第14話
「まずは燕からだ! 刀を抜け!」
紅蓮の鍛錬方法はいたってシンプルだ。どちらかが膝をつくまで真剣を使った打ち合いをするだけ。しかし、それがきつい。何と言っても相手はあの紅蓮だからだ。
「え、えぇボク前にやったばかり……」
「なんか言ったか?」
「何でもありません! よろしくお願いします!」
番付きであっても紅蓮に刃向かう事はできない。なぜなら紅蓮は本来であれば椿と同様に番付きの1番の素質があるからだ。しかし、番付きは人間性とその強さが両立している必要がある。つまり、いくら強くても戦闘狂は番付きにはなれない。言うまでもなく、紅蓮が番付きになれないのは上からの圧力もあってのことだろう。
「そうだな。オレも鬼じゃない。オレに一撃、と言うより少しでも切り傷を与えれたら合格だ。いいな?」
これを一般人が聞いたら簡単ではないか、と思うかもしれない。しかし、実際のところは不可能に近いといってもいいだろう。
まだ立ち会った事のない幸光でさえ、紅蓮の強さがわかっている。
「それでは、始めェッ!」
その掛け声とともに最初に動いていたのは燕だった。
幸光が燕を確認できたのは静止した後だった。燕の動きは最速。その燕の速さに幸光は霧鳴の姿を重ねた。燕の瞬間の速さは最強と謳われた霧鳴に匹敵するのだ。
あまりの速さに燕の刀の形状に気づかなかったが、よく見るとその刀は少々おかしな形をしていた。まるで西洋の刺突武器のような形状をしていた。
「幸光、あれが刀左さんの言っていた奇殺刀だ。燕の使う刀は《羅貫万象》といい、刺突攻撃に特化した刀だ。羅貫万象と燕の戦い方は相性が最高なのだろうな」
雪花の言う通り、燕と羅貫万象は最高の相性だ。あの最速の動きで繰り出される刺突を回避するのは難しいだろう。したがって、紅蓮の取った行動はある意味最適といえる。
「燕、やはり刃が付いていないと弱いんじゃないか?」
紅蓮は羅貫万象を素手で止めた。羅貫万象は刀のような刃がない。それは、刺突をメインとして戦うからだ。紅蓮はその特性を理解し、刀の刀身にあたる位置を素手で握りしめて止めたのだ。
「うわぁ、出ましたよびっくり人間……。今の刺突を素手で止めるってボク怖いんだけど」
「まだまだだな」
紅蓮は握りしめた羅貫万象を引っ張り、燕の体勢が崩れた隙をついて燕を殴り飛ばした。
燕は雪花の作った雪の壁がクッションとなり大事に至ることはなかったが、気を失ってしまった。
燕は決して弱くはない。ただ単純に紅蓮の格が違いすぎるのだ。
「次、雪花!」
「紅蓮さんとの手合わせならば本気でやらないと命に関わりますね」
周囲の気温がグッと下がった。
雪花を中心として冷気が辺りを覆っていった。その万象力は強力なもので、すでに木々が凍り始めていた。
「いつ見てもその万象力は強力だな。実はオレも少しそれ練習してみたんだよ」
「え?」
驚くのも無理はない。万象力は練習して手に入れれるような代物ではない。その実態も明確ではない万象力をを練習して習得など普通できるわけがないのだ。
普通ならば、だ。
「そうだな……確か、こうだ」
紅蓮は手のひらを雪花に向けた。
「《日輪》」
その瞬間、周囲の温度が跳ね上がった。雪花の万象力によって凍っていた木は燃え上がり、炭になり、消滅した。
紅蓮の手を中心に、奇怪な円形の文様が浮かび上がっている。それが構築されるごとに周囲の温度が上がり続けている。その文様が完成した瞬間、光が放射された。それは雪花をかすめて、一直線に放たれた。
「やはりまだ狙いが正確じゃないな。もっと鍛錬が必要なようだ」
その光の正体は超高密度の熱、炎だった。
もしあれが雪花に当たっていたら命はなかっただろう。しかし、雪花は紅蓮の技に驚きはしたが、大した回避行動は取らなかった。取れなかったのではなく、取らなかった。
「負けです。こんな技を見せられて戦意を保っていられるほど妾も強い精神を持ってるわけではありませんからね」
「ふん、相変わらず嫌な奴だ。まだ余裕があることくらいオレが見抜けないとでも思っているのか?」
「何のことですか? それよりも、今の技を見て、目を輝かせている者がいるので代わってもいいですよね」
あの人間離れした技を目の当たりにしても戦意を失わず、それどころか期待に胸を踊らせる者がいた。
天羽 幸光。彼もまた、正常とは言い難い人間だった。
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