第十話  やってきました夏祭り! という名の本番 ~前編~

 今日は祭の日だ! が! 午前中は忙しい。なぜかって?

「手伝うわ」

「さんきゅ、その辺のはあそこの台の上に置いてくれ」

 俺たちは夏祭り会場であるでかい公園で演奏を行うからだっ。一年間のうち最も地域の人たちからの注目を浴びる日なので、なかなか毎度緊張する。

 でっかいブルーシートをいくつも並べて張って、その上にイスや譜面台や楽器などが並んでいる。学生たちはそれぞれパートの確認やら準備やらでわちゃわちゃ。

「他になにか手伝えることはあるかしら」

「ひもをまとめててくれ。こんな感じに」

「わかったわ」

 美麗はフルートパートだというのにこんなにもパーカッションの設置を手伝ってくれて……ええやつや。

「美麗ってさ、本番のときって緊張する?」

「少しはするわ」

「おー、美麗でも緊張することあんのか」

「ええ」

 美麗は楽器を運搬するときに毛布でくるむのに使っていたひもをちゃちゃっとまとめてくれている。俺はティンパニのチューニング。四台あるからまるで要塞。

 ぼーんぼーん鳴らしながらペダルを操作してちまちま確認していくんだぜっ。

 いちばん大きくてペダルのないやつは学校でお留守番。

 俺たちががちゃがちゃしてるので、すでに見物客が現れている。

 老若男女いろんなギャラリーが俺たちの晴れ舞台を観ていくぜ……。

「ここで演奏するのも最後だな」

「そうね」

 まぁ調整はこんなもんでいいか。どうせ後で確認し直すし。

「他にはないかしら」

 美麗はひもをくくるために座って作業していたので、そのまま俺を見上げている。半そでカッターシャツにスカートの夏制服美麗。今日はひとつに三つ編みして前に出すスタイルの髪形。

 俺の後ろにいるので、ティンパニでかくれんぼor秘密基地ごっこしているようにも見え……る?

(ん~む)

 俺はチューニングに使うチューナーとバチであるマレットを左手に持って、右手は美麗の頭に直行。

「こら、なにをしているの……」

「気合入れようと思って」

 美麗の頭を見ていたら、ついね、つい。

 こらこら言いつつも止めはしていない美麗。

「……手伝えることがないのなら戻るわ」

「さんくす」

 頭なでなでを構わず立ち上がった美麗は、ちょっと笑ってから戻っていった。


 夏祭りで演奏する曲は、コンクールで使った曲とおなじみ定番ソングの数々。アニメやドラマや映画とかで使われているような曲を演奏するんだが、果たして美麗はどのくらい内容を知っているんだろうか。

「……ん? おお乃々じゃん」

 乃々が現れた。黒い長そでシャツに紫色のスカートを装備している。私服あんまり見たことないな。てか夜まである夏祭りにその黒装備って隠密行動でもすんのか?

「んっ」

 と言いながら張り手みたいに手を出している。これがあいさつらしい。

「ん」

 とりあえず俺もマレット突き出しといた。ら、乃々が接近してきてマレットの先端をさわさわしている。ティンパニのは白くて硬いがわずかにふにゅふにゅしている。

「たたいてみるか?」

 うなずく乃々。マレット反対向けてひとつ渡す。

「こんな感じでたたくんだぞ」

 俺が三番目のティンパニをぽ~んと鳴らしてみた。

 乃々が向こう側から同じようにぽ~ん。なにやら感動しているようだ。

「じゃあ乃々にひとつ技を教えてやる。マレット貸してみ」

 乃々は俺にマレットを返す。

「最初の一発強くたたいて、そのまま連続で弱くたたいて、だんだん大きくする」

 俺は見本を見せながら少し声を張って乃々に伝えた。乃々は目を輝かせている。

「ほれ」

 乃々にマレットを二本渡した。

 乃々は気合を入れて俺のまねをした。

 連続でたたく間隔こそ大きいが、一発目にしては上出来だ。剣道の手首のスナップとか関係あるんだろうか?

 乃々はやっぱり目を輝かせている。

「もしランキングを発表するときで近くにティンパニがあったらやってみてくれ」

「うんっ」

 いや思いっきりうんってうなずいてるけど、そこは『ティンパニなんてねぇよ!』とツッコミを入れるのが正解なんだが……まぁ乃々だからなんでもいっか。

 乃々は俺にマレット二本を返してくれた。

「雪くん、観にきたよ」

「うわ! お、おじさん!」

「そんなに驚くことかい? はははっ」

 なんと! おじさんとおばさんが現れた!

