第十三話  三年間の吹奏楽生活を終えて ~前編~

 夏休みが終わると体育の時間は体育祭の練習が始まる。

 クラスではそうなんだが、吹奏楽部でも体育祭は少し出番があって、入場行進のときにちょっと演奏する。

 校歌を使うから一年生だってもう慣れっこだろう。

 俺たちのクラスは目立った成績は残せなかったが、体操服で一日中いることや、普段全員で一緒にひとつのことを成し遂げるといったことがあまりないため、めちゃ頑張った。乃々ちっちぇーのにリレー意外と早かったな。美麗スマイルもいつもより少しは多かった気はする……気がするだけだけど。

 体育祭では放送委員会も活躍するので、美麗人気がさらに高まった。


 体育祭が終わると今度は文化祭がやってくる。

 これもクラスで出し物がそれぞれあるわけだが、この文化祭の二日目をもって、俺たち吹奏楽部の三年生は引退ということになる。

 演奏する曲も多く、保護者も来てOKなため結構緊張する。

 ……うまくいったかな。自分の力は出しきれたと思う。

 演奏が終わった後、美麗に集まるフルートの後輩たちは泣いていた。香月は後輩たちと一緒に泣いていた。津山は相変わらずはっちゃけてた。俺はー……ま、まぁなんとか盛り上げてたかな。

 楽器の管理で気をつけることとか、今後後輩ができたときに受け継いでもらうかつての先輩の練習法とか、とりあえず引き継げることは引き継げたと思う。

 一年を通していろんな演奏会やコンクールなどがある吹奏楽部。それを三年間やり通すことができてよかったなぁとは思う。夏休み少なくなってぶーぶーだったが。

 先生も満足げな表情だった。

 ちなみにクラスの出し物は劇だった。

 平太と靖斗は兵士、愛玖と乃々は悪魔軍の兵士、香月は照明、津山はナレーター、そして美麗がお姫様。俺? 王様。美麗が連れ去られたことを嘆く役。

 美麗がお姫様役をやったことによって美麗人気はさらにさらに高まった。


 引退した俺たちだが、部活がなくっても登下校は一緒にすることに変わりなかった。まぁそのせいかげた箱に手紙入ってるのを目撃したり、帰り校門で待ってる日があったりしたんだが。

 だが美麗は相変わらず告白してくるやつをみんな断りまくっているようだ。

 お前らの勇気は大したもんだぜ……。


 今日は土曜日。学校が休みだ。あー部活がないって楽ちんだなー。第二土曜と第四土曜は午前中部活だったんだ。

(ん? だれだだれだ)

 お茶飲んでのほほんしていたらインターホンが鳴った。こんな朝から。

 俺は玄関のドアを開けると、

「雪くんおはよー!」

 とりあえず俺は一回目をごしごしした。

「雪くんおはよー!」

 うん、紗羽姉ちゃんだ。赤いブラウスに黒いジャケットで白いスカート装備の紗羽姉ちゃん。

「紗羽姉ちゃんかーいっ」

 とりあえず軽くツッコんどいた。

「ねー雪くん今ひま?」

「あーうん、なんで?」

「実はさー、今日はうちのみんな空手の試合や習い事とかパーティとかで用事あるんだけどねー?」

「じゃなんで俺んとこ来てんだよっ」

「美麗がかぜひいたみたいなのよー」

(なにっ!)

