第二話 夏休み前の駆け込み需要
今日も俺の横には美麗がいるんだよなー。
美麗ってふつーに見てれば、髪さらっさらで成績優秀でぴちっときちっとはきっとしてるお嬢様で、おまけに放送で優雅な声が全校生徒に知れ渡ってる存在ということもあり人気者なはずなんだ。それの隣を毎日一般ピーポーの俺が歩いてるってのは……どうなんだ?
まぁ美麗自体は横歩くのは俺でいいらしいし、俺も美麗の許可が下りている以上は遠慮なく横歩かせてもらう所存ではあるが……。
てか美麗夏休み直前になって半そでにしたのか。まぁもう梅雨らしさは抜けてきて夏って感じだしな。俺は朝迷って結局長そでのまま。いつも夏休みで切り替えてる感じだ。ちなみに大会では部員全員半そでで統一して出ないといけない。そんなこと今はどうでもいいか。
「美麗半そでだな」
「ええ」
うん、今日も美麗だった。
「虫刺され怖くね?」
「怖くないわ」
「なんと勇ましい」
なんだこの会話。まぁ朝だから慣らし運転ってことで。
「美麗三つ編みだな」
「ええ」
今日はひとつに三つ編みでくくって右肩から前に出している。
「めんどくさくね?」
「そんなことないわ」
「ふーん」
だからなんだこの会話。
「……なぁ美麗ほんとにこんなんで一日のリズムがどーとかなってんのか?」
「ええ」
まーったく表情変えることなく、まーったく声のトーン変えることなく答えが返ってきた。
「雪はどうなのかしら」
「俺の一日のリズムってやつ?」
「ええ」
「うーん。あまりに美麗と登校すんの長すぎて慣れすぎてっから、俺もそのリズムとかいうのになってるのかもしれないな」
「きっとそういうことよ」
朝玄関開ければ美麗がいて、部活終われば美麗がいて。てか部活中も美麗いるけど。
「美麗さ。毎朝俺と一緒で楽しいか?」
「楽しいわ」
いや、字面はうれしいんだが、表情がなんでそんなあきれ顔なんだ。
「表情とセリフが合ってないんスけど」
あ、こっち見た。
「最近雪はどうしたのかしら」
「ど、どしたって?」
まゆげのポジション怖いです。
「部活やクラスみたいにただただ楽しむ雪でいいのに、最近わたくしと歩いているときは、なんだか様子がおかしいわ」
「そ、そんなに変かー?」
「変よ」
きっぱり言われた。
「わたくしは雪と楽しみたいわ。それだけは覚えておきなさい」
「へい」
さすがは古河原美麗ちゃん。俺の二段三段上を行ってる感じ。
「美麗~」
「なにかしら」
ここいらでご機嫌取りをしておこう。
「布団がふっとんだ! ちゅどーん!」
歩く靴音がよく聞こえる。
「雪はそれでいいのよ」
これでいいらしい。本当にこれでいいのか!? 美麗的によくても世間的にはどうなのだろうかっ!? とりあえず美麗はうっすら笑みを浮かべてくれてますけど?!
俺たちは学校に到着。げた箱までやってきた。
「はー、もうすぐ夏休みーっと。美麗ー、大会への意気込みをどうぞーって美麗?」
美麗も靴を履き替えようとしていたようだが、なにか手に持っている。上靴でも外の靴でもなく……封筒?
(封筒!?)
「雪。相談があるわ」
「……まさか……」
俺たちは靴を上靴に履き替えると、いつもはここで教室に向かうのだが、体育館の横の
……あるんだよなぁ~。うん。美麗に封筒大作戦。毎年必ずといっていいほどなんかしらのタイミングで。
よって俺への相談=ラブレター来ました宣言に聞こえてくるのであった。
その美麗は水色の封筒から便せんを取り出して、中に書いてある文章を読んでいる。俺の方からは文章は見えないが、封筒に書かれてある文字は割ときれいな方である。訂正、俺よりうんときれいな文字ですはい。
美麗は読み終わったようで、俺にも読めと言わんばかりに便せんを渡してきた。
ふむふむなになに。あなたの声と姿に一目ぼれしました。友達からで構いません。特にあなたの中略付き合ってください。今日の部活終わったあと裏門の先にある公園で待ってます。戸嶋勝蔵……これはとじましょうぞうって読むんだろうか。少なくとも吹奏楽部員ではないな。
「美麗、知ってるのか? こいつ」
「知らないわ」
よくある知らないパターンか。最もオーソドックスな展開である。
同級生なら名前でわかるはずだし、俺らは三年ってことからして、戸嶋ってのは下の学年ってことになるだろうな。一年か二年かは知らんが。
「どうするつもりだ?」
「それを今相談しているのよ」
そんないつもとまったく変わらないきっぱりした態度で相談とかいう単語を使われましても。
「……んまぁ、せっかく書いてくれたんだし、会うだけ会ってやったら?」
「雪がそう言うならそうするわ」
こういうときだけ俺をクッション材に使いやがってっ。フンッ。
「俺責任重大だな」
「そうね」
美麗は俺から便せんを取って、元のように折って封筒にしまって、セカバンの中に入れた。
「すんげーいいやつだったら、美麗付き合うのか?」
セカバンのチャックが閉められ、俺を見てきた。
「雪はそうするべきだと思う?」
「ったくこーゆーときだけ俺をクッション材に使いやがってぷんすかっ」
口に出してやったぷんすかっ。
「こういうのは男の子である雪に聞くのが最も参考になるからよ」
「んなこと言ってー、なんかあったときに『雪が言ったから』砲を使うためだろぷんすかぷん」
「協力してくれないならいいわ。自分で解決するから」
「だー悪かった俺が悪ぅございやしたすいません美麗様ぁ!!」
負ける俺。笑う美麗。
「わたくしはこの男の子がとてもいい人だったら、付き合うべきかしら」
えーこほん。コメンテーター雪作です。うぉっほん。
「み、美麗はさ。今だれかと付き合いたい気分なのか?」
……お? ちょっと考えてるか。
「よくわからないわ」
ははーん俺と同じ感じかー? いくら成績優秀美麗でも付き合うとか想像つかないっスよねぇ?
