第三話  一学期が終わり燃える夏休みへ ~後編~

 宿題が終わると、俺たちは別のテーブルでお遊びモードに入った。トランプ・バックギャモン・ドミノをやった。バックギャモンは割と善戦したが、全体的に結構負けた。


「雪、お願いがあるの。いいかしら」

「……ごめ、電波悪かったんかな。もっかい言ってくれるか?」

「雪にお願いがあるの。聞いてもらえないかしら」

「えーっとー、俺が何を聞くって?」

「お願いを聞いてほしいと言ったのよ」

 三回聞いたけど間違いではないみたいだ。

「……美麗がお願い? おい美麗どうした? この世界において、美麗にできなくて俺にできることが存在するとでも思っているのか?」

「何を言っているのかしら。聞いてくれないのなら別にいいわ」

「すんまへん聞きますはい超聞きますなんでしょ」

 冗談が通じているのかどうなのかっ。

「……わたくし、今、眠いわ」

 どがしゃん。

「寝ろっ」

 俺はストレートにツッコミを返した。自分でも気持ちいいほどのド真ん中ツッコミ。

「まだお願いを言っていないわ」

「せやな。なんだ?」

 うーん見た感じうとうととかはしてないみたいだが。

「……お昼寝をしている間、そばにいてくれないかしら」

 ……えっ、なんだ今の美麗の表情と声のトーン。

 見慣れない美麗の様子に少しどきっとしたが、とにかく切実な願いっぽそうなのはわかった。でもそのお願いの内容が、寝てる間にそばにいろってか……?

(さすがに今までにこんなお願いをされた記憶はない。よっぽど……そんだけやってほしい、ってことなんだよな)

「い、いてるだけでいいのか? 子守唄とかは歌えないぞ?」

「いてくれるだけでいいわ」

 ふむ。

「わ、わかった。イス移動させっから、美麗はベッドへGo」

 俺がベッドへ指差すと、美麗は素直にベッドへ向かった。さっきの攻城戦で共に戦った戦友である追加イスを持って、ベッドの近くに持ってきた。

 座って改めてインザ布団美麗を見下ろした。髪がふあぁっさぁ~なってる。

「昨日あんま寝てないのか?」

「夜に勉強はしたけれど、それほど眠れていないというわけでもないと思うわ」

「んじゃなんでまたお昼寝タイムを?」

 布団美麗も昔は見たことあったけど、ずいぶん久しぶりかなー。

「……なんとなく、としか答えられないわ。本当は雪に帰ってもらって一人で寝ようと思ったのだけれど、今家には他にだれもいないし、きっと雪なら聞いてくれると思って……」

 ちょっとにこっとなってる美麗。宿泊学習とかで女子勢はこの布団美麗を見たことあるんだろうか。

「でもひまになるかしら」

「いざとなったら一人バックギャモンでもするし」

 俺は親指を立てといた。

「……横になったら眠たくなってきたわ。寝ていいかしら」

「ちょ、ちょいその前に確認」

「なにかしら」

 ちょっと気になったことがありまして。

「習い事とか部活とかで疲れてるとか……そんなん?」

 聞いてみた。

「どうなのかしら……特別しんどいことがあったわけではないと思うけれども、よくわからないわ」

「そっか」

 うわー美麗眠そ。

「もういいかしら」

「このまま粘ってねむねむ美麗を眺め続けるというのもゲフゴホ」

「雪なら寝かせてくれるわ」

「へい」

 美麗はまばたきが超低速になっている。

「インターホンや電話が鳴っても出なくていいわ。でもだれか帰ってきたら寝ていると伝えてくれないかしら」

「おけっ」

「本を読みたかったら読んでもいいわ」

「おけおけっ」

「まだ少し紅茶が残っていたと思うし、もっと飲みたければキッチンから何か持ってきていいわ」

「わあったからはよ寝ろっ」

 小さくうなずいた美麗。そのまま目を閉じた。

「おやすみなさい」

「おやすー」

 美麗のエネルギーが切れました。

(寝てる美麗がそこにいる)

 やはり眠っているときも美麗は優雅だった。

(……さってと。俺対俺、やっちゃいますかな)

 俺はバックギャモンボードを取りに向かった。


(……ひまだ)

 静かなはずのエアコン音も丸聞こえ。

 俺もともと友達とぎゃーぎゃーするのが好きなタイプだし、本読んでいいって言われてもいっちゃんわかりやすいのが教科書ってレベルで難しい感じのやつばっかだし、俺対俺は充分俺会場で盛り上がりを見せた。

 美麗はわずかに寝返りを打つことがあるものの、どんなに時間が経っても優雅なお姿を崩すことはなかった。髪ふあぁさぁ~度は増してるけど。

(んーむ……)

 ……俺も寝よかな? 寝ることができたら時間経過なんて一瞬だし。

(さて、場所の確保だが……)

 予備の布団を探して引っ張り出すってのもなぁ……いやまぁ許してはくれそうだけど。

(美麗の布団って、やっぱふかふかなんだろうか)