「美麗が? 昨日は別に普通だったような……てまぁ美麗なら体調崩しててもばれなさそうだが」

「でさ、たぶんいちばん早く帰ってくるのが私なんだけど、午後三時くらいまで美麗のこと見ててくれないかな?」

「ああ、任せろ」

「よかったぁ。じゃ雪くんお願いね。これ予備の鍵、買い物するときとかに使ってね。はいっ」

 紗羽姉ちゃんから古河原家の予備の鍵を渡された。

「おっけ」

「熱が出てきているから、わきや首を冷やしている保冷剤がぬるくなってきたら取り替えてあげてね。あと水分補給もいっぱいさせることっ」

「お、おっけっ」

 やべ、覚えられっかな。

「でも俺なんかが取り替えて怒られないだろうかっ」

「あの子が雪くんに対して怒るなんてないと思うけどなぁ」

「後で恨まれませんようにっ」

「もし雪くんがうつされたら、美麗に行かせるから安心してっ!」

「そこ安心ポイントなのか!?」

 紗羽姉ちゃん自分の妹がかぜってんのにへっちゃらな顔してるなぁ。

「それじゃ私行くねー。よろしく!」

「おうよっ」

 紗羽姉ちゃんは右手を顔の横で三角形作って元気に去っていった。

「……さて。行かないとな」

 俺は出撃準備に取り掛かった。


 やってきました古河原家。やってきました美麗の部屋前。

 美麗がかぜひいたときの看病って、初めてってわけじゃないんだが、それでも数年に一回あるかどうかだ。俺は美麗に看病されたことないな。

 コッコココッコッ、コンコンとノック。

「みーれーいちゃん、あっそびーましょっ」

 と声をかけてみた。返事はなかった。

「すいませーん雪作運送でーす、はんこお願っしぁーす」

 返事はなかった。

「あー俺俺、俺だよ俺。俺俺俺俺」

 返事ねぇ。

(ま、まさか返事できないほどぶっ倒れてるとか?)

 いやそこまで調子悪かったら紗羽姉ちゃんが救急車くらい呼んでるだろう。てことは寝てるってことか?

(んーでも今だれもいないんだから、現在の状況を見ておかないとな)

「入るぞー、怒んなよー」

 俺は結局返事をもらうことがないまま、美麗の部屋のドアを開けた。

 部屋の中に入ると、ベッドで毛布がこんもりしてる。美麗は寝てるようだ。

 俺は接近して、美麗ちら見。美麗は毛布から顔を出しており、紗羽姉ちゃんの言うとおり、首の下にタオルが敷かれてあって、保冷剤で冷やしてるんだろう。わきは見えぬ。髪がふあぁさぁ~ってなってる。

 オレンジと白のチェック柄のパジャマを装備している。

 そして、いつものクールな表情とは違って、顔が赤くなって少し口が開いている。

(俺が来たことを伝えるべきかどうするべきか)

 寝てるんだからそっとしといた方がいいんかな。

 サイドテーブルにはタオルや薬などいろいろなアイテムが備えられてある。透明のでかいポットの中に……紅茶? のパックを浮かばせてある茶色い液体が。

 一応飲んでチェックしておこう! コップふたつあったのでひとつ使ってーっと。ごくごく。んまい。

 体育祭のときでさえそんなに苦しい表情を見せない美麗だというのに。

 とりあえず俺は宿題のときに活躍してくれた追加イスをベッド横に設置。前線基地を張ったぞ。

 改めて美麗に近づいて眺めてみるがー。

(あーなんかそわそわするー)

 こんな表情の美麗を見慣れていないからか、なんか落ち着かないなー。かといって今なんかできるようなこともないしなー。

(んーんー。起きるまで待つしかないのかっ。なんかできることはほんとにないのかっ)

 そういや保冷剤は大丈夫なんかな。

「チェックしまーす。失礼しまーす」

 美麗の首まですぐそこっ。敷かれているタオルに手を当ててみると、

(……これはぬるいのかどうなのか?)

 冷えているとも言えそうで、でも冷たいかと言われればそうじゃないような、こう、なんとも中途半端な。

 美麗起こすとあれだし、美麗が起きたら交換しよううんそうしよう。

(……んー。そわそわ)

 とりあえずイスに座った俺だが。なんもすることがない。

(ま、しゃーないか)

 美麗は前に本読んでいいと言っていたので、なんかおもしろそうな本がないか探してみた。


(……まったく読めないんスけど)

