第三話  一学期が終わり燃える夏休みへ ~前編~

 今日終業式が行われ、一学期が終わった。明日もあさっても休みだうわぁーい! でも月曜日から早速大会に向けた練習だわーい……。

 今日も練習はなく午前中だけで帰るので、俺は相も変わらず美麗と帰……るかと思いきや、またそれっぽい呼び出しを受けたらしく、再び校門で待つことに。

 校門で待ってて下校していく学生たちから超視線浴びまくったが、勝手に帰ると怒られるだろうなので耐えて待つことに。てか美麗が怒らなくてもおじさんたちからなんか言われんのだろうかっ。いやいやそんな悪い人じゃないんだけどさ。て俺なに勝手に焦ってんだ。


「終わったわ」

「うーし帰るかー」

 いつも右にポジショニングする美麗。

「……で? 今日の呼び出しの内容は?」

 いつもの表情の美麗。

「夏休みに入るからお付き合いをしてほしいと言われたわ」

 俺は大きく息を吐いた。

「返事は?」

「お付き合いはできないと答えたわ」

「今回のやつも気が向かなかったと」

「そうね」

 んーむ。そんなにこの学校には美麗とお付き合いしたいです男子がはびこってるのか。

「ちなみにそいつはよさげなやつだった?」

「悪くはなさそうだけど、趣味が合わなさそうだとは思ったわ」

「ふーん」

 美麗の趣味は音楽・絵を描くくらいしか知らないな。習い事情報ばっかのイメージ。

「今さらながら美麗の趣味は?」

 俺は手でマイクを作ってインタビューした。

「音楽か、絵を描くことくらいかしら」

「頭の中に浮かんだ答えと寸分狂わなかったぞ」

「最近香月ちゃんと愛玖ちゃんとカラオケに行ったわ。あれは楽しかったわね」

「ほー? 美麗歌も得意なのか。でもどんなん歌うんだ?」

「得意というほどでもないけど。音楽の教科書に載っているものなら歌えるわ」

 俺の手のマイクは定位置で待機していた。

「美麗?」

「なに?」

「香月や愛玖は、どんなの歌ってた?」

「よくわからない歌ばかりだったわ」

「……だろうな……」

 たぶんドラマ・映画・アニメ・もちろん普通に発表された曲とかを歌ったんだろうな……。

「確認だけどさ、美麗」

「なに?」

「テレビ、観てる?」

「観ないわ。お父さんの部屋にしかないもの。めったにないけど、よほどのニュースがあるときに家族でお父さんの部屋に集まって観ることならあるわ」

 ……すごいぞ、美麗。うん。

「テレビにご興味は?」

「ないわ」

 なんということだ……。

「巷ではテレビを観ないと世間の話題についていけないなんてご意見もありますが、美麗さんはそのことについてどう思われますか」

 マイク活躍中。

「知らないわ。新聞なら読んでいるわ」

「それ、テレビ欄のない新聞だっけ。おじさんとおばさんが読んでるっていう」

「ええ。テレビ欄って、何時にどのような内容のお話を放送するのかといったことが載っている時間割のようなものよね」

「せ、せやな。ラジオは?」

「車での移動中でごくたまに聴くわ」

「お! ラジオでもいろんなアーティストたちの新曲とかが飛び交ってるだろ!?」

「流れているのは外国語の番組や音楽会の番組、それに高速道路の状況を知らせる放送などよ」

 俺は右手こそマイクを作ってるが、左手の親指と人差し指でみけんの辺りを軽くあてがった。

「……なぁ美麗ー。人生楽しい?」

「ええ」

「特にどの辺りが楽しいっスか」

「こうして雪と登下校しているのも充分楽しいわ」

 まっっったく表情変わらずそう言われた。

「あ、あざす」

 腕疲れてきたのでマイク終了。

「美麗。ひまになったら俺誘ってくれ。もうちょっと楽しいことしよう」

 こんな行き帰りだけで充分楽しいとか……うれしいにはうれしいが、どこか端っこにさみしさが見え隠れしているような気がするぞっ。

「……そうね……」

 なんだその笑みは。何を企んでやがるっ。

「それじゃあ雪」

「な、なんだ」

「早速今日、わたくしのお部屋で遊ぶのは、どうかしら」

「はっいぇ!」

 なんという超速。

「なにか用事があるのかしら」

「ね、ねぇけどさ……」

 ないけど、いくらこんだけ一緒に十年以上わいわいしてきたっつっても、同級生女子には変わりないわけで……さ?

