第9話 事件屋家業

葬式も終わると、俺は呆けてしまった。


何も考えられず、食べる事さえ忘れていた。


美和がそばに居ない事がただただ哀しかった。


葬式の翌日、刑事がやって来て事件についての説明を受けた。


その時、俺は美和が殺された事を漸く認識出来た。


哀しみだけに支配されていた心が怒りに変わっていった。


犯人と警察に対する怒り。


美和はつきまとわれている事を警察に何度か相談していたらしい。


心配かけまいと俺には知らせずに。


しかし犯人は徐々にエスカレートしてきて、家の窓から覗いて居たこともあったという。


しかし、警察は何もしてくれなかった。


パトロールを強化すると言っただけだ。


俺は怒った。


警察と何もしてやれなかった自分自身に。


もっとちゃんと話を聞いてやれば良かった。


後悔と情けなさで刑事を怒鳴りつけていた。


「それで犯人は分かってるんですか?」


「只今捜査中でして・・・」


警察は充てにならない。


未だに何の手掛かりも掴めていなさそうだ。


俺は自分で捜す事を決意した。


警察と犯人への怒りが生きる力となった。


それから俺は変わった。


笑わなくなっていた。


いや笑えなくなっていた。


冗談ばかりいって明るかった俺は喋る事も無くなってしまった。


俺は仕事を辞め、家も売り払って身軽になると犯人探しを初めた。


が、素人に出来る事はたかが知れてるのに気づき、探偵事務所に入る事にした。


色んなノウハウを叩き込まれ、独自の調査もしたがなかなか犯人にはたどり着けない。


それから3年が経った。


俺は美和の墓に参り

「必ず犯人を見つけて美和の無念を晴らす」と約束した。


「それより幸せになる努力をして」と言う声が聞こえてきたが、今はそんな事は考えられなかった。



捜査本部は既に解散され捜査は縮小されていた。


もうお宮入りの事件になりつつある。


そんな時、マサと出会った。


マサは情報のプロとして、この業界では有名だったが、自分の気にいった依頼人しか仕事を受けない偏屈な男だ。


ある大きな調査の依頼で偶然マサと組む事があり、その時俺はマサに妙に気に入られた。


俺の境遇に同情したのかも知れない。


しかしマサでさえ美和を殺した犯人の行方は掴めなかった。


全ては警察の初動捜査のミスが原因だ。







そして、美和が殺害されて20年が経ってしまった。


今また俺のせいで殺されかけてる女がいる。


もう同じ想いはしたくない。


必ず明日香を助けだす。



倉庫に着く。


雨は激しくなっている。


倉庫の中に入る。


明日香は椅子座らされ、縛られていた。


あの時のユウジと同じように。


「マスター、ごめんね」と明日香が言った。


「おう、直ぐに助けてやるから」と俺は明日香が安心するように言ってやった。


横には『奴』と2人の男がいた。


「待っていたぜ。ようやくお前を殺せる日が来たよ」


『奴』が言った。


「どうかな? 少し人数が足り無いのじゃないのか?」


俺が答える。


「お前が元ボクサーだという事は知ってる。だから現役のボクサーを連れて来てやったぜ」


成る程、『奴』の余裕の態度が理解出来た。


男達を見る。


赤いシャツの男と青いシャツの男。


二人とも良い身体をしてる。


ミドル級だ。


俺より2階級上か。


「あの時お前に殴られた事はムショに居る間忘れた事はなかったぜ。出たら必ず殺してやろうと決めてた」


「ほぅそれほど想われてたとは嬉しいね」


「ふざけた奴だ。おい」と『奴』が一人目の青シャツの男に声をかけた。


青シャツは

「老いぼれ。覚悟は出来たか?」と言いながら俺の前に出て来る。


「現役とポンコツの差を見せてやるよ」とほざいてやがる。


「お手柔らかに」と俺が言ったと同時に青シャツが右のジャブをダブルで打ってきた。


俺はスウェイでかわすと右に踏み込み、脇腹にボディアッパーを入れた。


手応えはあったがやはり階級差があるのであまり効いていなさそうだ。


「軽いパンチだ。それでは俺を倒せないぞ」と余裕の表情だ。


『奴』も笑ってやがる。


青シャツは余裕が出来たのか無防備に右ストレートを打ってきたのでカウンターで頭突きをおもいっきり入れた。


鼻の折れた感触があり、青シャツは鼻血を大量に流してゆっくり倒れていった。


「卑怯だぞ」と『奴』が言った。


「ボクシングするとは言って無いぜ」と俺はニヤリと笑ってやった。


「くそっ、次行け」


二人目の赤シャツが出て来て青シャツを見ると

「馬鹿が油断しやがって」と唾を吐いた。


赤シャツは俺を睨み

「俺はこいつのようにはいかないよ」と言った。


慎重にボクシングスタイルに構えて距離を詰めてくる。


青シャツよりはやりそうだ。


赤シャツは自分の距離まで近ずくと鋭いジャブを入れてきた。


微かに肌に触れた。


重そうなパンチだ。


思ったより早い。


俺は少し距離を取る。


相手が一気に間合いを詰めて右フックを入れてきた。


俺は避けきれず軽く顔にもらってしまった。


重いパンチだ。


唇が切れた。


少しぐらついたがたいした事はない。


赤シャツがニヤと笑い


「どうした、かかって来いよ。びびってるのか?」と嘲笑う。


俺はもう一度距離を取る。


再び赤シャツが距離を詰めてくる。


右フックが襲って来た。


当たる瞬間、俺は腰を落とし両足にタックルした。


相手はもんどり打って倒れた。


後頭部を強打したのか動かない。


赤シャツは完全に気を失っていた。


その時

「マスター、危ない」と明日香の声が聞こえた。


『奴』が金属バットを振りあげている。


俺は間一髪で避けた積りだったが左足に衝撃が走った。


俺は何とか立ち上がって『奴』に

「さあどうする? 後はお前だけだぜ」と言った。


『奴』は憤怒の塊となっていた。


『その足ではもう動けないだろ。息の根を止めてやる』


金属バットを振って遮二無二に向かってくる。


「死ねーーー」と言いながらバットを振り上げた。


なんとか動こうとしたが左足が動かない。


「殺られる」と思った時に何かが『奴』に体当たりした。


『奴』の動きが止まった。


『奴』の腹に包丁が刺さっていた。


『奴』は口から血を吐いた。


そして前のめりに崩れ落ちた。


「明美の仇じゃ。思い知れ」


そこには明美の祖父が手を血塗れにして立っていた。


明日香が悲鳴をあげた。




俺は倒れそうな老人を支え足を引きずりながら明日香の元に行き、老人を座らせると、明日香の縄を解いてやった。


老人は泣いていた。


明日香も少し涙ぐみながら

「マスター、ありがとう。足、大丈夫?」と言って抱きついてきた。

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