第一話 お嬢様とそれを囲みしみんな
俺たちは学校に着いた。今日も元気いっぱいの学生たちがこの中学校へ登校してきている。
「おはよー雪作美麗ー」
「おはー」
「おはよう」
げた箱で会ったのは
美麗みたいに物事をはっきり言うタイプだが、なんというか潔いというか、頼れる姉御的というか。でも筆箱とか鉛筆とかが女の子向けキャラクター満載という一面も持っている。それについて本人は『だってかわいいじゃん』で一蹴。
「美麗って家すごいって聞いたけど、やっぱり夏はパーティでもしてるのかい?」
「ええ、でもお父さんやお母さんの知り合いを集めたパーティだけど」
俺たちは靴を上靴に履き替えて廊下を歩き出した。みんなそれぞれゴムのところに直筆の名前入り。古河原美麗の字かっこよすぎ。
「おいしいもんたくさん食べられそうだねぇっ」
「わたくしもよく手伝わされるわ」
「へー美麗料理もできるんだ。食べてみたいねー」
「指示されたことを手伝っているだけよ」
そういや美麗からおじさんおばさんを手伝ってます情報はたまに聞くな。
「雪作は食べたことあんのかい? 美麗の手料理」
「えーと、弁当とかであるかな」
「美麗って雪作に手作り弁当作ってあげてんの!?」
「小学校の運動会とかでお母さんと一緒に作っただけよ」
俺らの小学校の運動会は、保護者がレジャーシート広げて運動場の回りの各地に陣地構えるタイプだからな。
「なんだそういうことかっ。どう? おいしかったかい?」
「うぇ、味? んー、まぁおいしかったかな。てか毎年めちゃくちゃ食べてた気がするが」
「他人の家のお弁当を食べすぎよ」
「だって遠慮すんなっつーからさ!」
そんなこともあったなー。美麗とはほんと昔っからあれやこれややってきたもんだ。
「仲いいねーまったくー。二人は高校行っても吹奏楽続けんの?」
おお、高校。そうだ俺来年高校なんだよな。
「わたくしは続けるつもりよ」
「お、そうなのか?」
「ええ。お父さんもお母さんもそれがいいと言っているわ」
「まーたおじさんおばさんかよー」
絶大なる影響力の持ち主、おじさんおばさん。
「雪は続けるのかしら」
「俺はー……んまぁ、美麗が続けるんなら、俺も続けよっかな」
「なんだい、雪作も美麗が美麗がーじゃないか」
「お、俺はそもそも楽器触れるくらいしか取り柄ねぇんだから、なっ」
「まぁあたしもバスケット続けるつもりなんだけどねぇ。お互い夏の大会頑張るとしようじゃないかっ」
「いでっ! うぉいっ」
なぜか俺の背中にだけべちーんと手でたたいてきた愛玖。教室に着いたので手を上げて自分の席に向かっていった。
「よぉ!」
「今日も二人そろってだな」
「おはー」
「おはよう」
教室の後ろにあるロッカー近くでしゃべってる男子二人組は
平太は俺より少し身長が高いややツンツン気味の髪のサッカー部。
いわゆるお調子者枠だが、サッカーの腕前はなかなからしくて試合にもよく出てるらしい。吹奏楽部にサッカー応援もあればその勇姿を見られたんだろうけど。
靖斗はさっきの愛玖よりも身長が高くて、男子の中でもなかなか高い方だ。髪型はただの一般男子。硬式テニス部所属。
成績がよく、これまたしっかり者タイプだが、嫌味とかは言わないいいやつ。まぁそもそも嫌味を言うやつが周りにだれもいないんだが。
実はこの靖斗……美麗のことがちょっと好きらしい。この情報は俺・平太・靖斗のよくしゃべる組三人の間でしか知られてない機密情報であるっ。
(つーかだれだれが好きとかそんなん靖斗からしゃべられたこと以外まったく経験ないんですけどー!?)