「んじゃー……付き合いたいって気分になったら、付き合うと……いいんじゃねぇ、かな?」
「ということは、この男の子がとてもいい人で、かつそういう気分になったら、付き合うべきだということかしら」
「あー……んー……まぁ、そうなんじゃないか? 俺はだれか女子を好きになったことねぇからよくわかんねーけど」
「そうなの?」
なんかいつもより目を開いてません?
「おいおいおいおい散々『わたくしめとどれだけ一緒に遊んできた仲だと思っていることですことですわ!』とかいつも言ってるのはどこの美麗さんじゃいっ」
「そんな変な言い方はしていないわ」
お、これはちょっとウケたようだ。
「もしかしたら、だれか気になる女の子がいるのかもしれないじゃない」
「いや湖原雪作って、美麗に秘密をばれずに通せるほどうまいやつだと思うか?」
「いいえっ」
「ひでぇ」
あー久々に見た、目元も笑った美麗。
「雪作は、だれかとお付き合いをしたいと思っているのかしら」
「美麗までそんなこと聞いてくんのかっ」
「こういった話題はよくしているのかしら」
「ぶふっ。さ、さっきの発言はノーカンでお願いします」
あかん。美麗に勝てへん。
「どうなのかしら」
「ぐっ…………だ、だぁらさ、さっきのようにお付き合いするぅってのがどんなのかよくわかんねーから、想像つかねぇっていうか……つまり思ってないに入るんだろうか」
「そう」
「た、たぶんな? 美麗は手紙大作戦断りまくってるが、興味自体はあんのか?」
ん? 俺は何の話題で美麗と会話してんだ?
「……そうね……」
おっ、すんげー珍しい美麗のめちゃ考え込むシーン。
「……関心がまったくないこともないわ」
「へーまじかー! なんでだ、どうしてそう思うんだ?」
「多少は憧れがあるものじゃないかしら」
「憧れ!? 美麗の言葉から憧れ!? なんでもこなせてしっかり現実見据えてる感満載かつ何やっても優秀な美麗が憧れ!?」
「そんなにおかしいかしら」
「お、おかしかないたぁー思うけど……へぇー、美麗がなぁ……」
美麗がこっち見てる。表情はいつもどおりに見えるが。
「もうそろそろ朝の会が始まるんじゃないかしら。教室へ行きましょう」
「おわっとそうだった」
つい珍しい話題に時間を忘れていたが、朝っぱらであった。俺たちは早歩きで教室へ向かった。
午後の授業が終わるまでの間は、特に美麗としゃべることはなかった。
授業が終わって部活へ向かおうというときも、美麗とはばらばらに向かった。
部活では美麗とちょいちょい顔を合わせるが、練習場所は別々だし、基本的にパートの仲間としゃべってるしで結局部活が終わるまで美麗とあの封筒の件に触れることはなかった。
さて。いつもの流れで音楽室前の廊下で落ち合い歩き出す俺たちで、げた箱直行も変わらないんだが。靴履いてから体育館横で集合。
「今日はどうするんだ? 戸嶋とかいうやつとしゃべってる間、俺どこにいといたらいい?」
「正門で待っていてくれるかしら。雪を待たせないように努力するわ」
「あーいやいや俺は待つの別にいいから、せっかく手紙書いてくれたやつんとこでじっくり話してきなよ」
俺より字うまいしなっ。
「雪がそう言うのなら、そうするわ」
「でたよこういうときの雪が作戦」
こら、そこでなぜ笑う。
「……もう一度確認してもいいかしら」
「確認? なんだ?」
俺を見てくる美麗。目力満点。
「本当にこの男の子がとてもいい人で、わたくしの気分がよければ、お付き合いしてもいいのかしら」
目力満点でそんなこと言われたぞっ。
「あ、ああ。美麗の人生、なんだし、さ。んまぁ美麗は本当に付き合ってもいいと思える相手としか付き合わないだろうけど」
「そんなのだれだってそうじゃないかしら」
「なんてーか、さらにしっかりしてるっつーかー。とにかくそんなの。とりあえずいってこい! どっちにしろ今日美麗と一緒に帰んのは俺なんだろうから、正門で美麗を待ってるぞ」
とか言ってしまったが、美麗の目を見てはっとなって、
「あいや別に新彼氏と一緒に帰るんでばいばいってんなら別にそれでも」
と付け足しといた。
「……少し時間がかかっても、正門で待っていてちょうだい」
「へいへい。いってら」
美麗は少し俺の目を見ながら離れ、裏門に向かっていった。
この辺時計なくて時間わかんねーからどんくらい経ったかはわかんねーけど、かなりの数の吹奏楽部員と「そんなとこでなにしてんの?」「あーいやー、別に?」「はぁ?」みたいなやり取りをしてばいばいをした。
(しまった。今日普通に過ごしたが、戸嶋とかいうやつを先行偵察しときゃよかったかな?)
