第十三話 三年間の吹奏楽生活を終えて ~後編~
はっ。俺は目が覚めた。今何時よ。
サイドテーブルにある金ぴか時計を見たら、そろそろ十一時っていうころだった。
左手はつながってはいないものの重なってはいた。美麗はまだ寝てる。
美麗様の命令は絶対ルールは寝ているときも効力ありありなはずなので、俺は改めて美麗の右手を握った。相変わらずほっせーな。
「お、美麗きたかっ!」
寝て起きても美麗寝っぱなしだったので超ひまだったが、美麗起きてくれたかっ!?
美麗はゆっくり目を開けた。今度はすぐこっちを向いた。
「おはー」
「……おはよう」
美麗の手もぴくぴく動いた。ゆっくりまばたきしてこっちを見ている。
「紅茶飲むか?」
「……少し待って」
「めちゃ待つぜ」
また美麗の手ぴくぴく。
「ずっと握っていてくれていたのね」
「美麗様の命令は絶対ルールは寝てるときも適用されるので」
美麗はちょっと笑っただけだった。
「気分はどうだ?」
「くらくらするわ」
「寝ろ」
「今は眠くないわ」
「んー……じゃどうしたらいいんだ?」
くらくらするとか言いながらのこの笑み。
「そばにいてて」
(そんなにさみしいのか?)
「うどんかそばならどっち派?」
「そばかしら」
「俺も」
そば派を確認した。
「おなか減ってないか?」
「少しすいているけど、あまり食欲はないわ」
んーやっぱ弱ってんのかなー。
「ちょっとくらいは食べられるか? また食べさせてやるから」
美麗はちょっとまばたき。
「頑張るわ」
「おし。じゃなんか探してくるからな」
俺は久々に美麗から手を離して、うどんかなんかを探す旅に。
「おまたー」
なんか箱に入った個包装うどんを発見したので、表示どおりの分量で湯がき、水で締めろって書いてあったのでCMで見たやつみたいに締めて、付属のつゆで汁作り、丼に入れて、なんかかわいらしいキャラクターのはしとかわいらしいキャラクターのレンゲを入れて持ってきた。
「どうだ? 食べられるか?」
「少し食べるわ」
美麗はゆっくり起き上がった。保冷剤軍団はまたイスへ。
「どうしてこの食器を持ってきたのかしら」
「目についたから」
今思えばこのはしとレンゲはちっちゃいような気がするが……。
「……また俺が食べさせる系?」
「お願いするわ」
ということで、俺はまた美麗の後ろに。
(んーっとー…………)
「……怒んなよ?」
「怒らないわ」
何度目やねんというツッコミが来そうだが、今回はコップじゃなく丼なのでー……
「えいや」
俺は美麗を背中から抱きつくようなスタイルに。
「はし扱えるか?」
「自信がないわ」
「んじゃレンゲにするか」
俺は左手で丼とはしを持ち、右手でレンゲを握り、麺をレンゲで押し当てながら切り、レンゲの中に汁と一緒に収めた。俺の手先もなかなかのもんだぜ。
「わり、美麗レンゲ一人で持ってくれ。丼片手じゃしんどい」
「わかったわ」
美麗にうどん入りレンゲを渡した。
「いーたーだーきーまーすっ」
「いただきます」
ということで美麗はゆっくりうどんを食べ始めた。俺は美麗の背中から腕を前に回して丼を両手で持っている。
「うま?」
「おいしいわ」
変な体勢だが美麗はうどんを食べている。
「もいっちょいけるか?」
「ええ」
美麗からレンゲを受け取り、もっかい麺を切ってレンゲに入れて、美麗に渡す。
美麗はまたうどんもぐもぐ。
「疲れたら言えよ」
「わかったわ」
しばらくうどんを食べた美麗。あまり食欲がないとか言いながらなんだかんだで半分くらいは食べたと思う。
「疲れたわ」
「寝ろ」
「食べてすぐ寝るわけにはいかないわ」
「んじゃー…………座れ」
「座っているわ」
「せやな」
俺はうどんをサイドテーブルに置いて、紅茶をコップに入れてティッシュも一枚。
美麗の後ろに戻ってきてコップを美麗に持たせて、俺はティッシュで美麗のお口ふきふき。
(……ちょっと口に当たっちゃったけど……)
一瞬夏祭りのことを思い出した。ぶんぶん、今は邪念を捨てて美麗の回復に努めねばっ。
第三陣の紅茶を飲み干した美麗。もう一杯ということで第四陣も少し入れて、それも飲み干した。
「しまった。薬もあるじゃないか。水ないな、取ってくる」
俺はコップを持って水をくみに部屋を飛び出した。
「おまたー」
水を入手してきた俺。銀色の個包装の薬をぺんぺんして、
「じゃ薬飲んでくれよ」
「ええ」
開けて美麗の手に添えながら水を含ませ、薬をおりゃーっと流し入れ、もっかい水を飲ませた。
「うまくいったか?」
「ええ」
俺は水を回収、ごみはー……まぁトレーのとこに置いとこ。ティッシュでまた美麗のお口ふきふき。
「ふぅ」
「雪にはお世話になりっぱなしね」
「俺と美麗の仲だろっ」
ティッシュもトレーのとこにぽーい。
「横にはなれないから、また支えてくれないかしら」
「お、おぅ」
俺はとりあえず美麗の背中にやってきた。
「どうすりゃいい?」
と聞いてみたら、美麗は俺の頭をつかんで美麗の右肩らへんに持ってきて、今度は両手を取ってきて毛布越しに美麗のふとももの上へっ。乗せたと思うと美麗は寄り掛かってきた。
「しんどくなったら教えてちょうだい」
「意地でも言わねえ」
美麗は温かかった。
「雪」
「ん?」
しばらく黙ったままの時間が過ぎていたが、美麗からしゃべりかけてきた。
「なにか話をしてほしいわ」
「話? そーだなー」
ちょっと考えた。こんなに美麗とくっついてんのに。
「美麗どんだけ告白断ってんだ?」
「仕方のないことだと思うわ」
「ほんとーにだれ一人としていいやついないのか?」
「ええ」
ばっっっさり。
「お前たちの勇気は俺がくみ取ってやるぜ……」
この世界に英雄は現れないのだろうか……!?