だれかを好きになるってのはどんなことなんだろうか。本人は『毎日その人のことを考えてしまう状態』とか言っていたが……。
(毎日美麗のことを考えてしまう状態、ねぇ……)
俺が古河原家の隣に住んでるっていう情報は意外と学校内で知られておらず、それを知ってる数少ない一人とも言える。てこともあってか俺から美麗情報をよく聞き出そうとしてくる。最近は減ってきたが。
とか言いながら、俺が美麗と毎日一緒に登下校していることは学校内で知られまくってるんだが。
「古河原っ」
靖斗が美麗に声をかけた。
「なに?」
「テスト終わったから、夏休みだな」
「ええ」
「夏、どこか行く予定とかあるのか?」
「家族で海に行くくらいかしら。それ以外だと、お父さんとお母さんが呼ばれているパーティについていくとか、習い事があるくらいかしら」
「い、忙しそうだな」
「ええ。それがどうしたのかしら」
美麗はだれ相手でもぴしっとしている。
「古河原……も、もしひまができたら、僕と……あ、遊んでくれないかっ」
おおっ、靖斗が一歩踏み込んだ!
(果たして、美麗のお答えは!)
「わかったわ」
(おぉ~)
「ほ、本当か!」
「ええ。次の日曜日なら空いているけど、その日でどうかしら」
「あ、ああ! その日は僕も空いている! じゃあ僕はどうしたらいい?」
「家を教えてくれたら向かうわ」
「わわわかった! えっとだね、学校がここだとすると……」
靖斗の席は後ろの方だったので、自分の机で筆箱取り出して学生手帳にあれこれ書いて説明している。
「おいおいおい雪作! 古河原あっさり引き受けたぞ!」
「お、俺に言われてもっ。でも靖斗が美麗のことをごにょごにょって聞いてから結構時間かかったな」
「ああ。ったく最初っからこうやって聞きゃいーのによー、結局中三になっちまったじゃねーかっ」
靖斗が俺と平太にあのことしゃべったのは中一だったな。
(俺なんて中一でも中三の今でも恋愛とか考えたことねーなぁ……)
ん? 俺は後ろから右肩をとんとんされたので振り向い
(うにゅ)
とぁ。
「……
「んっ!」
「おっすー」
「んっ! じゃねーよ! 朝っぱらから不意打ち仕掛けてきやがって!」
俺の右ほっぺたにぶすりと指トラップを仕掛けてきたこいつは
いつも声のトーンが一定気味で若干片言っぽいながらに、実はいたずらっ子というめちゃくちゃなやつ。男女構わずいたずらしまくる。くっ、わかっていながらも罠に掛かってしまう俺……。
ところでこの乃々。何部だと思う? 正解はどぅるるるるるじゃん。剣道部でした。よく知らんが身長差とか大丈夫なんか? てか防具の重みでつぶれそゲフゴホ。
「なぁ稲波。お前に聞きたいことがあったんだよ」
「ん?」
平太が乃々に質問てか乃々身長低いんだからその腕疲れるだろ! いつまでぷにってんだ!
「お前さぁ。好きな男子とかいんの?」
「ぶっ」
平太が何を聞くかと思ったら!
「いる」
「いんのかよ!?」
これには俺も平太も乃々にずいっと寄った。あ、指大丈夫だったか?
「だれだよだれだよなあっ」
「ん」
「ん?」
乃々が顔を向けた先にいるのは……
「……まさか靖斗か!?」
乃々はしっかりはっきりとうなずいた。
平太が右手で目の辺りを覆って少し下を向いている。わかる、その気持ち。
「の、乃々はさ。靖斗のどんなとこがいいんだ?」
俺恋愛話とか慣れてねぇんですけど。
「からかいがいがある。からかっても笑ってくれる。身長高い。テストも点数いい。身長高い。球技できるのすごい。身長高い」
「推すなぁ身長」
一体何cm差になるんだよ。
「おいおいでも今古河原としゃべってるぜ? 稲波ぼーっとしてっと靖斗が古河原とくっついちまうぞ?」
(美麗が靖斗とくっつく、ねぇ……)
「……恋のライバル?」
「そーだ恋のライバルだ! 靖斗のことが好きならこの夏勝負をかけろっ!」
「……勝負!」
あ、乃々は俺のほっぺたぷにを終えて靖斗のところへ向かった。腕ぐいぐいしてる。
「こいつぁおもしろくなってきたぜ……なぁ雪作ぅ!」
「お、おもしろい、のか?」
さっきの目付近に当てた手のあれは悲しみとかじゃなかったんかーい。
にしても乃々は靖斗のことが好きで、靖斗は美麗のことが好き、か。
(美麗もだれか好きなやつがいんのか? なーんてな……)
「つーかおもしろがってる平太は、だれか好きな女子とかいんのかよ」
「オレか!? オレも古河原狙っちまおうかなー!?」
「おいおい……」
冗談なのか本気なのか。
「はっはっは! オレは絶賛彼女募集中~! 雪作は?」
「俺? いねーなぁ」
「なんだいねぇのか。古河原の家の隣なんだろ? 古河原のことどうなんだよおらおら!」
「どうって、なぁ……美麗こそ恋愛に興味なさそうだし、そういうのはお互いが……さ?」
「んだよ雪作~、そんなんじゃほんとに好きなやつができたときにはもう手遅れっとかなってっかもしれねーぜー?」
「ずいぶん恋愛に詳しいな平太」
「フフン。ゴールネットを揺らすにゃ蹴らなきゃ始まらねぇからな!」
ここでサッカーネタを挟んできた。
「おはよう~」
「おいっすー」
「おはー」
香月がやってきた。
「なんだか、あそこにぎやかだね?」
乃々と靖斗と美麗が……キャッキャ? している。
「ま、いろいろあってな! そーだ能瀬。お前好きな男子とかいんのか?」
(見境ねーな!)
「ええっ!? きゅ、急になに聞いてくるのっ?」
「お? その反応ってことは、だれかいるってことかぁー?」
「いいいないいない! そんなのいないよ!」
(密かにメモメモ)
「じゃあオレと付き合おっか!」
「えええ!? む、無理だよぉ田内くんとはっ」
「がーん」
「ご、ごめんねっ。でもこれ冗談だよね? じゃあねっ」
香月は自分の席に向かった。
「ってさ、平太」
「ちっ、能瀬もだめだったかー」
おい『も』ってなんだ『も』って。
「さーてオレも戻ろっと。あー雪作夏休み入ったら時々電話すっから遊ぼーぜー」
「お、おー」
平太も戻ってった。靖斗と乃々も美麗のところから離れたようだ。乃々は靖斗にくっついてるが。
(んー……)
「美麗っ」
「なに?」
「いや、まぁ、なんつーかさ……」
つい勢いで声をかけてしまったが……。
(き、聞けるわけないよな。好きな男子がいるとか)
「日曜靖斗と遊ぶことになったんだよな。何して遊ぶんだ?」
「ショッピングセンターへ行って、その後映画を観ることになったわ」
「け、結構本格的だな」
(こりゃ靖斗本気だな)
「雪も一緒に行きたいのかしら」
「いいやいや、じゃまするのも悪いし。靖斗は結構美麗と遊びたがってたみたいだしな」
「いつからかしら」
「うぇっと……中一くらいから、かな?」
「そんなにも前から? なぜもっと早く言わなかったのかしら」
「ま、まぁたぶん美麗習い事満載で忙しそうだから遠慮したとか、そんなんじゃね?」
「そうなのかしら」
「た、たぶんなたぶん」
お、おぅたぶんっ。
「雪もわたくしになにか遠慮をしているのかしら」
「お俺? なんでそこで俺っ」
「なにか言いたいことがあったら遠慮なく言いなさい」
こういうときのこの美麗の目よ……強すぎる。
「い、言いたいこと、か……急に言われても思いつかないけどな……思いつかないってことは、特にないってことなんだろう……か?」
うーん、思い浮かばないなぁ。
「もし言いたいことが浮かんだらきちんと言いなさい。言葉にしてくれないと伝わらないわ」
相変わらず美麗らしいぴしーっとした口調だけど……なんで改めてそんなことを俺に言ったんだろう。
「わ、わかった。日曜、別に俺靖斗の家までの付き添いとか、そこまではいらないよな?」
「お父さんに車で送ってもらうわ」
「おっけ。楽しんでこいよ」
「ええ」
映画、かぁ。俺最後に行ったのいつだっけ。小学六年生とかだっけ? 古河原一家に混ざって行ったなぁ。
朝の会が済むと授業開始。午前の授業が終われば給食の時間だ。この給食の準備時間に美麗がたまに『給食の準備ができました』的な放送をするってわけだ。
給食が終わると昼休み。掃除。で午後の授業で、それが終われば部活だ。これが一日の流れ。
俺は今日も愉快な仲間たちときゃいきゃいしながら学校で一日を過ごした。
平太と盛り上がり、靖斗としゃべり、香月とのほほんし、愛玖の武勇伝を聴き、乃々にちょっかいかけられ、津山の変なポーズを眺め……美麗と一緒に登下校&部活する。
今日も一緒に校門を出た俺と美麗。
(てか。もし靖斗と美麗が付き合うなんてことになったら、一緒に登下校するのは俺じゃなくて靖斗になるんじゃね?)