実は美麗はすでに今日偵察してたりして。
(……美麗ならまじでやってても驚きはしないぞ……)
うーん結構待った気がするが、でもこーゆーときって時間経つの遅い系だろうし。なんで国語は長ぇのに体育は高速なんだろうか。給食とか一瞬すぎ。
「終わったわ」
「お、来た来た」
ほんの少し息が上がっているところを見るに、おしゃべりが終わってから走ってきたんだろうか。
「では戦果を聞かせたまえ」
俺は歩き始めながらそう聞いた。美麗も俺の右隣に並んで歩き始めた。
「今のところ、お付き合いすることはないわ」
おーっといきなり結論。ばばん。
「戸嶋……おめぇの男気、見せてもらったぜ……」
俺は同じ
「して、その理由は」
なぜかちょい笑う美麗。
「雪が言っていた『お付き合いしたいという気分』にはならなかったからよ」
「うわード直球に雪が雪が使われたー」
早速ぶち込んできやがってっ。
「そんなにいまいちなやつだったんか?」
「いいえ、それほど悪くはなさそうだったわ」
「ほほぅ? でも気分にはならんかったと」
「そうね」
うーん惜しい。戸嶋よ。美麗を気分に持ち込めさえすれば願いは叶ったろうものの。
「美麗、付き合いたいタイプの男子とか、そういうのがあんのか?」
タイプて。俺タイプとか言っちゃってるよ。
「それはよくわからないわ」
「ふーん」
ま、俺も聞かれてもよくわからんかもな。
「雪はそういったタイプってあるのかしら」
「いや、俺もよくわかんねーかも」
「そう」
そっこーで聞かれたし。
「その男気戸嶋はなんて言ってたんだ?」
「手紙に書いてあった内容を言っていたくらいだわ。わたくしがお付き合いはできないと言っても、まずは友達からでもと言われたから、そこはいいと答えたわ」
「お? 男気戸嶋はまだ可能性が残されてるってことか」
「そうなるのかしら」
果たして男気戸嶋の男気やいかに!
「しっかし美麗も関心あるとか言ってたってことは、将来だれかと付き合うんかねー」
俺は両手を後頭部に当てながら歩く。
「雪もだれかとお付き合いをするのかしら」
「俺ぇ~? こんな一般ピーポー極まりねぇ俺がぁ~? 俺だぜ俺ー」
への字口をしてやったっ。
「てか美麗はいつものすらーっとした顔してたが、ラブレターもらってうれしかったのか?」
あの無表情っぷりよ。
「気持ちを伝えてくれることも、印象を良く思ってくれているのもうれしいわ」
「それ無表情で言うセリフか?」
「わたくしの顔はわたくしの顔よ」
せやな。
「……雪がだれかとお付き合いをしたら、遠い存在になっちゃうのかしら」
そこ笑うとこ!?
「と、遠い存在ってなんだっ」
「雪ならきっと彼女さんに尽くすでしょう」
「つ、尽くすってなぁおい……」
こんな話題しねぇから慣れてねぇ。
「だれかとお付き合いし始めたら、わたくしにも教えなさい」
「あ、ああ。そんな日来んのか?」
「雪はそこまでまったく興味がないのかしら」
ちくたくちくたく。
「………………たぶん?」
「そう。それじゃあ興味が出たら教えなさい」
「ああ、わかったー……って、教えてどうすんだ?」
相変わらずの表情でこっちを見てる美麗。
「知りたいだけよ」
「そんだけかーい」
とりあえずエアーでツッコんどいた。
「じゃ、美麗も男気戸嶋と進展あったら報告よろちく」
「わかったわ」
なんかよくわからん取り決めがまとまった。
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