第五話 この夏この海に古河原美麗あり! ~後編~
俺たちは結構ぷかぷかしてから拠点に戻った。程なくして紗羽姉ちゃんと一真も帰ってきた。父親’sは俺たちが帰るときにはすでに戻っていたので、全員そろった。
お昼もいい時間だったので、母さんが古河原家に交じって作ってきたお弁当を食べることに。俺と一真めっちゃ食べた。
お昼ごはんを食べ終わると、美麗はお散歩するーということだったので、俺がついていくことにした。美麗は散歩用に上から着るシャツも持ってきてたのかよ。白に青の縦線ボーダーのやつ。
「にぎやかね」
「そりゃ夏ですから」
お昼時ということでごはんを食べに海の家に寄ってる人がたくさんいる。あ~いいにおい。
「手をつないでいる人も多いのね」
「あー、そうか?」
まぁいないこともないけど。
「昔は手をつないで歩いたわね」
「……そだっけ?」
「覚えていないのかしら」
「……今日もいい天気だな」
さ、気を取り直して見物見物~!
(ほほーいろんなアイテムが売ってるな)
シュノーケルや浮き輪や折り畳みのイスとかを売ってるお店もある。なんだあの空気で膨らますシャチのやつ。またがるってことかな。
ちょっと歩けば旅館とかもあるし、コテージみたいなのもある。
そういえばこれだけ毎年夏に古河原家と海に来ているが、泊まりで旅行ってまだしたことないな。
「なぁ美麗、俺たちって泊まりがけの旅行ってしたことないよな」
「そうね」
ちょっとは思い返す動作とかしようぜ。なんでそんなすぐ全部の年思い出せんだこんにゃろっ。
「美麗ん家は泊まりがけの旅行とかしてんのか?」
「お盆の時期に父方と母方両方の実家へ行っているわ」
「あぁそうだったっけ」
こういう海とかを想像してたからすっぽり抜けていたぜっ。
「雪からはあまり旅行の話は聞かないけれど、行っているのかしら」
「いや、ほとんど行かねーなぁ。じいちゃんばあちゃん家も遠いし」
「そう」
「だから美麗と泊まりがけの旅行するのも楽しそうだなー、とそこらじゅうにある泊まれるとこ見て思った」
美麗とまくら投げ? 美麗と卓球? 美麗とフルーツ牛乳ならすでに学校で。ぉうそうだ美麗と卓球したことないな。
「楽しそうね」
美麗から前向きなお言葉をいただきました。
「小学校の宿泊学習でまくら投げとかした?」
「していないわ」
「あそ」
まぁ一部屋四人の二段ベッド部屋とかだったしな。
「つき指しそうね」
「痛ぇこと想像させんなよっ」
美麗余裕の笑み。
「雪はわたくしと旅行へ行きたいのかしら」
「ん~そう言われるとまだぱっと想像できんけどさー。でも美麗と行けたら楽しいだろうなー。もうめちゃんこ美麗と遊び倒したい。いつか行くか?」
果たして父さんと母さんは行けるのだろうかっ?
「……わかったわ。いつか行きましょう」
「おぅっ」
いつもより反応が遅かった? まぁ古河原家は人数多いからスケジュール確保も大変だろうしうんうん。
充分散歩した俺たちは、ちょっと離れたところにある小さな休憩所へやってきた。人が四人くらいしか入れないような小屋だけど、それがいくつかこの海水浴場にあって、特にこの小屋は端っこのわかりにくいところにあるため空いてることが多い。わかるかねこの秘密基地感ある漢のロマン!!
「じゃますんでー」
「じゃまをするなら帰りなさい」
「あいよーってなんでやねん!」
さすが美麗、どこでもやってくれる。てことで俺は入ると美麗も入ってきた。ドアはなく、イスというかベンチというかに並んで座る。今日は俺が右だ。
ガラスはないけど窓から海が眺められる。
「今日も楽しかったなー」
「ええ」
いつも夕方になる前に帰るから、たぶんそろそろ帰る準備をし始めるかもしれない。
「また来年な」
「ええ」
実はAって言ってたりして。ないな。
「来年は高校ね。時間合うかしら」
「ん~」
高校かー。美麗と違う高校に行ったらそうなってくるのか?