だよな? そうだよな?
「なぁ美麗」
「なに?」
しゃべりかけるときは俺からが多い。だって俺からしゃべらないと黙ーったままのときがほとんどなんだもんっ。
「もしさ。俺と一緒に登下校するのがなくなったら、どう?」
美麗は鋭い眼差しでこっちを見ている。
「それはどういう意味かしら」
「た、例えばの話だ例えばのっ。ほら、どう?」
美麗の鋭さ変わらず。
「他の人と一緒に登下校しなくてはならないわね」
「んじゃその他のやつが見つかったら、俺別にいなくてもいい系?」
うげ、なんかちょっと鋭さ増してません?
「もし他の人と一緒に登下校することになっても、雪がいないでいいわけないわ」
(え、そういう意味っ?!)
「あーだーえ、えとだな美麗! た、例え話だからさどぅーどぅー」
「雪はわたくしと登下校するのが疲れてきたのかしら」
「んなことあるかーいっ! 気が合う美麗と毎日一緒に学校行き来して楽しいに決まってんだろ?」
ほっ、少し鋭さが和らいだ気がする。
「……この際だから言っておくわ」
「な、なんだ?」
と思ったらやっぱり鋭さは残っている気がする。
「お父さんやお母さんから言われなくても、わたくしは……雪と登校してもいいと思っているわ」
「うぉ、そうなのか?」
「ええ。いい一日のリズムになっていると思うわ」
り、リズム? アスリート的な意味なんだろうか?
「そういやさ……他のやつと一緒に登校したいと思ったこととか、誘われたこととかないのか?」
「他の人と登校したいと思ったことはないわ」
「ねーのかよ!」
ちょっと衝撃。
「登校を誘われたことはないけど、下校なら誘われたことはあるわ」
「そうなのか。の割には一緒に歩いたのは香月か愛玖くらいなイメージしかないんだが」
「一緒に帰る人がいるって言うと、みんなそれで遠慮していくのよ」
「うへ。それ俺やっぱじゃまなやつなんじゃね?」
う、ここで美麗が立ち止まって俺にずいって寄ってきた。
「……雪。今日はなんだか変じゃないかしら」
「は、はぁ? 別にいつもの俺っスけどぉ?」
迫力満点。
「わたくしたちはどれほど前から一緒に遊んできた仲だと思っているのかしら。白状なさい」
ひぃ!
「そ、それとこれとは関係ないというかなんというか」
「なにかあったのなら話しなさい」
「ぐはぁっ」
もともと無謀だったのだ。あの古河原美麗に対抗することなど。
「……で、でも悪ぃ、これはほんと美麗にはしゃべれねぇことだし。なんていうか、口出しできないっていうか、聞くわけにはいかないっていうか」
なんとか精一杯の抵抗をしてみせたっ。
「……わかったわ」
美麗は歩き出した。ので俺も再び美麗の左隣に並ぶ。
(さすがに靖斗のことをぶちまけるのもなぁ……靖斗にそう伝えてくれって言われてるのならいいけどさ)
またしっかりとした美麗の横顔。
俺は……特にセリフが浮かばなかったので、黙ったまま横を歩いた。
それでもやっぱり美麗から「今日もありがとう」を聞いて、俺たちはそれぞれの家に入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます