第十話  やってきました夏祭り! という名の本番 ~後編~

 俺たちはようやく丘の上の公園に着いた。公園といっても遊具はジャングルジムしかない。しかしそれは言い替えれば丘の上の公園にジャングルジムがあるのであるっ。

 さすがにマイナーな場所なのか他にだれもいないぜしめしめ。じゃなんでこんなマイナーな場所に公園があるんだ。まぁ眺めはいいけどさぁ。街灯は近くに一本あるが公園の外にあるのでここはちょっと暗い。

 そしてなぜかいつまで経ってもこのジャングルジムにただひとつ鎮座しているグレーチング。あぁあの溝にふたされてて雨の日に自転車で曲がると滑らしてくる銀色のあいつな。

俺は先にジャングルジムに登ってグレーチングを上から二段目のところに設置。

「花火が上がったわ」

 おおっと急がねば。うわーどんどん鳴り出した。

 俺は自分のセカバンをグレーチングの上に置き、

「美麗カバンヘイ」

 俺は美麗のセカバンをまたグレーチングの上へ置きにいき、また下に戻り、

「美麗、登れるか?」

「大丈夫よ」

 美麗はゆっくり確実に上へ登っていっている。俺もペースを合わせて登る。

 そして最上段まで到達した俺たち。

「どうだ、よく見えるだろ!」

 座って前へ振り直ると、どんどん鳴ってる色とりどりな花火が……まぁでかい公園から見るよりかはちょっとちっちゃいけど、でも形がはっきりと見えていた。

「ええ」

 美麗はじっくり見ているようだった。

「落ちそうで怖いわ」

「おわ、じゃ降りてそこのベンチから見るか? そこでも充分見えるっちゃ見えるけど」

 と言ってみたが、美麗は俺の右手に重ねてきた。

「雪がいてくれるのなら、ここでもいいわ」

「わあった、離すなよ」

「ええ」

 俺はさっき坂を上ってくるときとつなぎ方を変えて、指の間同士を通す方にした。美麗もしっかりと握り返してきた。

 そういや小学六年を最後に花火観るのにここ来てなかったなぁ。昼間に来ることは自転車でちょろっとあったけど。

「てかこんだけ美麗と一緒にいてんのに、ここで一緒に花火観るのは初めてだな」

「ええ」

「隠してたとかそんなことないんで。はい」

「そう」

 ちょっと笑ってる横顔が見える。

「帰りもちょっと歩くことになるけど……おけ?」

「大丈夫よ」

 なんかつい勢いで美麗をここに連れてきてしまった。

 改めて公園内を見回してみたが、俺たちだけだ。あ、俺の好きなばしゅばしゅ鳴りながら斜めに飛んでいくやつがきた。

「俺この花火好き」

「わたくしも、好きよ」

「お! 気が合うな! わかるかこのばしゅばしゅ鳴りながら飛んでくやつの芸術性」

「そうね」

 ここで美麗がちょっと手の力込められたような。まぁ落ちるとあれだしな。

「来年もここに連れてきてくれるかしら」

 お?

「気に入りましたか美麗様! ぜひ来年も随行させてくださいませ美麗様!」

「約束よ」

 ここで約束って言葉を飛ばしてきた美麗。

「……もし忘れてたらツッコんでくれよ。美麗ほど記憶力ないから、俺」

「わかったわ」

 美麗は笑っていた。


 ひゅーひょろひょろやぱらぱら鳴るやつとかも観て、最後のお決まりのどでかい三発の花火も観て、丘の上の公園花火観覧会は終了した。

「終了!」

「よかったわ」

 ずっとつないでいた手を離して、美麗を先に降ろすことにした。

 美麗が無事降りたのを確認すると、俺はセカバンふたつ持って、美麗に…………

「こっち美麗のか?」

「後で確認しましょう」

「せやな」

 とりあえずいっこ渡した。ここじゃ暗いんだよ……。

「少し休みたいわ」

「ずっとジャングルジムで座ってたしな」

 ということでベンチへ。木のベンチで背もたれ付きで深く座れるように丸く曲がってるタイプ。ベンチや柵は新しくなってるこの公園。

 セカバンを端に寄せて、俺の右に座る美麗。

 ここは丘の上にあるということで夜景を観ることができる。柵あるけど。遠くで電車が走ってる音も聞こえる。

 美麗とのほほん座ってる。ああなんて平和な時間。

「平和だな」

「そうね」

 美麗も平和さを感じてくれているようだ。

「コンクール終わって夏祭りも終わって、残りは体育祭と文化祭か」

「ええ」

「美麗と一緒に本番立つのも残り二回かー」

「同じ高校で同じ吹奏楽部だったらもっと増えるわ」

「そりゃそーだけどさっ」

 このしみじみモードをぶった斬ってくる美麗よ。

「美麗なんかおもしろい話して」

 ここで突然の無茶振りだぜ!

