遺言


『ありさっ!!』


まだ意識がしっかりしていない親友の上半身を抱く。大事なものをいたわるように優しく。


守るためとはいえ、気絶させてしまったのだ。あんずの性格が表れた瞬間といえよう。


『あれっ・・あんず?』


ありさの朦朧とした意識が徐々にはっきりしてくる。目の前にはよく知る親友の顔。ありさの脳内で分析が始まる。状況確認である。


(・・勉強会・・トイレ・・暗闇・・警官・・首・・ぐっ・・見えない獣・・何者かの声・・黒い影・・友達・・あんず・・衝撃っ!!!)


『あんずっ!!怪物は!?大丈夫なのっ!!?』


いきなり声を張り上げる親友の姿にあんずは一瞬驚いたが、それからありさの心の内を汲み取ると、分かりやすいように今までの出来事を説明する。それは赤ん坊や子供に話すように慈愛に満ちていた。


『大丈夫だよありさ、おちついて・・大丈夫だからね』

『・・うん』


(なんだろう・・安心できる・・なんかあんずお母さんみたいだな)


『えっと、危険なのは終わったよ・・助かったんだよ私たち』

『・・えっ・・たすかったの?』


一番望んでいた言葉を聞きありさは涙腺が緩くなるのを感じる。そして目の前の親友の無事を確認することができ、いつの間にかその親友に抱きついていた。


『あんずが無事でよかったよぉ、あんずっ!あんずっ!!』


ありさは大切な人の感触を確かめる。何度も何度もその名前を呼びながら。


『うん。ありがとう・・ぐす』


暗闇で抱き合う二人の少女が流す涙は、月明かりでキラキラと輝き光の粒をつくりだす。それはダイヤモンドの輝きを連想させた。


・・ありさはあんずの首にまわしていた腕をほどくと、いつもの明るい表情に戻り感謝の気持ちを口にする。


『あんずが助けてくれたんだよねっ!ありがとう!!・・でもすごいじゃん、あんずってばあんな怪物を倒しちゃうんだもん・・すごいっ、すごいっ!!』


『・・ありさっ』


まくし立てるよう、矢継ぎ早に言葉を紡ぐありさ。命の危険を免れた解放感からか、いささか興奮気味だ。話の切れ目がきたところであんずが口を挟んだ。


『ん、なにっ、あんず?』

『あのね・・私も助けられたんだ。・・だんごの人に』

『・・えっ、だんご?・・その人って何?』

『・・ほらっ、あそこにいる人だよって・・えっ』


ありさはあんずの指先が指し示す方に視線をむける。


『・・えっ!?』


確かにそのような人物はいた。だが、謎なのは首のない警官の亡骸の横に立っていることだった。その足元にはきっと大きな血だまりができていることだろう。二人の少女の視線を気配に気づいた男は口を開く。


『おっ、起きたみたいだな・・じゃあ始めるか・・ちゃんとみておけよ』


男はいつもの陽気な口調でそういうと、横たわってる警官の亡骸に手をかざす。チリチリとアスファルトの地面の焼き焦げる音。それはだんだんと大きくなり、赤い炎となって警官の亡骸を包み込む。


『・・いや・・いやああああああっ!!』


人の肉が焼き爛れる音、骨が軋み焦げる音。臓器が蒸気になっていく音。・・だがありさはその事に恐怖したわけではなかった。


・・自分の身近だった人間が小さくなって目の前から消えていくことに寂しさを覚えたのだ。


『・・いや・・いやぁ・・こんな・・ひどいよ』


あんずには親友の言葉の痛みがよくわかったが男の造りだした炎に何かの違和感を感じていた


(なんだろう・・あの炎を見ているとあったかい気持ちになれる・・さっきとは違う感じ・・これが弔うってことなのかな・・)


・・やがてその警官の亡骸は完全に消えてなくなる。


『あ・・ああ・・そんな』


悲しみに身を震わせ打ちひしがれるありさ。


・・頭の中に聞き覚えのある声が響いてくる。


(悲しむ必要なんてない)

(・・えっ!?)


今、目の前で消え遠い世界に旅立ったであろう警官の声だった。ありさは戸惑う。


(心優しいお嬢ちゃん・・こんな名前も知らないような私なんかの為に涙を流してくれてありがとう)

(えっ・・警官のおじさん?)

(肉体が消滅して霊体になったことで君の心へ直接話かけている。)

(ええっ!?そんなことができるんですか?)

(・・私にもよくわからないのだが、どうやらそういうことらしい。)

(あはは・・なんか不思議ですね)


いまのこの状況を非現実的と言わないでなんというのだろうか・・今日一日で起きた様々な出来事がありさの心に変化を与えたのだろう。


このような有り得ないことも平気で受けいられる器のようなものが新たにできたのだ。


(ははっ、それは私も同感だ・・話は変わるがあの少年のことは恨まないでやってほしい。私が頼んでしてもらった事だ)

(・・えっ)

(・・辛い思いをさせてすまなかった。だが君には見ていてほしかった・・人の人生が終わるその瞬間を・・すまない)

(・・どうして・・ですか?)

