第五話  この夏この海に古河原美麗あり! ~中編~

 ぜあーぜあー、無事帰ってきたぜー。美麗はどこだーってなんだ拠点にいるのか。

 今拠点には母さん、おばさん、美麗がいるのが見える。父親’sはどこいったんだ。

 そして無事帰還。

「おかえりー」

「たらいま」

 ここででかい水筒を取って、フタ兼コップにお茶注いで水分補給。補給は大事なり。

「食べる?」

 美麗からお勧めされたのは……金平糖かーい。袋に入ってる。行きのサービスエリアで買った物かな?

「食べるー」

 すると美麗が手でつかんで金平糖を差し出してきた。もちろん受け取る。ちょっと手が触れた。

「あーん」

 六粒くらいあったのを全部口の中に放り込んだ。甘っ。美麗はこっちを見ている。

「一度に全部食べるとは思っていなかったわ」

「んむ? そゆことちゃかったんかっ」

 甘。ごっくん。

「美麗も海行くか?」

「ええ」

 美麗は立ち上がった。ビーチサンダルも脱いだ。

「浮き輪浮き輪~っと」

 今年も登場南国感満載の透明に超カラフルな絵柄の浮き輪。今はぺたんこ。

「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」

 俺たちはいつもの登下校と同じように、でも全然違う場所で横に並んで歩き出した。


「空気入れ借りまーす」

「あいよぉーう!」

 浮き輪とかパラソルとかの貸し出しをしてるこれまた南国感満載ヤシの木満載の赤シャツ着たおっちゃんから空気入れの銃を借りたっ。かっちょい~。

 俺は先端の穴を浮き輪の穴に挿し込み~ズブシュー。

 あっちゅーまに浮き輪の出来上がり。

「あざーっしたー」

 いざ美麗と海へ!


 波打ち際までやってきた俺と美麗。

「そんなに冷たくないわね」

「地獄のシャワーもないしな」

 プールと違って海のいいとこは地獄のシャワーがないとこだよなー。ぇ、入る前と入った後の地獄のシャワーって言い方は万国共通だよな!? なっ!?

「じゃ早速」

 俺は持っていた浮き輪を美麗の頭の上から通した。俺のなすがままされるがままの超絶珍しい美麗の姿。

 美麗は両手を浮き輪に掛けた。ちなみに別に美麗は泳げないわけではない。水が苦手とも聞いたことはない。

 海へちゃぷちゃぷー。浮き輪美麗もぷかぷか浮き始めた。俺はまだ少し足がつく。

「楽しいかー?」

「まだ入ったばかりよ」

 浮き輪があってもなくても美麗は美麗だった。

「でも楽しいわ」

「えがったー」

 いかがを見ると、まだ一真と紗羽姉ちゃんはいるようだな。たぶんあの大の字になってんのが一真だよな?

「そういや紗羽姉ちゃんや一真はスイミングやってんのに、美麗もやるってならなかったのか?」

「他の習い事をすることになって、時間が合わないからスイミングはしないことにしたの。でも一年間通ったわ」

「ぇまじ!? それ初耳なんスけどぉ!?」

「言っていなかったかしら。幼稚園のときの話よ」

「まじかよぉ」

 ここに来てまさかの初情報。

「じゃあのいかだまで余裕?」

「わからないけど、やめておくわ」

 さすが美麗、堅実である。

「雪はまた行きたいのかしら」

「一真にまた競争誘われたらな……」

 もう一度言うが、俺スイミング経験ありませんから! 学校の水泳の授業と保健体育の知識でほとんどですから!

「今は平和な時間を過ごすことにしよう……かーらーのー、ていっ」

 先手必勝! 俺は右手の指をはじき美麗へ水属性の攻撃! 美麗が目をつぶった!! レアシーン!! そして美麗はちょっと笑っている!

 美麗の反撃! 優雅な左手の動きからすくわれた水が俺に目掛けて飛んできた! 顔に当たり思わず目をつぶってしまった! さすがの命中精度!

 目の辺りをぬぐい美麗を見た! ちょっと笑っている!