 美麗はちゃんとお話のネタを考えてくれてるようだ。

「……雪、音楽フェスタのことを覚えているかしら」

「音楽フェスタぁ?」

 んーっとー。三年間の吹奏楽人生を振り返りーのー………………

「……音楽フェスタぁ?」

「幼稚園のときのよ」

「そこかよぉー!!」

 一体何年前の話を持ち出してきたんだ!

「うっすらとな。それがどうした?」

「あの時、鍵盤ハーモニカを一緒に練習したことを、今でも思い出すわ」

「すまん。俺美麗に今言われて思い出したわ」

 わかるぞ、街灯遠くて暗くても美麗がちょっと笑ってんのっ。

「美麗ん家で練習したやつだよな?」

「ええ」

 幼稚園ですでに仲良し! 幼稚園で古河原家に入ってます!

「そうか、俺と美麗の音楽思い出は、中学の吹奏楽からではなく小学校の運動会での鼓笛隊でもなく幼稚園の音楽フェスタからかー!」

「そうなるわね」

なげぇ……長ぇよ、俺と美麗の思い出作り……」

 音楽フェスタを思い出したら、美麗との幼稚園思い出をちょっと思い出した。

「つってもなんでそんな昔のことを思い出すんだ?」

「それはわからないわ」

 んまぁそうか。

「でもあの時一緒に練習をして、本番を頑張って、雪からほめられたことまで覚えているわ」

「……ぇ、ちょ待って。俺が美麗をほめる? なにそれ」

 美麗こっち向いた。

「覚えていないの?」

「え、ちょ、ちょ待てよっ? ど、どこでほめたんだよそれ。てかかの古河原美麗様に対してほめるとかそんな上からな態度を取るやつなんて一体どこのどいつだっ」

 とか言いながらも頑張って思い出そうとしてるが、出てこない。

「覚えていないならいいわ」

「わー待て待て美麗! 思い出すから待てっ。んーむ、んーむむむむ」

 音楽フェスタに関連して、美麗をほめる? 父さんに折り紙で金メダル作って贈呈式したのとかは覚えてるが……美麗をほめる……美麗をほめる……。

「な、なんか美麗に変なこと言ったとか? 俺の子分にしてやるとか」

「そのようなことを言われてはいないわ」

「さーせん」

 俺ってボス的ポジでもないしな。じゃなくてっ。

「うぇーん美麗ぃ~。頼むよ許してくれぇ~」

 そこをピックアップしてくるってことは、よっぽどそこに重要なメッセージが込められてるってこったな!? でも幼稚園だぜ幼稚園っ?

「……そこまで言うのなら、教えるわ」

「うおー美麗様ー! ありがたやありがたやー!」

 さっすが美麗だぜ! 持つべきものは友ってな!

「教えるのはいいけど、もう忘れないで。一度しか言わないわ」

「げ! なんでそんなシビアなんスか! てか幼稚園時代のセリフなんて覚えてる方がすごくね!?」

「言うわよ」

「あいさっ!」

 有無を言わさず展開を作り上げていく美麗。本日もさすがの美麗である。

「え、ちょ、美麗!?」

 右隣にいる美麗だが、近づいてきて腕を回してきたと思ったら俺の左肩に両手を乗せてきた!

「本番が終わってみんなで舞台袖ぶたいそでへ移動したときに、わたくしを捕まえてこう言ったのよ」

 ぶ、舞台袖~?

「『みれいがんばった。ずっとぼくのぷりんせす。いつもずっと』よ」

(美麗頑張った、わかる。ずっと僕のプリンセス? わかんねぇ。いつもずっと? わけわかんねぇ)

「そ、そんなこと言ったっけ? ビデオは残ってるけど、演奏してたときの感覚なんて覚えてないな……」

「そのまま雪は、わたくしに……」

「……ん? 美麗に? みっ」

 俺の右ほっぺたに、すごく軟らかい感触が。

 すごく静かで、でもとても温かい時間が流れた。

「……思い出したかしら」

 いつも声が大きいわけじゃないけど、小さめの声でそう届けられた。

「……いや、全然……」

「そう」

 美麗の顔はまだ俺のすぐ横にいてるし、両手も俺の左肩に乗ったままだ。

「……ち、ちなみにー……当時の美麗は、それに……なんて?」

 できるだけいつものテンションで言うようにしてみたつもりだが、こんなに近くに美麗がいるだけで、ものすごくどきどきしてきた。

「それも覚えていないの?」

「へい」

 ち、沈黙やめてくれぇっ。

「……ふふっ」

「えーーー!? そこ笑うとこぉ?!」

 なんだなんだ突然美麗笑い出したぞ!

「……いえっ、思い出したら……ふふっ」

 しかも海に匹敵かひょっとするとそれ超えるくらいの笑いで、体震えてるのが左肩に乗ってる両手から伝わ

(にょわーーーーー!?)

 るどころか体預けてきたあー?!

「待て待て美麗一体どんなギャグ言ったんだよ!」

「……覚えていない、なら、いいわっ」

 声も震えてるし、トーン高いし、ち、ちっくしょーこれで表情も見られたら完璧だというのに、こうも暗いとはっきりとは……! で、でも充分に激レア認定ものだろう!