「都合が悪ければまた今度でもいいわ」

「ぅああいやいや都合まったく悪くありません行きます行かさせていただきます」

「お昼ごはんを食べたらわたくしの家へ来て」

「へい」

 美麗様の命令は絶対である。

「宿題も持ってきて」

 俺はその美麗の言葉を音から文字へ変換する速度においてタイムラグが発生していた。

「……美麗?」

「なにかしら」

「夏休みたっぷりあるどころか、今日終業式だったんスけど……もう宿題するんスか?」

「わたくしは雪と一緒なら楽しめると思ってそう言ったのだけれど、雪がやりたくないのならそれでも構わないわ」

「数学持っていかさせていただきます美麗様」

「ええ。待っているわ」

 美麗様のご命令は絶対なのである。


 俺は自分の家に帰ると即白Tシャツ黒綿パンに着替えて母さんと一緒に昼ごはんを食べた。

 美麗の家に行くことを告げると、学生の敵夏休みの宿題数学編や筆記用具をいつも使ってる水色のリュックにぶち込み、湖原家を飛び出した。

 ということはもう古河原家に着くわけだが、何度見ても立派なおうちである。いろんな人を招くことがあるらしく、変わった車が止まっていたりたくさんの人が出入りしたりしてるのを見かけることもある。今日は静か。てか駐車場に一台も止まってないからおじさんもおばさんもいないのか。

 とにかくインターホンを押す。ピンポーンじゃなくキィーンコォーンという音がする。ホームセンターでも売ってるんだろうか。

「はい」

「俺だ俺俺、俺だよ俺」

「開けるわ」

 プツっと切れた音声。しばらく紺色の立派な門扉のところで待っていると、これまた立派な玄関のドアが開いて、白色に黄色の横線が入った半そでワンピース装備の美麗が髪をたなびかせながらやってきて、門扉を開けてくれた。一言でまとめると、実にさわやか。

「入って」

「うぃ」

 俺が古河原家の敷地に入ると美麗は門扉を閉める。うーん扉閉める姿さえも優雅。

「なぁ美麗」

「なに?」

「さわやかですね」

「なんのことかしら」

「美麗のことです」

 美麗は黙ったままこっちを見てきた。

「そうかしら」

「そうです」

 特にこれといった情報は得られませんでした。

 この門扉と玄関までの間には芝生が敷いてあり、テーブルとイスとパラソルを出してちょっとしたパーティみたいなのも行われることがある。

 てことで美麗の後ろをついていくと、やってきました立派な扉。これも美麗が開けてくれて、俺は古河原家の中に入った。

「じゃますんでぇ~」

「じゃまをするなら帰りなさい」

「あいよ~ってなんでやねん!」

 非常に貴重な美麗のギャグシーン。たぶん学校のだれも美麗のこんなセリフを知らないと思う。

 俺が小学生のときに頼み込んでなんとかやってくれるようになった。本当なら『じゃますんなら帰ってぇ~』と口調を合わせてくれたら最高なんだが、それはやってくれない。ちぇ。

「おじゃましまーす」

「どうぞ」

 人を呼ぶことが多いからか横にも上にもでけぇ玄関をくぐる。装飾品とかがゴテゴテあるわけじゃないけど、ちっちゃい窓ひとつ見ても一般ピーポーの我が家とは造りが違うのがわかる。

 廊下もおっきぃしなぁ。ちなみにキッチンもでかいのでお料理会みたいなのも行われている。

 美麗がかっちょいい手すりに手を添えながら二階へ上がっていくので、俺もその後に続いて上がることに。

 右曲がりしてる階段を上がり、右の奥にある部屋が美麗の部屋だ。前に来たのは~……春休みのころバックギャモンしに来たついでに入ったときか。

 おじさんがでっけぇバックギャモンのボードを手に入れたとかで、そのボード初対戦相手になぜか俺が指名されたんだ。盛大に負けたけど。

 一応そこで美麗や他のきょうだいじゃなくなんで俺やねんと聞いてみたが、男同士の真剣勝負は燃えるからだとかなんとか言っていた。おいおい一真おるやんけと言ってみても、雪くんとの勝負は楽しいからねと言いながら笑っていた。

「車がなかったからおじさんおばさんはいないとして、一真や紗羽姉ちゃんは?」

「一真は出かけたんじゃないかしら。お姉ちゃんはまだ帰ってきていないと思うわ」

「ふーん」

 でかい家なのに静かなんだよなぁって思ってたら、今俺と美麗しかいないのか。

(その可能性を踏まえて俺呼んだとか?)