(それをこれから君に話したい・・すこし長くなるが聞いてくれるか?)

(・・はい)


(ありがとう・・こう見えて私は、署の中では一番の二丁拳銃の使い手でね。色々な事件を解決してきたものだよ)

(・・すごい・・かっこいい)

(ははっ、ありがとう・・だがある日さっきの悪魔が私の前に現れた。先程と同じようにサイレントという名の魔狼を引き連れて・・確か『お前の魂を頂きにきた』


とか言っていたな。自慢ではないが動体視力のずば抜けていた私は簡単にサイレント達を撃退することが出来たのだが、あの悪魔には弾丸が全く効かなかった。


何か見えない壁でもあるかのように弾は止まり地面に落ちて言ったんだ。情けなくも恐怖を覚えた私はその場から逃げ出した。


・・ひとつ聞きたい・・君は力を持ちたいかい?悪魔と戦えることを望むかい?)


(・・えっ・・よくわかんない・・悪魔なんかと戦うのは怖い・・でも、こんな悲しい思いをするのはもっと・・いやだよ。自分に力があればって思う・・)


(それだけで十分だ。君は強い心を持っている。思っていた通りだ。先ほどの話でわかってくれたとは思うが、悪魔に対抗するには選ばれた人間でなくては駄目だ。


私は幸運にも人を越えた動体視力を持っている後、武器もだ。この武器は私を助けてくれた老人がくれたもの。二丁の拳銃で聖なる弾を打ち出す事ができる。


名前は邪滅聖魂・・私には使いこなせることができなかったが、君になら使いこなせるはずだ)


(・・邪滅聖魂・・すごっ、強そう)


(私の持っていた動体視力と武器。そして、君の持つ強い意思の力で力を持たない他の人間達を守ってやってほしい・・


私はもう歳をとりすぎた。・・これで心おきなく引退させてもらうことができる)


(おじさんっ!!)

(私の都合で君に迷惑をかける・・許してくれ)

(・・そんなっ、大丈夫、きっとその期待に応えてみせるよ・・だから先生・・長い間お疲れさまでしたっ!!)


これがありさという少女の強さだろう。どんなに自分が辛く、悲しくても相手が望むことを受けいられる強い意思。そして覚悟。16歳の少女にとっては重すぎるほどの定め。それを感じとった警官の声が震える。


(はははっ、ありが・・とう・・ほんとうに・・ありがとう・・)

(もうっ、先生ったら、もう大人なのに泣きすぎだよ)

(あ・・ああ・・すまない・・頼んだぞっ!!)

(はいっ!!)


絶望の夜が結んだ師弟の絆、それは忘れられることはないだろう。永遠に。


『・・さ・・ありさ』


ありさの頭の中に響く儚くも優しい声

。ゆっくりと視界が開ける。


『あれ・・あんず?』

『・・よかった・・いきなり反応しなくなったから心配したよ』

『・・うん、ごめんあんず』

『・・あの警官の人のこと・・とても悲しかったんだね・・大切な人だったんだ』

『・・うん、あはは、先生だからね!!』


沈んでいると思っていた親友の元気な声にあんずは驚きを隠せないようだ。先生の意味もわからず首を傾げている。


それは無理もない。ありさの心の中で行われていた会話など、知るはずもないだろう。その様子に気づいたありさは事情を説明すべく口を開く。


『あのね・・なんて言えばいいのかな・・夢?の中で警官のおじさんの思念体・・でいいのかな・・と会話したんだ・・ふふっ、信じられないでしょ?』


ありさはすこしおどけた様子で言う。それを真面目な表情で聞くあんず。


『ううん・・信じないわけないよありさ』


その真剣な眼差しを向けられ、親友のことを信じられなかった自分に恥じるありさ。気をとりなおして説明を続けた。


『・・なんかありさらしい・・普通は引き受けないよそんなこと・・わたしなら絶対に無理だよ。』

『そっかなぁ・・でもさ二丁拳銃使えるなんてかっこよくない?』


目をキラキラさせながら話すありさの姿をみて黒い影の言っていた。特性変異人である自分を気にしていたのが馬鹿馬鹿しくなる。


(ほんと・・ありさのあの笑顔に何度助けられたかわかんないな・・ありがとう、感謝してます)


『どうしたの?』

『・・ううん、なんでもない』


笑顔であいずちを打つあんず。


『ところでさぁ・・さっきの男の人はどうしたの?・・だんごちゃんだっけ?』

『もう、帰ったよこれおいて』


ありさはあんずの差し出した紙切れを手にとってみる。


『これ・・もしかして地図?』

『うん、多分ここから町に帰るための順序だと思う』

『ふぅん・・こんなこといっちゃ悪いけど、字汚いね』

『・・うん・・がんばれば読めそうだけど』


二人は苦笑する。


『まっ、いいや。あんず帰ろっ!!』

『うんっ!!』


悪夢のような時が過ぎ、先程までは聞こえなかった虫達の声があたり一面に奏でている。それは月明かりに照らされ幻想的に。


fin

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beyond the soul ~魂の彼方へ~ グレオネ @glays

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