 ふと思った。これだけあちこちおしゃれなんだから、さぞ布団の能力も高いのではないかと。

 俺は美麗ベッドに近づき、床にぺたんこして、顔と腕を美麗ベッドに乗せてみた。

「……ふぉぉぉ~」

 やっべなにこれ超ふっかふか! あーこれはさすがにあの美麗様もうとうとなさるのも納得の品質。

 改めてこの距離で美麗を眺めてみる。

(がっつりですやん)

 超気持ちよさそーに寝てる美麗。そりゃこんなすてきな布団で寝てたらそんな顔なるって。

 こりゃいい暇つぶしになりそうだ。ふぁ~なんだか眠たくなってきたぞ。

 あーうとうと。うし、寝よう。の前にもっかいちらっ。

(……そういや攻城戦のときに俺の肩もんだり頭ちょんちょんしてきてたな)

 というのを思い出したので、ここで反撃しておこう。してその反撃の内容とは。

 右手を近づけて美麗の左ほっぺたをぷにぷに。

(やわけっ)

 反撃終了。ほっぺたへっこんでる美麗を見られたのは大収穫である。

 てことでおやすー。


「まてぇ……そのおにぎりはおれぬぉ…………はっ」

 俺は目が覚めた。おにぎりが出てきた夢を見ていたようだ。

「んーっと……美麗はっと……」

「おはよう」

 ばちっと目が合った。美麗はまだお布団美麗だった。

「おはー……んーう、寝ちまったぜ」

 ベッドに顔をつけてこっち向いてる美麗。髪ふあぁさぁ~横バージョンとなっている。

(……ん?)

 顔がそこにあるのはわかる。肩がちょこっと出ているので顔だけでなく体ごとこっちに向けてるのもわかる。伸びた腕の先は……

(んんんっ?!)

 俺はてきとーにほっぽっていたふたつの腕は単にしびれてるだけかと思ったら、左手に……なんかぬくもりがっ。

 そしてそこは布団がかけられてあるのもわかる。この位置から見れば布団に俺の左手が突っ込まれてるだけだ。だが中の見えない部分ではあからさまに握られている感触が……

(つまりこの手って……)

 俺は美麗を見てみた。ほんのちょっとにこっとしているが、いつもの美麗の表情の範囲内と思われる。

「雪も寝たのね」

「いやーこの布団気持ちよすぎて」

 声のトーンも同じだ。

「美麗はよく眠れたのか?」

「おかげさまで」

 美麗は元気いっぱいになった模様。

「また今度、お昼に眠たくなったら雪にいてもらってもいいかしら」

 お願い続行?

「ま、まぁそんくらい別に……」

 左手の感触に意識が向いて、返事がしゃきっとしなかった。

「また誘うから、宿題持ってくるのよ」

「鬼ぃ~悪魔ぁ~」

 美麗はちょっと笑っていたが、左手にもほんの少し温かみが増した。その反応に俺も思わず美麗の手を握ってしまった。ほっせ。美麗もちょこっと握り返してきた。

「うぉっほん。ところで……この左手はなんスか?」

 手をうにうにさせながら聞いてみた。

「いけないかしら」

「いけないかしらくはないが……理由くらい聞かせてください美麗お嬢様」

 もっかいうにうに。

「……雪なら、握っても許してくれると思ったからよ」

「そりゃ許しますけども」

 まぁ、美麗笑ってるし……いっか。

「そろそろ起きようかしら」

「おぅ」

 美麗は体を起こそうとする……が、

「フッフッフ」

 俺は美麗の手を強く握って妨害。美麗が手をうにうにさせている。

「起きてはいけないのかしら」

「起きれるもんなら起きてみなっ!」

 うにうに美麗はちょっと笑ってる。

「問題を出すわ」

「めちゃくちゃ突然だなおい!」

 これつまり美麗渾身のギャグってこと!?

「ピザって十回言いなさい」

「ほほぅ? 俺様にその手の問題を挑ませるとは、俺様もなめられたもんだぜ。ピザピザピザピザぬあぁ!?」

 ピザピザ言い出した瞬間美麗は手をすっと抜いた!

「うぉおーいひっきょいぞー!」

「まだ十回言っていないわ」

「ぐんぬぬぬ……ピザピザピザピザピザピザほら言ったぞ!」

「『しゃとう』と言えば?」

「……ブリアン?」

「あら、そっち?」

 お、美麗めちゃ笑ってる。一般ピーポーからすれば普通の笑いのレベルかもしんないけど、美麗の中ではなかなかな笑いだと思われる。

「え、ちゃうんかいっ」

「ピサって答えてくれると思ったわ」

「そっちかー!」

 すっかり俺の左手からは美麗の手はいなくなっていて、美麗はベッドから出てドレッサーに向かい髪を整えていた。俺の部屋には一生実装されることないだろうな、ドレッサー。

「美麗と遊ぶのは楽しいもんだなっ」

 俺も立ち上がり、追加イスのところに置いていたバックギャモンボードを持って、二人で遊ぶときに使っていたテーブルへ持っていった。

「ええ」

 美麗は優雅にさらさら髪にくしを通していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る