「美麗と雪くんの最後の夏祭りの演奏を聞いて、観ないわけにはいかないからね」

「てかおばさんビデオカメラ持ってるし!」

 そんな笑顔でビデオカメラ見せられてもっ。

「美麗ならあっこにいるぞっ」

「わかった。後で向こうに行ってみるよ。ん?」

 おじさんが視線に気づいたのか、乃々を見下ろしている。

「ああ、君も雪くんや美麗の友達なのかな? 僕は古河原誠吾。妻の弓子。よろしくね」

「よ、よろしく」

 乃々がおじさんと握手してる。続けておばさんと握手してる。

「それじゃあ雪くん、頑張るんだよ」

「気合入れていくぜっ」

 おじさんとおばさんはにこっとしながら離れていった。

 乃々はその二人の後ろ姿を眺めていた。

「美麗の父さんと母さんだぞ」

 ここで俺に振り返ってきた。

「あの人、いい人!」

「ん? ああ、いい人だな。なんだ、乃々って人を見分ける力でも持ってんのか?」

 乃々のおめめきらきら。

「私を子供扱いしなかった!」

「あ、ああぁ~、なるほど……」

 乃々ちっちぇーもんな。小六の一真より小さいもん。

「おっとそろそろ始まりそうだ」

「頑張れ!」

「おぅっ」

 男顔負けのガッツポーズを見せつけられた。そのまま乃々は離れていった……が、近くのベンチを占拠してこっちガン見してる。おわ、あれは浴衣愛玖か? 手を振っているので俺もマレットを振った。


 俺たちの夏祭りの演奏は無事終わった。

 さすがに三年目とだけあって慣れたもんだが、でももうここで演奏することはないんだろうなー。

 たくさんの拍手の中におじさんおばさんがいたのが見えたが、その横に父さん母さんがいた。ほんと仲良しだなっ。

 終わった後乃々がこっちにやってきたが、片付けすると言ったら愛玖に連れ去られていった。なんという身長差。


「雪作くん、手伝うよー」

 おっと香月と美麗と津山の援軍到着だぜっ。

「じゃ四人でバスドラ運ぶか。先生の車まで運ぶが、いけるか?」

「頑張るよ!」

「ええ」

「この俺様が来たからには勝利も当然!」

 俺たち四人は分解されて毛布に包まれしバスドラ、つまり大太鼓をいっせーのーせで持ち上げた。


 片付けも終わり、今日の部活はおしまい! 後は自由時間となった。

「終わったぜ……」

「フッ……最後に地元で輝いてみせたぜ……!」

「終わっちゃったねー」

「そうね」

 俺たち四人はさっきまで吹奏楽部が広げていた場所を見ながらしみじみとしていた。

 もうブルーシートも撤去されて、自由に人が行き来している。

「美麗ちゃんはこの後お祭楽しむの?」

「ええ。家族みんな来ているわ」

「うわーそうなの? じゃあ私もちょっとだけいようかな。ほんとはあんまり人ごみ好きじゃないんだけど、最後だしねっ」

 美麗と香月はパーティを組んだ。

「ならばこの俺様も同行させてもらおうか」

「うんいいよー。ね? 美麗ちゃん」

「ええ」

 津山が加わった。

「雪作くんはー?」

 みんなこっち見てる。

「んじゃ俺もー」

 このまま四人編成を組むことになった。


「この津山様にかかればヨーヨーなんぞおちゃのこさいさい!」

「雪、どの色がいいのかしら」

「じゃそこの黄色と青色のやつ」

「わ、美麗ちゃんみっつめ!」


「やはり帝王色のゴールドだな!」

「ピンクは桃の味がするー。中はりんごなのにー」

「美麗はベーシックな赤いりんごあめなんだな」

「おいしいわ」


「帝王津山様参上!」

「最後にみんなといっしょに演奏できてよかったー! かづき」

「美麗さん、一言どうぞ 湖原雪作」

「来年も開催されることを願っております 古河原美麗」


「それじゃあ私そろそろ帰るね!」

「俺様もこの辺りで帰還するとしよう」

「おう、じゃなー」

「また会いましょう」

 香月と津山がパーティから離脱した。あっちゅーまに人ごみの中に紛れていった。

「美麗も帰るか?」

 少し考えている美麗。

「花火を観たいわ」

「お。じゃあさ、特等席があるんだぜフッヘッヘ。ここから離れることになるけど、それでもよかったら。ちょっと遠くなるけど」

「雪に任せるわ」

「おっし。じゃここから出るぞ。もうらくがきコーナーに書き残したこととかないな?」

「ないわ」

「じゃ行くか」

 俺たちは人ごみをかき分けながらこの公園を脱出した。


 さっきのでかい公園から坂を上ったところに別の公園がある。そこを目指して歩く俺についてきている美麗。この道街灯はちょっとしかないからそれなりに暗め。

「暗いわね」

「花火のためっ」

 車が通ったときは明るいが、全然通らない。

「んぉ?! み、美麗っ?」

「だめかしら」

「だ、だめじゃないが、美麗さえよかったら」

「ではお願いするわ」

 美麗が俺の右手を握ってきたっ。まぁ暗いけどさぁ。

「もうちょっと上ったら着くからな」

「わかったわ」

 おててすべすべだった。

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