第7話 雨の殺人者

入院から1ヶ月経って漸く退院出来た。


左手の骨折だけでなく、年齢のせいか体のあちこちが弱ってたみたいで、検査漬けの日々が続いた。


もちろん左手のリハビリも根気良くこなし、何とか左手は元通り動くようになった。


まだ筋肉は落ちたままだが。


結局明日香は皆勤賞を獲得した。


これだけ世話になったら、やっぱり何かお礼しなければならないだろうが少し気が重い。


明日香の事は嫌いではない。


むしろ好きなんだが、苦手なのだ。


明日香の前では何か調子が狂う。


俺が俺で無くなるのを怖がっているのかも知れない。


まぁそんな事はどうでも良い。




『奴』はあれから現れない。


警察も『奴』の行方を掴めていない。


退院して数日すると武田刑事が俺のマンションを訪ねて来た。


武田刑事のスーツは濡れていた。


雨が昨夜から降り続いている。


「退院おめでとうございます。元気そうで何よりです」


「で、『奴』の行方は?」と、俺が聞くと


「それが何処へ行ったのかさっぱり分かりません。ご存知なら教えて頂きたい」


「警察が分からないのに俺に分かる訳ないでしょ」


「いやいや、貴方にはマサさんという相棒がいらっしゃるじゃないですか。あの方の情報収集力は我々を上回ると聞いてますよ」


「何を言ってる。天下の警察がそんな情けない事でどうする。あなたはもう少し使える刑事だと思っていたのに見損なったよ」


「確かに情けない話しですが、我々は何としても『奴』を逮捕したいんです。何とか協力願えないでしようか?」


「断る」と俺はきっぱり言った。


「そうですか。それは残念です。まあ、あなたが警察を憎む気持ちも分かりますが」


俺は怒気の含んだ声で

「それは妻の事件の事を言っているのか?」と、言った。


20年前、妻が殺された


犯人はまだ捕まっていない。


俺が探偵になった理由だ。


武田刑事はじっと俺を見つめていたが、それには答えず

「では、この男は知ってますよね?」と一枚の写真を見せた。


ユウジだった。


「こいつが何か?」


「今朝、死体で発見されました。犯人は『奴』である可能性が高いと思われます」


『奴』がユウジを? どうゆう事だ?


『奴』はユウジの恋人じゃ無いのか?


「それで我々も必死でして。今日の所は失礼しますが、何か情報がありましたら連絡ください」と言って武田刑事は帰って行った。


俺は直ぐにマサに連絡を入れた。


「ユウジが殺されたのは知ってるよな?」


「ああ、犯人は『奴』だ。ユウジは『奴』がムショに入ってる間に別の男が出来てた。それを知って『奴』は怒り狂ったらしい。酷い殺され方だったらしいよ」


「成る程。で、行方は掴めたか」


「前にも言ったが『奴』は組織の本部に匿われている。俺達だけじゃ到底太刀打ち出来ない。『奴』は外出時も何人かの男達に守られて行動してるし、滅多には出て来ない。どうする? 拳ちゃん」


「『奴』にそれほどの価値があるとは思え無いんだか、何故組織は奴を守るんだ?」


「それが分からないんだ。今探ってるからもう少し待っててくれ」


「そうか。頼りにしてるよ。マサ」と言って電話を切った。


焦る必要は無い。


俺は待って居れば良い。


奴は必ずまた俺を襲って来るだろう。


その時に決着を着ければ良いと思っていたが甘かった。


次の日、『奴』から電話がかかってきた。


「お前の可愛い嫁さんを預かった。返して欲しければ町外れの倉庫まで直ぐに一人で来な。早く来ないとこの女がどうなっても知らないぞ」


「嫁? 俺に嫁などいないが」


「マスター。助けて」


それは明日香の声だった。


「早く来いよ。殺してやるから」と言って『奴』は電話を切った。


俺は直ぐに車に飛び乗り、倉庫に向かう。


自分の甘さを憎んでいた。


明日香は毎日俺を見舞いに来てた。


『奴』から見れば特別な関係に思うのは当然だ。


俺は自分の馬鹿さ加減を悔やんだが、直ぐに冷静さを取り戻した。


「二度も過ちは繰り返さない。明日香を殺させはしない」


雨は相変わらず降り続いていた。

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