二人とも無事だ。それにしても遅かったな、マサ」
「済まない。少し警察に説明するのに手間取ってしまって」
「もう、役に立たないんだから。マスターひとりで頑張ったんだよ。足も怪我しちゃたし」と明日香が怒っている。
「面目無い」とマサは小さくなった。
武田刑事は老人と話していたが、俺の所に来ると
「ご苦労様でした。お怪我は大丈夫ですか?」と聞いて来た。
「相変わらず警察はやる事が遅いな」と俺は嫌味を言ってやった。
「はははっ、辛辣ですな。しかし意外な結末でした」
「ああ、じいさんが現れるとは俺も思わなかった」
「お孫さん、去年自殺したらしいです。その怨みだと言ってます。奥さんも亡くなったようで。哀しい取り調べになりそうです」と武田刑事は沈痛な面もちで話した。
「じいさんは俺の命の恩人だ。それを考慮してくれ」と俺は武田刑事に頼んだ。
マサにも良い弁護士を就けてやってくれと言っておいた。
後味は悪かったが『奴』の死をもって漸く事件は解決した。
左足は入院する程ではなかったが当分の間は足を引きずるだろう。
よく考えれば俺は『奴』にバットで3回殴られ2回入院させられただけで、お返しは一発しか入れれなかった。
まあ、じいさんの方が怨みは深かったのでこれが正解だったのかも知れない。
じいさんは有能な弁護士のお陰で過剰防衛で有罪だが執行猶予がついた。
明日香はあれから俺の部屋に転がり込み、押し掛け女房のように暮らしているが、俺は戸惑っている。
まだ美和を殺した犯人も見つけられずにいる。
それが解決しないと次には進めない。
明日香も何か感じているのか
「いつでも別れてあげるから、嫌になったら言ってね」と笑顔で言いやがる。
「俺と居るとまた怖い目に会うかも知れないないぞ」と言うと
「でも、また助けてくれるんでしょ」って呑気だ。
俺は気づいていた。
最初から明日香を好きだった事を。
明日香が初めて店に来たときから気になっていた。
明日香は美和に似ているからだ。
明日香が落ち込んだ様子で店に入って来た時、俺はなんとか慰めてやりたかったが上手く言葉が出なかった。
美和との事が無ければ俺達は良い人生のパートナーになっていたと思う。
美和との様に。
今は少しの間だけ、明日香に甘える事にした。
美和は許してくれるだろうか?
明日香は理解してくれるだろうか?
俺には分からない。
マスターはバーにいない へんたん @deckhentan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます