第一話……のちょっと前  みんなに囲まれしお嬢様

「そいじゃいってくる!」

「いってらっしゃーい」

 長そでカッターシャツ装備を身にまといし俺は今日も朝ごはんをしっかり食べて、母さんに見送られながら玄関を飛び出した。

 そして今日もいた同じく長そでカッターシャツ装備の美麗。リボンもネームプレートも忘れず装備されている。

 ……リボンかネームプレートを忘れた美麗なんて見たことないんだが。

「おはー」

「おはよう。髪が跳ねているわ」

「んなもんほっときゃ直る直る」

 でもちょっと笑ってる。

「それじゃあ行きましょう」

「おぅっ」

 そう。俺は毎日美麗と一緒に下校もしれいれば登校している。


 実はこれにはちょっとした訳があって。

 古河原家っておうちの見た目どおりのお金持ちらしく、かつおじさんもおばさんも心配性なのかなんなのか、子供たちを一人で行き帰りさせるのを心配していて。

 弟の一真は小学生なので通学団があり、紗羽姉ちゃんは近くの友達と一緒に電車に乗って登校してるらしい。で、美麗は隣の家に同級生の幼なじみがいるってんで俺と一緒に登校することに。

 部活も美麗と同じ部活に入ってほしいなーちらっちらっされたのもこれが理由。部活が同じだと朝の練習略して朝練とか大会のときとかも同じ時間で行動することになるから。部活中の様子も把握できるし。

 まぁでも俺は特に部活にこだわりがなかったし(てかそもそも部活ってこと自体にあまりピンと来てなかった)、音楽も嫌いじゃなかったし、よく知ってる美麗と一緒ってのはまったく悪い気しなかったから、すんなり吹奏楽部入っちゃったんだけどな。

 そんな美麗との部活ライフも終わりが近づいてきている。

 夏休みの間に大会があって、その後学校が始まると秋なので今度は体育祭と文化祭がある。俺たちの吹奏楽部はその文化祭がラストステージだ。

 美麗感動して泣きじゃくるとか…………なさそうだな、うん。

「なぁ美麗?」

「なに?」

 相変わらずぴしっとした姿勢のまま顔をこっちに向けてくれた。

「文化祭が終わったら、なんかしたいことはあるか?」

「引退して空いた部活だった時間になにかすることはあるのかっていうことかしら」

「そそ。美麗は習い事も部活も頑張ったんだから、引退した後なんかしたいこととかあんのかなーってさ」

「習い事の時間が増えるだけじゃないかしら」

「げぇっ、まじぃ……?」

「わからないけど。でも少しゆっくりしたいわ」

 それをよく表情変えずに語れるなおいぃ。

「思いっきり友達と遊ぶとかさぁ! のんびりだらだらするとかさぁ! なんかあるだろ?」

「その時になったら考えるわ」

 そこで少し笑う美麗。余裕にもほどがある。

「お父さんもお母さんも尊敬できる人よ。確かに習い事はしんどいけど、その分習い事それぞれのお友達が増えているもの。普段から『人とのつながりは大切にしなさい』とよく言われているから、きっとそういう意味も込められているんじゃないかしら」

 あんた何才だよ……俺とおないだよな……?

「それをすんなり受け入れてる美麗すごすぎ。俺ならそっこーで投げ出してるかも」

「雪はそんなに弱い男の子だったのかしら?」

「美麗が強すぎなだけじゃい!」

 今日も美麗は元気だった。

「引退の前に夏休みがあるわ。大会が終われば落ち着くけど、雪こそなにかしたいことはあるのかしら」

「俺? いや、別に……夏休みの宿題と激闘を繰り広げつつ、平太へいたらと遊んでー……とかそんなんじゃね?」

「そう」

 げっ。美麗が習い事頑張ってんのにてめー遊んでばっかかよこんにゃろとかって思われてんだろうかっ。

「み、美麗んとこのみんなと海、今年も行くんかなー?」

「毎年時間を作ってくれているから、今年も行くんじゃないかしら」

 毎年恒例湖原家&古河原家合同海水浴。

「いやー美麗と今年も海楽しみだなぁ!」

 なんとか話題を軌道修正せねばっ。

「そうね」

 いつものお顔に変わりないようだ。

「いやー美麗はもはや家族も同然だなーはっはっはー!」

 ここでだめ押し。

「わたくしが雪の家族?」

「はっはっはー? ぁ、うん」

 いまいち芯に当たってない返事だった。

「そんなにわたくしが雪の家族になってほしいのかしら」

 なんだその目はっ。いつもの目のようでなんかどっか鋭い感じがするぞっ!

「え、まあそのなんだ、じょ、冗談っていうか、なんていうか……?」

「そう」

 あ、美麗は前を向いてしまった。でも表情自体は普通に見えるけど。

「て、てか美麗は古河原家の大事なお嬢様なんだから、俺んとこみたいな一般ピーポーの家族になるとかだめに決まってるよなーはっはっは!」

 なんか話が変な方向に転がってってる気がするっ。

「もしも雪の家族になったら、どんな毎日が待っているのかしら」

「うぇ。んー……」

 ちょっと整理してみる。

「……朝起きてごはん食べるだろー、学校行くだろー、帰ってきてちょっとしたらごはん食べるだろー……でもたぶん美麗とこんなふうにしゃべってて……なんかわけわかんなくなってきたっ」

 美麗はちょっと笑ってる。

「雪としゃべるのは嫌いじゃないわ」

「そりゃ幼稚園入る前から遊んでるからなっ」

 家が隣で同い年、親同士も仲がいいとなりゃ子供同士も仲がいいってなるもんだ。ぁあ他のやつらの例を聞いたことないから他んとこもそうなのかは知らないがっ。

「……雪がいない毎日って、どのようなものなのかしら」

「んー、登下校は俺がいないんだから別のやつと一緒で、部活も俺いないし、古河原家の集まりにも俺はいない。海や正月にもいないし年賀状もない。他になんかあったっけ……とにかくそんな感じか」

 あ、また美麗がこっち向いた。

「……引退しても、仲良くしてくれるかしら」

「は? 当たり前さっ」

 俺は親指を思いっきし立てた。

「ならいいわ」

 で、また前を向いた。

「あーやっと休みの日の練習から開放されるぅ~」

 夏休みを休みとは名ばかりの練習量……この恨み、忘れはしまいぞ!

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