「美麗はやっぱすっげー頭いい高校とか行くつもりか?」
「特にそこまでは考えていないわ」
「お? そんなもんなのか? てっきりバリバリのエリートなとこ行くかと」
「お父さんやお母さんから行く高校を決められているわけではないから、好きに決めていいんじゃないかしら」
「そうなのか? 紗羽姉ちゃんのとことかは?」
「そこでもいいけれど、まだ考えているわ」
「ふーん」
俺なんも考えてないや。
「高校違ったら、もう登下校一緒じゃなく別の友達とかになんのかな」
完全単独行動デビューという可能性はあるのだろうか? いやぁあのおじさんだしなぁ……。
「その時になってみないとわからないわ」
小さな小屋の中、美麗の声がよく聞こえる。
「今まで一緒だったやつらともばらばらになるんだよなー」
幼稚園・小学校と一緒だったやつらは中学校でも一緒だけど、高校になるとそれぞればらばらのとこになるんだよな。
「雪と離れるのは、少し……」
……ん? 俺は美麗を見た。
「……退屈になりそうね」
「い、いや俺以外にも友達いっぱいいるだろ。てか家隣なのは変わらねーし。美麗泊まり込みの遠いところ行くつもりなのか?」
「泊まり込みについてはお父さんが許してくれるかわからないわ。強く頼めば許してくれるかもしれないけど」
「なんならついでに俺も頼み込んでやるっ」
しょっぺぇ援護射撃だけど。
「雪が近くに住んでくれるなら、許してくれそうね」
「ぇ、そっちのパターン!?」
やべ、まさかの俺も一人暮らしパターン?
「雪は行きたい高校って決まっているのかしら」
「ぜんっぜん」
「そう」
きっぱり。
「雪はわたくしと違う高校でもいいのかしら」
むむ~、つまりー、中学校まで続けてきた登下校職務を放棄するような軟弱者めがっていう目を向けられてもオッケーかってこと? んなまさか。
「そりゃ中学校まで同じ学校記録続いてんだから、高校も同じ学校記録が続いたら楽しそうだけどさ。ついでに一緒に登下校記録も」
幼稚園からずっとだぞおい。俺の人生美麗づくし。
「雪にもやりたいことがあると思うから、好きな道を選ぶといいわ」
俺の道ねぇ~。
「今のところは別に決まって進みたい道みたいなんがあるってわけでもなく……でも美麗がいない登下校の高校ってどんななんだろうな」
(朝ドア開けても美麗がいない、か)
「慣れるまで時間がかかりそうね」
「あの美麗様が、時間がかかる……だと!?」
美麗はちょこっと笑ってる。
「雪がわたくしに合わせるかどうかでなくても、わたくしが雪に合わせてもいいわ」
「つまり、俺の行きたい高校と同じとこに行くってこと?」
「ええ」
「古河原家のお嬢様が何をおっしゃっていますかっ」
こんな一般ピーポーの俺に合わせるなんて~。
(んっ!?)
俺がイスにつけていた左手に美麗がそっと両手を乗せてきたっ!
(なんだなんだっ?)
しかし美麗はこっちをずっと見てきたまま。
(なななんだなんだっ?!)
わからんっ、これはわからないぞっ! 一体これは何を意味してるんだ!?
(ヒントなしかーいっ)
なんもしゃべってくれねぇ。
「そ、そろそろ拠点戻るかー」
「ええ」
俺がそう言うと、美麗は俺の手から離れて立ち上がり小屋を出た。俺も左手にあった感触が抜けないまま小屋を出た。
俺たちが拠点に戻ると、やっぱりちょいちょい帰る準備が始まっていたので、俺たちもお方付けを手伝った。
お方付けしている間、美麗の姿が視界に入るたびに、さっきの左手や、海のぷかぷかのときの手の感触を思い出してしまっていた。
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