「ところでさ、部活が終わって平和な日々が流れてると思うが、美麗はどんな感じ?」
「少し時間ができたわ」
「おぅ。どんなことしてんだ? 友達と遊ぶとか?」
「本を読んでいることが多いわ」
俺はため息をついた。
「いけないかしら」
「いや、よすぎて逆に美麗はどこまでも美麗なんだなと」
「どういうことかしら」
「んまぁ美麗は美麗でいとけ」
「そう」
1%でもはっちゃける美麗を想像した俺がばかだったぜ……。
「雪はなにをしているのかしら」
「友達と遊んでるか、家でごろごろしてるか」
「そう」
まだ引退してからそんなに経ってないんだから、ごろごろしててもいいっスよねぇ!?
「今日はなにか予定があったのかしら」
「なんも」
「わたくしのお世話なんてしてもらってよかったのかしら」
「むしろしたいに決まってんだろ、美麗がかぜひいて落ち着いてられっかっ」
「……心配しすぎよ」
美麗はちょっと笑って、俺の手を包んできた。
「具合はどうだ?」
「ずっとふらふらしているわ」
「ほんとに大丈夫か? 病院行ったほうがいいのか?」
「大丈夫よ。それに歩く元気はないから車で送ってもらわないと病院へ行けないわ」
美麗から元気がないという言葉が!
「おぉぉいおいおいほんとに大丈夫かよっ。紗羽姉ちゃんが三時くらいに帰れるとか言ってたけどよぉ」
「歩く元気がないだけで、雪としゃべる元気はあるわ」
「そんなことに貴重な元気を消費すなっ」
まったく、なーにが大丈夫だこんにゃろっ。
「……雪がそう言うのなら……しばらくもたれて休ませてもらってもいいかしら」
「寝ろ」
小さくうなずいた美麗は、またおめめが閉じられていった。
「しんどくなったら横に倒してもらっていいわ」
「寝ろ」
目を閉じたままちょっと笑った美麗。手も背中も、ふっと力が抜けたかのようにもたれかかってきた。
「おやすー」
タイミングが遅かったのか、美麗からの返事はなかった。
(うぉーだめだ限界っ)
軟弱者の俺はとうとう美麗の体を支えるのに限界がやってきた。腰ぃ……。
ということで俺はギブアップして美麗を寝かせることにした。特に起きる様子はなかった。
(保冷剤保冷剤っと)
保冷剤の交換を済ませ、美麗の首とわきにまた入れた。起きない美麗。
(んー、ほんとに大丈夫なんだろうか)
心配しすぎと言われたが、心配するっちゅーねん。
しばらくイスに座って眺めていたが、美麗は全然起きなかった。
「雪くーん? いるー?」
「ういー」
ノックが鳴ったと思ったら紗羽姉ちゃん帰ってきたのかっ。
「ちょっと早く帰ってきちゃった」
ドアを開けて登場した紗羽姉ちゃんは、こっちに寄ってきた。
「美麗の様子はどう?」
「めっちゃ寝てる」
「あらあら。雪くんいなくてもよかったかしら?」
紗羽姉ちゃんは美麗をのぞき込んでいる。
「あ、このうどんなーに? 作ってくれたの?」
「ああ、ちょっと食べるって言ったから」
「ありがとー、やっぱり雪くん頼りになるーっ」
「どういたまして」
「それを言うならどういたしましてっ」
「美麗と違ってツッコんでくれるぜ紗羽姉ちゃん」
紗羽姉ちゃんはにこにこしていた。
「それじゃあ後は私が面倒見るわ。雪くんどうする? まだここにいたい?」
「いや、疲れたから寝る」
「美麗と一緒に?」
「俺ん家でだよ!」
笑う紗羽姉ちゃんに向かってポケットに入れてた鍵を突き出した。紗羽姉ちゃんはげらげらしながら受け取った。
「ごめんねー、助かったよー!」
「んじゃな!」
「ありがとー、じゃね!」
俺は紗羽姉ちゃんにバトンタッチして帰ることにした。美麗はぐっすり寝まくってるようだった。
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