 もはや何語なにかもわからない本を見つけたので読んでみたが、さっぱりちんぷんかんぷん。絵も添えられているが、なんか旗持った人とか描かれてある。さっぱり意味不明。

「……んっ、けほっ、けほ」

「お? 美麗起きたか?」

 せきをした美麗。次第に目が開いてきた。俺は本をイスに置いて、美麗に近づいた。

「おはー」

 美麗は視線があちこちに向けられたが、俺を見つけてこっち見た。

「……雪? けほっ」

 なんて弱々しい声なんだ。

「紗羽姉ちゃんから頼まれて、援軍に駆けつけたぞっ」

 俺は親指を立てておいた。

「来てくれたのね……」

 うわーいつもの美麗からは考えられないほどへにょへにょだな。

「ポット減ってなかったら紗羽姉ちゃんに怒られっから、水分補給してくれ」

 ゆっくりまばたきをする美麗。

「わかったわ」

 そしてゆっくり起き上がった美麗。弱々しいとはいえやはり美麗は美麗。座ってこっちを向いた。

「では回収しまーす」

 そのすきに敷かれてあったタオルたちを回収。一瞬美麗との距離が近かった。

「では水分補給お願いしまーす」

 タオルたちもイスのところに置いて、俺は直ちにコップに紅茶を注いで美麗に渡……

「飲めるか?」

 美麗は俺を見ていた。うーん視線の強さはさすがの古河原美麗。

「……飲ませてくれるのかしら」

 お? そう返ってきた?

「お、俺が飲ませんのか?」

「他にだれもいないみたいだけれど」

 うむ、この部屋には俺と美麗しかいない。

「……ストロー派? 直接派? って聞いておきながらストローねぇし」

 ポットとかが置いてあるトレーにストローは乗ってなかった。

「飲ませてくれないのなら、自分でけほっ、飲むわ」

「わあたわあた、今日くらい俺に言いたい放題命令しろっ」

「……ええ」

 ちょっと笑ってくれたので、まだ元気は残っているようだ。

「……で、飲ませるってどうすりゃいいんだ?」

 俺は紅茶入りコップを持ちながら立ち尽くしていた。

「好きなように飲ませてくれていいわ」

「どぉあーかーらー、どうやって飲ませれば……」

 美麗は座ってこっち見てるだけ。

「飲ませてくれな」

「わあったよぅ!」

 おい美麗元気じゃね? とにかく俺は……

「し、失礼しまーす」

 美麗ベッドに失礼しますした。特に怒られはしなかった。うわやっべふっかふか。

(さて、どうしたものか……)

 美麗ベッドに座りながら考える俺。俺見てる美麗。なにこの状況。

(……まいいや! 美麗は好きなようにっつってんだし!)

 俺は美麗の背後に回った。視界には美麗の髪がいっぱい。

「お、怒んなよ?」

「なんのことかしら」

「い、いや、美麗支えようと思って」

 今俺は美麗の後ろにいるので、美麗の表情はよくわからない。

「怒らないわ」

「ほ、ほんとだな? 元気になってから恨み晴らしに襲い掛かってくるとかやめてくれよっ?」

「襲わないわ」

「そ、その言葉信じていいな! い、いくぞっ」

「あっ」

 俺は美麗の背中に最接近して、美麗の左肩をつかみ、ちょっとだけ右にずれて美麗の顔を右後ろから見るようなポジショニングを取って、右手に持ったコップを美麗の口に当てた。