「教えろよこんにゃろー! めちゃくちゃ気になるじゃねーか! ギャグキャラからは果てしなく遠い美麗がどんなおもろいこと言ったんだこんにゃろこんにゃろっ」

 美麗がくっついてくるので、俺も美麗にうりうり右腕のひじ打ちをお見舞いした。

「思い出さなくていいわ。いいの、本当に。ふふっ、おなかが痛いわ、でも止まらないわ……」

 もっとくっついてきた美麗っ。そんな体勢保てなくなるくらいクリーンヒットな一撃だったのか!? こんなもん当時の証人なんているわけがないので、もはやこの世界でそのギャグ言葉を知っているのは美麗ただ一人ってことになるぞぉ! 幼稚園美麗は一体何を言ったんやー!

「ちっきしょー美麗だけめちゃんこ笑いやがって! ぐあー思い出せねぇのこんなに悔しいとはー! 中学時代あんだけ俺がギャグ言っても華麗に受け流してばっかだった美麗だというのにぃぃ!」

 とうとう左肩に乗せていた両手は崩れ、俺の左わき腹辺りに添えられた。頼むからこちょこちょしないでくれよ。

「ああっ……おかしいわね。笑ってしまったわ……疲れたからもう少し休んでいいかしら」

「知るかよ! 美麗が勝手に言い出して勝手に笑い出したんだろ!」

「あっ、こら雪、ふふっ、だめよ、また笑っちゃうじゃないっ」

 落ち着いてきたと思ったら再発!? 頼むからまじでこちょこちょすんなよふひょぉわっ。

「わーたわーた、美麗落ち着くまで俺黙っとくからさんにーいちはいっ!」

 俺はお口チャックした。美麗のポジションは変わらず。

 静かになると……美麗が触れてきているところをどうしても意識してしまう。

 いくら女子が多い吹奏楽部にいるとしても、いくら幼稚園入る前から仲良しこよしの美麗といえども、女子からこんなにくっつかれるとどきどきするに決まってる。

(俺、美麗にどきどきしちゃってんの、か……)

「……ぷっ」

「ぷって! ぷって! おい美麗ぷって!」

「こら黙っておくのではなかったのっ、ふふっ」

 まさかまさかの再々発!? 美麗笑いの沸点高いのか低いのか謎すぎる!!

「いやだって美麗のぷっとか黙ってられるわけないだろ! ぷっだぞぷっ!」

「わかったから、もう言わなくていいわっ」

 震える美麗。一生分の笑いをこの瞬間に使い果たしちまってるんじゃなかろうか?

「とにかく落ち着け美麗っ。はよいつもの美麗に戻っ…………いや俺的には今の美麗もすごく好きだけどさ」

 ……はっ。美麗を落ち着かせるためとはいえ、とっさに出てしまった言葉が……!?

(美麗落ち着いたのか!? 動きが……いやいやいやそれどころじゃない!)

「ぁあぁああれだぜ!? す、好きは好きでも! こ、好みっていうだけでさ! ぁあいや好みっていうかその、そっちもいいよ! みたいな!? ふ、深い意味は別に?! あぁあだからといって嫌いってわけないし、好きか好きじゃないかの二択だったら好きなことには変わりないって俺何言ってんだあばばば!」

 だめだ完全に領域外! やばい、どうしよう。

(と、とりあえず美麗の動きは落ち着いてきたぞっ)

「……そんなに、笑っているわたくしが……いいのかしらっ」

 美麗がこっちを見てきた。こんなに近い距離で。

「そりゃー……ねぇ? でもなんていうかな、いつもの美麗よりもこっちがいいとかそういうわけじゃなくて、単純にこういう美麗を見られる機会が少なくて、そしてそんな少ない機会を俺に見せてくれることがうれしいっていうかさ、そんなの」

 とりあえずこんな感じで通じたかな?

「だから、なんつーか……そんな感じで、これからも心を許してくれたら、うれしいかなー……って、まぁ、うん、そんな感じ」

 美麗はこっちを見ながら止まっていたが、ゆっくり腕が戻っていった。俺の左わき腹は救われた。

「はずかしいから、あまり見せられないわ」

「あんだけ盛大に見せといて!?」

「もう、これ以上はおなかがだめよっ」

 美麗は自分のおなかに腕を添えた。

「でも……雪の気持ちはよくわかったわ」

「そ、そりゃえがったです」

 くぅ~、これが昼間だったら今どんな表情してるのかはっきりくっきりわかるというのに!

「……こんな静かなところで雪と二人でいていたら、ずっとしゃべってしまうわ。そろそろ帰りましょう」

「そんなおなかで帰れんのか?」

「雪っ」

「うひぃ!」

 心からはじけた美麗を見ることができた俺は、今までに感じたことのない気持ちが一気に押し寄せてきた。

 気分がよかったこともあり、立ち上がってセカバンを肩に掛けてから右手を出すと、美麗は優しく握ってきた。

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