 俺のターンだ! 俺は右手と左手を右側に構え、そして

「くらえーっ!」

 勢いよく水の波動砲を放った! 大量の水が美麗へ襲いかかる! 美麗は思わず腕で顔を防ぐような防御体勢を取った!

「あっ」

 だが美麗はめちゃんこ水まみれになった!

「少しは加減をしなさ」

「うらうらうらぁーーー!!」

 ここで間髪入れず俺のラーーーッシュ!!

 激しい腕の動きから繰り出される水属性攻撃の嵐!

「あ、こらっ、雪っ」

 どっばどば美麗に降り注がれる!

「やめなさ、こらっ」

「すぉぉぉーーー!!」

 最後に特大水波動砲をお見舞いしてフィニーッシュ! 美麗の腕と手は今日も美しかった!

「……もう、こらっ……」

(美麗すんげー笑ってる!!)

 目元も口元もこんなに笑う美麗が見られるから、海ってすげーいいとこだよなっ。

(ちきしょーいい表情しやがって!!)

 学校でもそんくらい笑ってくれても、ねぇ?

(めっちゃ俺の攻撃受けたってのにそんないい表情でこっち見やがってーっ!!)

 この堂々たる立ち居振る舞いこそが美麗が美麗たる所以ゆえんといったところだろうか……。

(はっ! いかんいかん! 反撃が来るかもしれぬ! ここは防御体勢を取って様子見を……!)

 俺は顔の近くに手を出し構えを取った。

「フンッ」

 美麗の出方をうかがっていたが、美麗はそのまま接近してきた!

(近接戦闘に持ち込むつもりか!)

 そして美麗は両手を伸ばし、

(ぇ、ぬお!?)

 俺の両手首をつかみ、浮き輪に優しく押さえつけてきた。

「これで水をかけられずに済むわ」

 ぬれた美麗のしとしと手なので、力を込めればすぐ引っこ抜けると思うんだが、なぜかそんな気にはなれず、手の位置はそこから動かせなかった。

(これが巷でよく聞く柔よく剛を制すとかいうあれか!?)

 そうだとするとこの美麗の笑顔も一転怖く見えてくる。

(こんなほっそい指に一体どんな力が備わっているというのだ……!)

「雪はわたくしたち以外にも、だれかと海に行くことはあるのかしら」

 美麗から話題を振ってきたぞっ。

「ないなー。毎度毎度このメンバーだ」

「プールは?」

「去年平太と靖斗の三人で行ったけど、それ自体珍しいから普段はないなー」

「そう」

 話題を振ってきても声のトーンは同じ。いやまぁ話題振るとトーン変わるってのはそれはそれであれだが。

「ああ靖斗といえば、美麗は夏休み靖斗と遊ぶんなら、海とかプールとか行くんか?」

「今のところは誘われていないわ」

「じゃ誘われたら行く感じ?」

「その時に考えるわ」

 ほほぅ~。

「なぁ美麗」

「なに?」

 雫が太陽できらきらしている美麗。

「さっきみたいな顔、靖斗にしてやったら、喜ぶんじゃー……ないかなー?」

「どういう顔かしら」

「俺の超弩級水属性波動砲をくらってるときの顔」

 おおっ、美麗の視線が俺から外れた!

「だれかに見せるためにしたわけではないわ」

「もっとしていいんだぞこのこのー」

 本当だったらひじでうりうりしたいところだが、俺の腕は美麗によって封印されている。

「意識してできるものでもないわ」

「なんなら登下校の間ずっとあの顔でも」

「疲れるわ」

「ドシュゥ」

 美麗の華麗なる一撃が突き刺さった。

「雪は今足がついているのかしら」

「ぎりぎり」

「そう……」

「お? おぉぉぅっ」

 美麗が俺の手首をつかんだまま、少し沖にうんしょうんしょしてる。あー俺の足つかなくなった。

「い、言っとくけど俺古河原きょうだいみたいにスイミング習ってるわけじゃないからなっ」

「ならしっかりつかむといいわ」

「え、あ、うぉいっ」

 俺の右手首が浮き輪の内側へ誘導された。

(え、えとあのそのっ)