「え、じゃ美麗昼ごはん一人だったのか?」

「そうよ」

「んだよだったら俺ん家で一緒に食べりゃーよかったじゃねーかー」

「突然ごはんを食べに行くなんて悪いわ」

「人には『どれだけ一緒にいてることですことですわよ』とか言ってるくせにー」

「それはそうだけど」

 ほんのちょっぴり笑った美麗がドアノブに手を掛けて、開かれし美麗お部屋の扉。うっわ涼し! この世界にエアーコンディショナー作ってくれた人ありがとう!

 にしてもほら見なよあのカーテン、布団、カーペット、勉強机、タンスの角の装飾etc.

 いつ入っても緊張する部屋だが、

「俺たちは家族ぐるみでそんなよそよそしい関係なんかじゃねーんだから、ごはん一人だったら俺ん家来いよ。どうせなら俺と一緒に食べようぜ」

 ってしゃべることで緊張をごまかした。

「まぁ俺いなくても母さんと一緒に食べてもいいだろうけど」

 と付け加えながらリュックを背中から右肩に持ってきた。

「……わかったわ。今度からそうするわ」

 でけぇ勉強机にはすでにイスがふたつスタンバられている。ひとつは勉強机付属の木のイスっぽいが、もうひとつもひじ置き付きの充分ごつい木のイスだった。それぞれにおそろいの薄ピンクのクッションまで装備されている。

 その勉強机の上にもティーセットが配備されている。紅茶というチョイスが美麗の優雅さをよく表している。

「……で。もう宿題すんの?」

「ええ。いいかしら?」

「くっ……美麗様の命令は絶対……」

 俺はとぼとぼ歩きながら追加配備イスにリュックを置き、数学の宿題と筆記用具を召喚。そういやこの筆箱は家族ぐるみで美麗と一緒にショッピングセンターへ行ったときにおそろいで買ったやつだな。

 レインボーな柄の布地にチャック部分の周りが水色の。美麗のはそこがピンクので、やはり勉強机の上で臨戦体勢を整えていた。布でふにゃふにゃなのに箱?

 美麗も勉強イスに座った。俺はリュックを追加イスの左横に置いて、ふぅっと一息。

 そういや美麗とは毎日のように会ってるし、たまに席替えとか移動教室とかで隣の席になることはあるが、今日のは特に近くに感じるな。

 そして今日は学校じゃない上に古河原家にもだれもいないし、静かな環境で美麗の隣に座るっていうのも意外とありそうでないという。

(とかなんとか俺は思っちゃってるけど、美麗は平然としまくってるよなぁ)

 どんなことがあっても無表情とかそんなことはないんだが、おなか抱えてげらげら笑う美麗ってのは見たことないんじゃないかな。

 本人は楽しいとよく言葉にはしてくれるものの、なんちゅーかー……たまにはげらげら笑ってもいいような~……ねぇ?

「紅茶を用意したわ。飲む?」

「飲みます」

 ひっくり返されていた青や黄色とかで装飾されしカップが元に戻され、美麗のおててでティーポットからこぽこぽ。香る茶色い液体がふたつのカップへ注がれた。

「どうぞ」

「いただきます」

 俺はグルメではないので普通に飲むぞ。

「レモンとミルクもあるわ」

「遅ぇっ」

 もう飲んじまった。すぅ~っとする感じ。べらぼーに熱いわけじゃないけど充分ホット。美麗笑ってる。

「じゃレモンで」

 ちっちぇーミニチュアみたいなポットからレモン汁と思われる液体がとぽとぽ。ティースプーンで混ぜてくれるその姿ですらどこまでも美麗だった。

「はい」

 てことでもう一口。もっとすぅ~っとする感じになった。

 美麗も飲み始めた。きっと美麗もすぅ~っとしているはず。

 それにしても夏場にエアコン効いた部屋で飲むホットの紅茶……なんちゅー贅沢。

「美麗まだその筆箱使ってんだな」

「ええ」

 俺と美麗は美麗の筆箱に視線を向けた。

「雪も使っているのね」

「おぅ」

 紅茶を飲みながら筆箱トーク。

「美麗といろんなこと一緒にしてきたよなー」

「そうね」

 今日も美麗は美麗美麗している。

「これからも美麗といろんなこと一緒にしてくんだろうなー」

「そうだといいわね」

 こんだけずっと一緒にあれこれしてきたので、一緒にあれこれしないときがやってくるのは想像できない。

「うし……開戦するかっ」

「ええ」

 俺たちはカップを置いて、夏休みの宿題数学編への戦闘態勢へと移行した。

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