第12話

「やぁ、そろそろ来る頃だと思っていたよ天羽くん」


「貴女は自分に刀を当てた方ですね」


 彼女の名前は柔凪やわなぎ 燕つばめ。4番の闇祓いだ。

 燕は番付きだが解刀屋を営んでいる。燕が担当しているのは狭い管轄地域で闇憑きが現れた時だけ出動する。

 燕は番付きの中で最速の斬撃を繰り出す。瞬間の速さであれば雪花をも超えるだろう。


 燕が幸光に刀を当てたのは理由があった。

 あの時、燕は確実に殺す気でいた。燕の両親は幼い頃に闇憑きによって殺された。その光景を目の当たりにした燕はその日以来、闇憑きを誰よりも憎んでいた。闇憑きの子である幸光は燕にとって闇憑きと同じ認識だった。あの時、雪花が止めていなければ間違いなく幸光の首は飛んでいただろう。

 燕は幸光を、闇憑きの子供として生まれた幸光を憎んでいる。


「あははっ、あの時雪花様が止めていなかったら今頃君は死んでいたのにねー」


「燕、理解しろとは言わない。しかし、幸光に罪があるわけではないことはお前自身もわかっているだろう?」


「罪の有無はボクにとって関係ないですよ雪花様。今重要なのは彼が闇憑きから生まれた子って言う事です」


 燕はいつも笑顔だ。決して笑顔を絶やすことはない。しかし、その笑顔の裏には殺意が込められていた。


「自分には父上から課せられた課題があります。それを終わらせるまでは死ぬことができません。ですが、それが終わってからならこの命を差し出しましょう。それで本当に貴女が救われるのなら」


「天羽くん、キミはずいぶんと変わっているね。ボクはキミを殺したい。けど殺すは訳にはいかないんだ。キミを殺すと悲しむ人がいるからね。どんなに殺したくても想う人がいるなら殺さない。それが闇憑きであっても、闇憑きに成り果てても愛する人がいるならボクはそれを殺さないだろう。ボクはキミが憎い。けれど殺さない」


 燕の笑顔は一瞬変わった。笑顔から慈悲へと変わった。慕う人を奪われる気持ちは燕が1番理解している。


「そんな事よりここに来たということは自分の刀を見つけたんだよね。それじゃ、早速始めようか」


 燕は幸光の指に針を刺し、そこから流れた血を一滴、幸光の持つ刀に落とした。


「想像して。キミがなりたい姿に。何をしたいか。何をすべきか。キミの想う心が刀を変えるんだ」


 刀は人の想いに応える。生命を宿していると言っても過言ではないだろう。


 幸光は考える。

 なりたい姿ーーそれは父のように強く、大きな人間へ。

 何をしたいかーー強くなるために鍛錬を積みたい。

 何をすべきかーー闇に苦しむ人々を救う。


 幸光には欲というものがほぼ存在していない。しかし、これも一種の欲なのだろう。幸光の想い描いたのは、人を救うこと。闇憑きであろうと救うことだ。



「雪花様。彼は何者なんです?」


「霧鳴の息子、という以外は何もわかっていない」


 雪花と燕は幸光から一歩離れた。

 幸光は今、自分が何をすべきか刀と語り合っていた。はるか古代の剣豪は瞑想しているものを具現化することができたと言う。今、それがまさに目の前で起きている。


「具現想……。まさかそれを会得しているものがいるとは……」


「それより雪花様。彼のアレ(・・)はなんだと思います?」


 それは曖昧なものだった。

 闇憑きと思われる化け物と一本の刀。それが幸光の具現想によって作り出されていた。そしてその刀が化け物を切り裂いた。その瞬間、化け物から深く暗い闇は刀に溶け込み、闇憑きであったものから人が現れた。


「あれが幸光の理想なんだろう。幸光は人を救いたいと言った。たとえ相手が闇憑きであろうとそれは同じことで、それを救いたいと願った。故にその想いが具現化したのだろう」


「そんな事できるわけがない」


「そういう問題ではないだろう。あれは幸光が成し遂げたいことなんだ。妾たちにそれを邪魔する筋合いはない。違うか?」


「それは………」


「解刀が始まるぞ」


 周囲の空気が一気に上がった。まるで灼熱がすぐそばに迫っているかのような熱さだ。しかし、その灼熱は燃える炎のような色ではなかった。まるで、闇憑きに纏わりつく闇だ。黒い……漆黒の灼熱は吸い込まれるように刀へと吸収された。


「あの刀は……文献で読んだことがある。でも何であれが……あれは誰にも渡さないように頼んだはずなのに……」


 闇のように黒い刀身に刻まれた灼熱。幸光が持つ刀は《灼淵・闇鳴》。その刀は存在してはならない刀。唯一闇から人を救う術であり、持ち手を殺す刀。そしてその刀の所有者は霧鳴の妻であり、幸光の母である椿ものだった。

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