 接触事故を起こすわけにはいかない。なんとしてでも。しかし美麗様の命令は絶対……でも接触事故を起こすわけにはいかない。

「雪」

「な、なんだよっ」

 こっちはドライビングテクニックに大変だというのにっ。

「最後の大会、終わったわね」

「あ、ああ」

 昨日の土曜日は吹奏楽の大会であるコンクール。俺たちの学校は予選みたいなやつで負けたので、次の大会には進めなかった。まぁ上位二校しか行けないから行けるだけでも相当すごいことなんだが。

「結局、全部初戦で負けたな」

「そうね」

 浮き輪でぷかぷか。うんうん美麗の表情がベーシックタイプだ。

「いやー俺気合入れたつもりだったんだけどなー。結構バチッ! とリズム合った気がするんだけどなー。パーカッションだけにバチッとさ。バチッと」

 美麗のために三回もぶち込んだぞ。バチっと。

「雪はよく頑張っていたわ」

「うん、わかってた。美麗が普通の返しをしてくることくらい。『せやせや太鼓だけにバチっとな。ってうまいことゆーたつもりかっ!』っていうノリツッコミなんてしてくれないこと、わかってた」

 そしてこの追い打ちをかけても表情を変えないこともわかってた。

「パートが別の子にもリズムを教えていて、後輩もちゃんとコンクールに間に合うように育てていて、立派だったわ」

「み、美麗から立派とか言われる日が来るとはっ」

 いやぁ~生きてるといいこともあるもんだなぁ~。

「思ったことを言っただけよ」

「あざす」

 これで文化祭で超ミスやらかしたらウケる。

「美麗だって優雅にフルート吹いてたぞ」

 って口から出た後にこれは褒めているのかなんなのかと思ったが、もう言葉にしちゃったものはしょうがない。

「そんなに姿勢がよかったのかしら」

「あ、うん、姿勢よかったねうんうん、後ろから見てたしねうんうん」

 美麗にとって優雅=姿勢がいいという程度の認識なのかっ! ちなみにパーカッションパートはいっちゃん後ろに位置するので、みんなの姿が丸見え。演奏中の美麗の姿もばっちり。はいすいません指揮ちゃんと見ます。

「……雪は頑張ったわ」

「わ、わあたわあた」

 そんなやんわりにこっとしながら言われると、てれちゃいますねぇ。

(近いし)

 手つかまれてるしっ。

「いつも登下校についてきてくれているし、おしゃべりで楽しませてくれているし、たまにある要望にもあまり応えられていないから……この辺りで雪にごほうびをあげないといけないわね」

「お? ごほうび? 古河原家の埋蔵金?」

「そのような話は聞いたことがないわ。だれが言っていたの?」

「すまん、ただの冗談なんでスルーして続けてください」

「そう」

 美麗にウケるギャグってなんだろう。いろいろやってみてるはずなんだが、さっきの波動砲を越えるほどウケたギャグってないんじゃないかな。てか波動砲はギャグじゃなくただの攻撃だし。

「……どんなごほうびがいいのかしら」

「いや俺に聞かれても」

「そうね」

 埋蔵金よりはウケてるな。

 引き続き俺を見ているが、きっと頭の中ではスーパー美麗コンピューターが演算処理しまくってるに違いないっ。

「……決めたわ」

「お! なんだなんだ、どんなごほうびっ?」

 わくわくどきどき。

「なんでも言う事をひとつ、聞いてあげるわ」

 美麗から出てきた言葉はそういったものだった。

「言う事をひとつ聞いてくれる? なんでも?」

「ええ」

 そういうことらしい。

「世界征服しようぜって言っても?」

「本気というなら従うわ」

「すんません今のはノーカンで」

 あかんあかん美麗の力があればほんとに世界征服も夢じゃないかもしれないからな……。

「いつもは要望を断ったり、学校以外は時間が合わないことも多いけど、これに関しては雪の願いにしっかりと応えるつもりよ」

「ね、願いってか……べ、別に無理しなくても~?」

「雪は気にしなくていいわ。わたくしがしたいからしてあげているだけよ」

 ん~まぁ今までの美麗からして、ほんとにある程度のお願いを聞いてくれるだろうな。

「ぬ~うぅ~。ほんとになんでもいいのか?」

「ええ。あまりに難しいものや時間がかかるものでも、できる限り力になるわ」

 えー。昔は流れ星見た瞬間『おかねもちになりたいおかねもちになりたいおかねもちになりたい』で固定だったんだが……。

「ほんっとにいいのか? なんでも?」

「さっきからそう言っているわ」

 美麗がちょこっとにこっとしながらこっちを見ている。

(ん~ぐぉぉ~。なんだなんだ何を願ったらいいんだっ)

「言う事を百個に増やしてくださいとかは?」

「雪は物事に対して真摯に向き合う男の子だと思っていたのだけれど」

「今のもノーカンで」

 そーなんだよなー……いっつも美麗は俺の一歩上にいてる感じなんだよなー。一歩下に下がってくださいとか? いやいや別に今の能力差に不満ってわけじゃないしなぁ。

 なんかへんてこりんのしか浮かばないぞ俺の頭ぁ~。ワイルドに物食べろとか踊れとかかっちょいいポーズしろとかドヤ顔してとかとかぬあぁあぁ。

「難しいかしら」

「そりゃたったひとつなんだから迷うに決まってるっしょー」

「そんなにたくさんあるの?」

「あいや、たくさんあるっていうか、へんてこりんなのばっか浮かんでくるっていうか」

「このお願い事が終わったからといって、他のことはなにも聞かないということはないわ。普段からわたくしにしてほしいことがあったら、遠慮なく言いなさい」

「そ、それは普段からそれなりに言えてるたぁー思うがー……にしてもこれはほんとへんてこりんなのばっかだし」

「例えばどのようなことかしら」

「例えばー……焼きとうもろこしワイルドにがっついて食べろとか、優雅に踊れとか、超かっちょいいポーズしろとか、めちゃんこドヤ顔してとか……」

 やめろぉ! そこで表情変えずに無言で俺を見続けるのやめろぉぉぉ!!

「た、例えで出しただけだからな! ここもノーカンだぞノーカン!」

「雪は普段、わたくしを見ながらそのようなことを考えていたの?」

「ん、ぬ、ぬぬぬ、全否定できない自分が悔しい」

 頼むから表情くらい変えてくれぇ~!

「できることなら普段からしてあげるから、遠慮なく言ってくれて構わないわ」

「ぇ、てことは超かっちょいいポーズやってくれんの?」

 俺は美麗を見た。美麗は俺を見ている。

「……どうしても他にしてくれる人が見つからないというときは、考えてあげるわ」

「美麗様のきれいな心を踏みにじった俺があほでしたすんません」

 で結局美麗笑うんだもんなー。

「すぐにお願い事が出てこないなら、今度でもいいわ」

「じゃーそーすっか。浮かんだら言うぜ」

「ええ」

 美麗になんでも命令できゲフゴホお願いできる権利、かぁ。

 今までのやり取りで充分満足しているつもりだし、普段から話を聞いてくれるし……改まってお願いすることとかって、なんかあっかなぁ……。

(美麗にお願い美麗にお願い……んむむ……)

「……ふふっ」

「おいなんでそこで美麗笑うんスかねぇ!?」

 波動砲まではいかずとも、声を出して笑うこと自体充分レアケースだっ!

「そんなに真剣に考えてくれなくても、もっと気を楽にして考えてくれていいわ」

「なぁーに言ってんだ! あの美麗になんでも命令できゲフゴホお願いできる権利だぞ! こんなあまりに貴重すぎるアイテム考えねぇわけねーじゃねぇか!」

 言ってやったぞプンスコッ。

「それだけ真剣に考えてくれてうれしいわ。決まったら教えるのよ」

「おぅおぅ」

 こんなに美麗と近くで長く見合ってたのって、一体いつぶりかな。

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