「ゆっくりいくからな」

 俺はじわじわコップを傾けていって、美麗の口の中へ紅茶が入っていくのを確認。美麗もごくごくしているようだ。ちょこっと飲ませてちょこっと休憩。

 おいなんでそこで笑う美麗。

「自分で飲んだ方が早い気がするわ」

「ぬあぁんだよまったくもう! じゃ自分で飲めやい! けっ!」

 俺は美麗の右手に紅茶を当てつけた。フンッ。

「でも落としそうだから、支えていてほしいわ」

「へいへい」

 美麗はちょっと笑いながら両手でコップを持ち直し、俺はコップの底……というか美麗の手を支えた。さっきよりはるかに早く紅茶がごくごくされていく。

 ごくごくと休憩のたびに上下される美麗の手に合わせて俺も支える手を上下。

「お味のほどは」

「おいしいわ」

 美麗さんのおいしい入りました。

「なんか寝てる美麗見たときは大丈夫かよって思ったが、起きたら案外元気っぽいな」

「そうかしら」

 これぞ美麗パワーなんだろうか。この弱みを見せない感じというかいつまでも強い感じというか。

「でも起きてみたらしゃきっとしないわ。頭もくらくらして、雪がいなければ飲めなかったかもしれないわ」

「おいおい大丈夫か?」

「大丈夫よ」

 美麗はそんなこと言いながら第一陣の紅茶を飲み干した。

「まだ飲むか?」

「もう少し飲むわ。さっきの半分くらい」

「おっけ」

 俺は美麗から離れ紅茶補給。コップ三分の二くらい入れて、また美麗んとこに。反復横跳び思い出した。

「……怒んなよ?」

「怒らないわ」

 い、一応な一応。てことでまた左手は美麗の左肩、右手はコップを美麗に渡した後に手を支えた。美麗ちゃんと飲んでる。

「そういや紗羽姉ちゃんが、もし俺にかぜうつったら美麗に行かせるとか言ってたぞ」

「もちろん行くわ」

「ならはよ元気になってくれ。どっちもかぜで倒れっぱなしじゃどっちも行けないからな」

「そうね」

 美麗は第二陣の紅茶を飲み干した。

「もういいか?」

「ええ」

 とりあえずトレーのとこにコップを戻しておこう。イスに座ろ。

「なんか俺にしてほしいこととかあるか? 代わりになんかやってくれとか、なんか調達してこいとか、踊れとか。いや踊る命令はやっぱやめてくれ」

「そうね……」

 美麗は考えている。パジャマ美麗も久々に見たな。

「……なにも浮かばないわ」

「寝ろ」

「ええ」

 美麗は再び毛布をかぶって横になった。

「保冷剤交換してくるぜ」

「わかったわ」

 俺は保冷剤入りタオルたちを持って立ち上がった。


 これだけ古河原家に何度も出没してる俺は冷蔵庫の場所ももちろんわかる。

 冷凍室を開けると保冷剤が入っていたので、俺はへにょへにょ保冷剤を入れてかちこち保冷剤をタオルにくるんだ。大きいやつは首用、小さいのはわき用って感じなので、同じような大きさのを選んだ。


「おまたー」

 美麗のところに戻ると、俺を見上げていた。

「失礼しまーす。首上げろ」

 美麗に首を浮かせてもらい、俺はでかい保冷剤を敷いた。バリバリ首とか肩とかに手が当たってるけど怒られなくてほっ。

「失礼しまーす」

 俺は毛布をちょっとよっこいせして、美麗の両わきんところにちっちぇ保冷剤をセッティング。めっちゃ腕とかつかんだけどやっぱり怒られなくてほっ。毛布を戻した。

「ありがとう」

 あまりに怒られないので、美麗の右ほっぺたをつんつんした。

「なにをしているのかしら」

「いや、怒られないのをいいことにちょっかいかけとこうと思って」

 へこむ美麗のほっぺた。めちゃおもろ。

「それは看病に入るのかしら」

「たぶん入らないと思う」

 お~ぷにぷに。あ、美麗の右手がゆっくり現れて、俺の左手をつかまれてしまった。

「もう少し寝ようかしら」

「寝ろ」

 美麗はそのまま俺の左手をゆっくり握ってきた。

「握っていてもいいかしら」

「寝ろ」

 だんだん弱々しくなっていく美麗の声。やっぱ起きてるのは疲れてたんだろうか。

「雪がいてくれて、助かったわ……」

「寝ろ」

 口元がほんのちょっと笑った美麗。

「おやすみなさい」

「おやすー」

 美麗はゆっくり目を閉じた。


 右手片手で持つには重すぎる本なのに左手は美麗とつなぎっぱなので、俺はほんとにすることがなく、しょーがないので俺もベッドに突っ伏して寝ることに。

 あーやっぱこの布団えーわぁ。

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